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ごめん……
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「どうした? 随分と疲れた顔をしているな。寝不足か?」
翌日。また同じように川寄に呼び出され、屋上で町の景色を眺めていると、川寄がそう聞いてきた。
「いや、疲れているのは変わりないが、寝不足じゃない」
「押し付けすぎたか?」
「姉が帰って来てるんだよ。この姉が普通ならいいんだが……」
「普通じゃない、と……」
「ああ、そういうことだ」
あの姉を普通と呼んでしまったら、日本人がイメージしている姉の像が根底からひっくり返ることだろう。その先はパンデミックだ。
昨日の夜も、俺の恋路やら、オールしようなどと言って、中々寝させてくれなかった。あながち、寝不足というのも間違ってはいないのかもしれない。
「まあ、別にこれと言って体に異常をきたしているわけじゃないから問題はない。で、本題はなんだ? 二日連続で屋上に呼び出して、重要なことなんだろうな。早く帰らないと姉がうるさいんだ。手短に頼むよ……」
「ああ、了解した。早速だが、一応渡しておく。そのプリントに書いているのが宿泊研修の大まかな日程だ。頭に入れておいて損はないだろう?」
「まあそうだが、何か言いたいことと関係しているのか?」
「二日目のグループ別自由行動。奴らが仕掛けてくるならここなんだが、忘れてないよな?」
「なにが?」
「奴らだって馬鹿じゃない。2グループに分かれているんだ。しかも、奴らが一声かければ動くグループだっている。その辺は対策しているのか?」
「いや、まったく」
俺は正直に答えた。んなの、対策も何もないだろうに。
「頼むから、危機感を持ってくれ……」
「川寄、お前何にも分かってないな。対策なんてするだけ無駄なんだよ。文字通り自由行動の中で奴らがどう動くか、どんな手を打ってくるかなんて絞れる訳がない。ましてや、それを予測したところで、ほかの二人がついてくる確証はない」
「確かに……」
「出来るだけは気を付ける。ただそれだけだ。出たとこ勝負でやるしかない。最悪、殴られたとしても、こちらから手を出さなければ理事長を警戒させることもない。本来の宿泊研修に俺が参加する目的を見失うなよ」
「教師に説教とは。俺も落ちぶれたな……。まあ、期待はしておこう」
「それでいい。じゃ、そういうことだから、もう帰るぞ」
「ああ、気をつけてな」
そんな声を背中で受けながら、俺は屋上を後にした。
「ただいま」
「お帰り。遅かったね」
家に帰ると、予想通り姉が待っていた。いや、予想通りじゃなくて、確定なのだが。
「ああ、ちょっとな。適当に夕飯作るから少し待ってろ」
俺はすぐさま二階に上がると、荷物を部屋に放り投げ、食事の準備を始めることにした。
「で、今日は何を話してくれるのかな?」
「何を期待している……」
玉ねぎを切りながら、俺は憂鬱気味に答える。
「それに、俺は好きでしゃべっているわけじゃない。姉さんが根掘り葉掘り聞いてくるし、しつこいから答えているだけだ」
「いいじゃん! 久しぶりの帰国なんだからさ」
「前に来たのは、六年前か……」
ちょうど11歳の時に家に突然押し入ってきた覚えがある。確か、その時は親父が仕事から帰って来たばかりの頃だったか。
「そうそう。だからその私には知らない空白の六年間を聞いてるの。何か私変なこと言った?」
「いや、何も……」
血のつながった兄弟として、唯一の姉として気になることを聞いているだけなのだろう。まあ、俺はそれが鬱陶しいと言っているのだが。
「ただ、このままじゃ不公平だろう。俺は昨日話した。今度は姉さんの番だ」
何とか逃げ道を見つけていく。
「う~ん。確かに、ギブ&テイクではないよね。いいよ。気になることは何でも聞いてみたまえ~」
「じゃあ、」
俺は逡巡しつつ、
「姉さんは留学先で何を研究してるんだ?」
そういえば、何故姉さんが留学してるのかを聞いたことがない。多分、そんなものを気にできないほど切羽詰まっていたのだろう。何しろ、11歳だ。小学校に通っていれば小学五年生。十分に父親の教育期間中だ。
「そういえば話したことないね。私は別に研究とかしてないよ」
「……はい?」
研究してない? どういうことだ?
