「天才」と書いて、「偽善者」と読む ~この世にないもの~

高桐AyuMe

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姉と同衾⁉

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 翌日から、俺は変わり映えのない日々を過ごし、姉さんが来てから四日が経った土曜日。明日は姉さんがカナダへと発つ日だ。しかも、午後には、というものだから、今日の夕食は最後である。
 俺は冷蔵庫の中身を確認したのち、外出の準備をする。
「あれ、どこか行くの?」
 ソファに寝っ転がりながら、姉さんが上目遣いで聞いてきた。
「ああ、ちょっとデパートに。色々と買うものができたからな」
 パーカーにそでを通しながら返答する。
「え、デパート? 私も行きたい!」
 子供か、とぼやきたくなるほど元気な返事が来た。
「別にいいが、何か用でも?」
「ううん。興味本位だよ」
 だと思った、と俺は呟き、嘆息した。

 「思ったよりも多いな……」
 繫華街に出てきたのだが、想定していたよりかなり人手が多かった。
「まあ、土曜日だからね。学生たちは休みだろうし」
「確かに」
 現にこうやって休みの日に外出している学生がここに一人。
「…………なあ……」
「……何?」
「わざとだろ? 少し離れろ」
 さっきから俺に引っ付いてくる姉さんに注意する。
「仕方ないじゃん。人手が多いんだしさ」
「噓つけ。今はそうでもないだろ」
「ほら、迷ちゃったらダメじゃん?」
「弟に縋らなきゃ迷子になる姉。笑えるな」
「なんとでも言いなはれ~」
 どうやら、皮肉を通じないらしい。意地でも離れないつもりか。悪魔め……。
 ただ、無駄なことをしても体力の無駄なため、ただひたすらにデパートを目指した。

 「結構買ったね」
「ああ、一か月分だからな。いい荷物持ちがいて助かるよ」
 俺は両手に膨らんだビニール袋を抱えていた。だが、それは姉さんも同じ。宿泊研修から帰ってきたときの分も入っているため、必然的に荷物が大きくなってしまった。
「というかさ。か弱い少女に重い荷物を持たせるのは男としてどうかと思うけど、ね!」
「男女平等を尊んでいるんで」
 一言で姉さんの訴えを一蹴する。
 そもそも女の子に荷物を持たせてはいけないなんて誰が決めたんだ? 俺にとっては誰であろうと性別関係なしに接するが。
 まあ何であれ、こうやって姉さんと会話するのも残り僅か、ということに変わりはない。
 カナダへと発ってしまえば、日本に再び帰ってくるまでは話すことはないだろう。少しはこの会話にも貴重さを持たないとな。

 夕食。
 まあ、最後の晩餐ではないが、次にいつ帰ってこられるか分からない姉さんにとっては、俺の料理を食べるのは、これで最後といってもおかしくなないかもしれない。
 あくまでも可能性の話だが。
「く~~。やはり疲れた体にはやっぱり酒ですな」
「どこの飲兵衛だ。まだ二十歳になったばかりだろうに。そもそも今日は疲れるほど動いてないだろ」
 せいぜい、俺とデパートに買い物をしに行ったぐらいである。
「誰かさんの買い物を手伝って、荷物も持たされたからね!」
「いったい誰だ。それ」
「皮肉も通じないかなあ。なあ!」
「うるさい。食事中は静かにしろって言われなかったか?」
「カナダではいいんだよ」
「残念ながらここは日本だ。そして、姉さんの国籍も日本だ。だったら、日本の振る舞いを真似するのが礼儀だろ?」
「誰に対して?」
「国に対して」
 食事中とは思えない会話が繰り広げられる。
 少なくとも食事中ぐらいはおとなしく食べたいもんだ。
 その後も俺たちはよく訳の分からない言い合いをしながら、夕食を進めていった。

