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「せんせいっ!!!」
「っ!」

 一瞬身体が興奮で硬直したが、ハッとしシャムルを襲う大男を彼から思いきり引き剥がす。

「なっ!?」
「貴様、モブ族かっ!」

 シャムルちゃんを守るように背に庇い相手を睨み付けると、何となく見たことのあるような男が焦ったように、俺が引き剥がした際に強く掴んだ腕の痛みに顔を歪めていた。

 なんだろう・・・・・・こいつ、どこかで見たことが・・・・・・
 すると、あちらの方も俺の顔をマジマジと見てきて、突然『あぁっ!!』なんて声を上げるものだから、俺と共に後ろにいるシャムルちゃんまでもが驚きに肩を踊らせた。

「貴方はもしやっ、お――

 男の口からそこまで聞いて瞬間的に言い終わらせてはいけないと思い、目の前の男を蹴り飛ばす。その衝撃で男は壁に身体をぶつけ、意識を失ったように動かなくなった。

「せんせぃ・・・・・・そいつ、やっつけたの・・・・・・?」
 シャムルちゃんが俺の服の裾を掴みながら、怖々と様子を覗き見る。俺は安心を促すように、『ええ。もう大丈夫ですよ』と微笑みかけた。
 するとすぐさま俺の胴に抱きついてきて、鼻を鳴らしながら『せんせぃ・・・・・・ぼく、こわかった・・・・・・』と涙声で訴えてくるものだから、俺は溜まらず振り返り、正面からシャムルちゃんを力一杯抱きしめた。

『せんせぃ、せんせい・・・・・・!!!』。絶え間なく涙を流しながら、俺の胸に顔を埋めるシャムルちゃんの背中を優しく摩り、落ち着かせる。このままシャムルちゃんが落ち着けるまでずっとこうしていたいが、気絶している男がいつ起きてくるかがわからないため一度シャムルちゃんを離し、教師専用の連絡機を使って学園の衛兵を呼んでくれるよう頼んだ。
 すぐに三人の若い兵が更衣室へ到着し、伸びているモブ族の男を引きずって行った。多分シャムルちゃんを思いやってのことだろう、本当はモブ族と接触した時点で生徒会やセオドアたちも所属しているモブ族捕縛隊なる組織からの事情聴取が行われるのだが、それについては後で事務所に来て下さいと若兵の一人が耳元で小さく囁いて、去って行ったのだ。
 彼らの姿がなくなった後も俺に引っ付いているシャムルちゃんの肩にそっと手を置き、『もう大丈夫です。安心してください』と柔らかい声を意識してかける。そろりと顔を上げたシャムルちゃんは、目元が涙で腫れぼったくなっており、鼻水も相まって顔中をべしゃべしゃに濡らしていた。悔しそうに、悲しそうに、そして恐怖を未だ残した表情に、俺の心臓はぎゅうっと痛みを訴える。

「せんせいっ!こわかったよ・・・・・・こわかったよぉ!!!ぅ、うわぁああああああ――」

 俺の顔を見たシャムルちゃんの目に再びじわじわと涙が湧き出してきて、今度は堰を切ったかのように口を大きく開けて泣き始める。『うわぁああああ』と、まるで子どものように、小さな子どものように、泣き続けた。彼の姿はもはや、二人の騎士に守られるハッピーな物語の主人公とは思えないものだった。
 俺はそんな、目を腫らし泣き叫び続けるシャムルちゃんを黙って抱きしめ、優しくその小さな背中を摩り続けることしかできなかった。

 だがそんな俺の頭は、さっきのモブ族の男でいっぱいになっていた。
 おそらくあいつの発そうとした言葉は『長様』だろう。今ではもう遙か昔に感じられるその名称。久しぶりにその名で呼ばれ、俺は身体の底から嫌悪感が沸いた。
 どうしようもない不快感。『長』というワードと共に思い出されるのは、ニニックという名のモブ族。あいつの、俺を押し倒して身体をまさぐってきた時の血走ったあの目を俺は忘れることができない。ゾクゾクと身震いしそうになったが、今腕の中にはシャムルちゃんがいて、彼に変な心配をかけたくない。俺は頭からモブ族のことを追い出し、全力でシャムルちゃんを落ち着けることに専念することにした。

 だが待て!!
 今の騒動で俺はシャムルちゃんを守ることで頭がいっぱいになっていて忘れていたが、今日一日の不調は彼の発するフェロモンが原因だったはずである!!
 そして俺は今、その元凶もとい危ない匂いの発生源と大密着中であり・・・・・・。

「っ・・・・・・」

 そう意識した瞬間、俺は鼻と口を手で覆い、その場に崩れ落ちた。

「先生っ!?どこかお怪我をされたんじゃっ――」

 びっくりして涙の引いた顔で尋ねてくるシャムルに、俺は無理矢理笑顔を作り、笑いかける。

「だ、いじょうぶです・・・・・・。ちょっと、今日は気分が悪くて」

 そう言うのがやっとだった。一気に身体が発情状態となり、顔以外にも全身が甘蕩い熱を帯びてきて、熱い息を吐くのも辛い。
 涙が分泌されてきたのか、視界もじんわりと滲む。ハァハァと、異常性しかない呼吸を繰り返しながら俯いていると、なんとシャムルちゃんがペタリとその白い両手で俺の頬を包み込んできた。

 火照った頬にその手がやけに冷たく感じ、すごく気持ちが良い。
 でも一体何をするんだと視線をシャムルちゃんに向けると、相手の顔は意外と近くにあって、しかも彼の目も俺と同じように潤んでいるように見えた。・・・って、ああ・・・・・・シャムルちゃん、さっきまで泣いてたんだった・・・・・・。
 でもなんだか妖しげな雰囲気。目の前の可愛いお顔は真っ赤になっていて、可愛いらしい形をしたぷっくぷくの唇が、非常に美味しそうに見える。

 あー・・・舐めたい・・・・・・。

 そう思っていると、シャムルちゃんの顔が近づいてきて、その後自身の唇に何かぷるっとしたものが当たった感触があった。
 『え・・・・・・何?』と思ったときにはそれは離れていくところで、弾力があるせいか最後までひっついていてまるで名残惜しいというように離れていった。
 今のはまさかの、キスっ!!?と、驚いてシャムルちゃんを見上げると、そこには下唇を軽く食み上気しイヤらしい表情を浮かべている彼の顔が。その成長途中ながらに色っぽい唇に目を奪われていると、ふいにそれが開かれ、男子にしては高めの甘ったるい声が発された。

「先生・・・・・・す、好きです・・・・・・」

 は、はいぃいいいい~~!!?
 今なんて?と僅かながら残っていた意識でそう思ったときには、濃いフェロモンに朦朧としつつも目の前の小さくて柔らかな身体を抱きしめていた。


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