 やっと静かになった。
 俺はベットに横になりながら、このしんとした空気に安心感を覚える。
 流石に寝る時ぐらいは静かにしておいてほしい。
 健全な男子高校生はしっかりとした睡眠が必要なのだ。
 俺がその健全な男子高校生に当てはまるかどうかは、少し懐疑的な部分があるが。
 と、俺が気づかないうちにフラグを立てていた。
 それが間違いだった。
 いきなり、ガチャリ、と俺の部屋のドアが開けられた。そこに立っていたのは……、
「姉さん……。ここは俺の部屋だ。姉さんの部屋は一つ奥だぞ」
 何やら寝ぼけているのか、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらへ近づき、おもむろに、俺のベットの中へと足を滑り込ませ……
 !?
「ばっか! 何してやがる!」
 瞬間、俺は容赦なく姉さんを蹴っ飛ばした。
 俺の本能が危険なシグナルを発した。
 急な反応だったがために、力の調整もせずに本気の蹴りに近い形で蹴っ飛ばしてしまった。
「なんで避けるのよ~。最後の夜くらいは一緒に寝てもいいじゃない~」
「寝ぼけてんのか? 起きろ」
 だが、俺の忠告も無視して、まだこちらに近づいてこようとしてくる。
「しつけえ。一人で寝ろ。それぐらいできねえのか」
「できない。うん。できないから一緒に寝よ?」
「うるせえ! 熱いから近づくな……って酒臭!」
 姉さんから放たれる、強烈なアルコールのにおい。
「おい。まさか、コンビニで酒買ってきて飲んだりしてないよな?」
「え~? そんなわけないじゃない。コンビニじゃなくて二十四時間営業の小さな店よ~」
 確信犯だった。
「それを世間一般的にはコンビニつうんだよ! つうか、まじであちい! 少し……、離れろっ!」
 俺にくっついてくる姉さんを何とか引き離そうとするが、なかなか離れない。
 力任せに、取り敢えず、腰に回された腕を何とかほどき、俺はベットの上へと逃走する。
 今、考えれば廊下に出た方がよかったかもしれない。
 心臓がバクバクとうるさい。
 小さく息切れをしながら、姉さんから視線は離さない。話し手ら何をしてくるかわかったもんじゃない。
「ねえ、」
 小さく、されどはっきりとした声で姉さんは俺へ問いかける。
 以前の声のトーンとは違い、俺は目を細める。
「どうした……」
「そんなに私のこと嫌い?」
「……、は?」
 真剣な空気とは打って変わった質問に、俺は思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「嫌い、ではないぞ。別に」
 好き。という感情がどういうものなのか。その辺については分からないが、嫌いではないということは確信をもって言い切れた。
「じゃあ、なんで避けるの? 嫌いじゃないんでしょ?」
「感情論の問題じゃない。俺が嫌だと言っているから嫌なんだ。今更、姉と一緒に同衾とか。俺は何歳だよ」
「兄弟なら普通じゃない?」
「そう……なのか?」
 俺もそこら辺の知識はない。
「ねえ、どうしてもだめ?」
「……」
 ドアから漏れ出る廊下の光を浴びて、姉さんの瞳がきらりと光る。
 比喩じゃない。本当に光っている。ウルウルとした目を向けてくる。
 別に俺はラノベの主人公のように「その顔はずるくないか?」とはならない。だが、
「……分かった。その代わり今日だけだ。これ以降はないからな」
「うん。ありがと」
 そう言って、姉さんは俺の近くに歩み寄ると、ためらいがちに俺の毛布へと潜り込んだ。
 俺は壁側を向いて、姉さんに背中を向けるようにして横になる。
 何となく、気まずい。
 相手は姉だ。そこに邪な感情はありはしないが、何となく気まずい。
 すると、横でゴソゴソつ動いた音がした。布がすれる音が静まり返っていた静寂の中を響き渡る。
 ふと、背中に温かいぬくもりが感じられた。
 背中に姉さんがくっついているのだと、容易にわかる。だが、俺は何も言わず、ただしたいようにさせる。
 先ほど見抜いた。姉さんの思い。潤った瞳の奥に隠された感情。
 そのすべてを読み取った俺の行動だった。
 そして、響く声が一つ。
「……、ごめん」
「…………なぜ謝る?」
「やっぱり、逃げたしまったことが引っかかっているから……」
「そのことに関してはこの間に解決させたつもりだが?」
「うん。解決した。だから、私が言いたいのは……」
 ここで少しばかりの沈黙。俺は何もしない。彼女の心の準備ができるまで静かに待つ。
 そして、一言。
「……寂し、かった」
 寂しかったと、彼女はそう言った。
「拓人と離れて、母親と二人で暮らしてたけど、お母さんは夜遅くまで働いて、あんまり会わなかった。学校でも、……あの汚名は消えなかった。全て一から出直そうと思って、海外留学をした。だけど、留学先でできた友達も、私の孤独感は消えなかった。だから、その時分かった。私が欲しいのは家族なんだって。一度は壊れてしまったものを、私はもう一度修復したい」
 知っている。俺も、親父も。姉さんがどれだけ頑張ってきたか。どれだけ、独りで努力し続けてきたのかを……。
 夢もなく、ただ自分のこの孤独感を晴らそうと飛び出した先でも、その思いが晴れることはなかった。
 きっと、そのつらさは俺以上のものだ。
 親父が言っていた。『子供には親がいなければならない。子供は親しかいないのだ。拓人、いいか。大事なのは自分の感情を片付けてくれる存在だ。それがお前の拠り所となる』
 俺に同じようなことを何度も言い聞かせていた。
 こういうことか。と、俺は今になってようやく理解する。
 いくら、年齢が二十歳になろうと、未成年だった十九歳の頃と一年しか変わっていない。
 まだまだ姉さんは子供だ。だからこそ、親が必要だ。心の拠り所になるような、そんな存在が。
 それが、俺。
「姉さん。姉さんはどうしたいんだ?」
「……一緒にカナダへ来てほしい」
 前までなら、俺は承諾していたかもしれない。英語だって話せるし、何ら問題はない。前の俺は、この現実に飽きていた。この世界そのものに。飽きが生じていた。
 だけど、今は……。
「姉さん。俺、最近ハマっているゲームがあるんだ」
「……?」
「それにハマる前は、できないと分かっている目標を目指したり、あるものないもの勝ってに結論付けて遊んでたんだ。だけど、突然、ある天才からそのゲームを渡されてな。ハマっちまった。だから、姉さんと一緒には行けない」
「そっか……」
「だけど」
 俺は間髪入れずに続ける。
「そのゲームは一回しかできなくてな。クリアしたらそこでゲームが終わるんだ。だから、」
 俺は体を動かして、姉さんの方を向く。視線が交差する。
「パパっと終わらして、必ず、姉さんに所へ行く」
「本当に……?」
疑心暗鬼に俺を疑う姉さん。だが、俺はある理由をもとにして、それを一蹴するのだった。
「姉さんも知ってるだろ。俺は天才だからな」
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