「私は将来的に海外で働きたいから留学しているだけで、これといって熱中して学んでいることはないよ」
「なるほど。そういう考え方もあるのか……」
また一つ学ぶことができたようだ。
食事も終え、今は姉さんが風呂に入っている。
当の家主はというと……、
ボーっとテレビを見ていた。実に吞気である。
「上がったよ~」
「お~。把握」
適当に返事をする。今の時間は俺が毎日していることだ。毎日この時間はこうやってボーっとする事で脳を無理矢理休ませているのだ。だったら寝ればいいじゃないかと思うが、中々寝付けないのが俺の欠点なのである。
「んで、一つ質問していい?」
「ああ、……いいぞ」
もはや機能していない頭で答える。俺の座っている隣に姉さんが座っているのだが、華やかなシャンプーの匂いというのだろうか。そんな香りが鼻をくすぐる。しかしながら機能していない脳にはまったくもって関係ない。だが、
「今日、帰ってくるのが遅かったけど、告白でもされた?」
という姉さんの一言で無理矢理覚醒した。
「…………はあ?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。何とか限りあるエネルギーで思考を巡らし、何とか返答する。
「……なわけあるか……」
「ん? 今の間は何かな? もしかして、好きな子でもできた?」
「そんな恋なぞにうつつを抜かしている暇もないんでな。そんなことは万が一にもあり得ない」
冗談じゃない。気になる子だあ? そんなのがいるわけがないだろう。僅かに機能していた思考回路で返答する。
俺は無意識下で、朦朧としながら言葉を零した。
「姉さん。冗談はやめてくれよ。そんなのことが俺に許されるわけがないだろ?」
「拓人……」
姉さんが失敗した、という風に言葉を呟いたが、俺はそれを無視して続けた。
「姉さんだって知っているだろ。だって、何故なら俺は、犯罪」
「拓人……!」
つい本音が漏れた次の瞬間、言い終える前に姉さんは叫びながら俺を抱きしめた。
時計の秒針を刻む音だけが響き渡り、時が止まったような感覚を覚える。
喉が氷のように固まり、声が出ない。だが、必死に頭を働かせ、何とか言葉を紡ぐ。
「姉さん……?」
「…………ごめん……」
姉さんは俺の問いに答えることなく、小さく呟いた。本当に小さく。ちゃんと耳を澄ましていなくては聞き逃すような消え入る声で……。
「……何に対してのごめんなんだ?」
何に対して謝られているのか、俺には分からなかった。
「……全部押しつけて、ごめん……」
ああ、と、俺は察した。だからこそ、俺も言葉を発する。
「……何を今更。今さっき始まったことじゃないだろう。それにこれに関しては既に終わらしたつもりだったが……」
「……でも、私が逃げて、拓人に押し付けたのは事実。覆そうにも覆せないでしょ……」
俺はそれを強く否定する。このままでは姉さんは過去によって壊れてしまうから。
「関係ないね。そもそも、俺はこの選択に後悔していない。もし後悔していたとしたら、こうして姉さんを家に上げてない。追い出してるさ」
俺たちの両親はとある出来事によって離婚した。その頃の親父はかなり厳しい人柄だった為、親権は母方に移ると思っていた。俺が5歳の頃の出来事だ。
だが、母親は二人も育てられないことを理由に、親権を分けることに。
結果、俺と姉さん。どちらかが親父についていくことになる。この時に優先されたのは姉さんの判断。その頃、まだ幼かった俺に判断することは出来なかった。否、許されなかった。そしてその判断が、姉さんが母方につく。ということだった。
姉さんは親父が厳しい人柄だということを知ったうえでそのような判断を下した。結果的には幼い俺に厳しい道を歩ませることになった。
今でも鮮明に思い出せる。姉さんが母方につくと決まった時の姉さんの泣きじゃくる顔。母親の安心しきった顔。
そして、親父の俯いた感情。
その時俺は何を思っていたのか。
既に感情のピースは欠けてしまっていたらしい。無表情だった。
この時をもって、俺と姉の間には、俺たちにしか分からない隔たりができたのである。
「実は、帰国してきた目的はこれだったの……」
「どういうことだ?」
「……拓人と仲直りするため……」
姉さんなりに想っていてくれたことは知っている。きっとあの判断をしたときも断腸の決断だったはずだ。
弟の身の安全か、自身の身の安全か。
姉さんは自分をとった。
この判断は間違っていなかったと俺は思う。
俺がもしその立場だったら、俺だってそうする。ましてや、僅か8歳の少女に突然ゆだねられた、人生を左右する選択なぞ、正確に判断できるわけがない。
「だから……、この時をもって、心から謝る。……ごめん。全部押しつけてごめん……。辛い道を歩かせてごめん……。お姉ちゃんがこんなにもだらしなくて」
俺は言い終える前に強く抱きしめ返すことでその言葉を遮った。
「……いい。もういいから。俺は姉さんを尊敬している。自分のことよりも他人を気遣える人だと。俺にはそんなことはできないから」
「私は、……私は自己中だよ。自分のことで精一杯で、他人のことなんか考えられない。そんな人間なんだよ」
俺はそれをすぐに否定する。
「本当に他人を考えられないのなら、わざわざ仲直りという名目で帰国してくる奴はいない。そうだろ?」
姉さんはゆっくりと首肯した。その弾みで、溜まっていた涙が頬を伝う。
「――今があって未来があるように、過去があるからこそ今がある。もし、姉さんが自分の過去を否定するのならば、今の自分、そして俺をも否定することになる。だから、過去は乗り越えなくちゃいけないんだ。俺はそう思う」
「…………」
姉さんからは返答はなかった。ただただ、部屋中に姉さんの嗚咽が響いた。俺はそれを何もすることなく、ただ受け止める。
今、この時をもって、姉さんは過去を乗り越えた。ここから姉さんはゆっくりと道を上っていくだろう。うわべだけじゃなく、強い気遣いの意思を持って。
だが、上るのは姉さんに限らず、俺も同じだ。
凄く体が軽い。頭もこれまでにないくらいクリアになっている。
まあ、なんだ。言葉ではうまく言い表せないが、
今夜はよく眠れそうだった……。
翌日。また同じように川寄に呼び出され、屋上で町の景色を眺めていると、川寄がそう聞いてきた。
「いや、疲れているのは変わりないが、寝不足じゃない」
「押し付けすぎたか?」
「姉が帰って来てるんだよ。この姉が普通ならいいんだが……」
「普通じゃない、と……」
「ああ、そういうことだ」
あの姉を普通と呼んでしまったら、日本人がイメージしている姉の像が根底からひっくり返ることだろう。その先はパンデミックだ。
昨日の夜も、俺の恋路やら、オールしようなどと言って、中々寝させてくれなかった。あながち、寝不足というのも間違ってはいないのかもしれない。
「まあ、別にこれと言って体に異常をきたしているわけじゃないから問題はない。で、本題はなんだ? 二日連続で屋上に呼び出して、重要なことなんだろうな。早く帰らないと姉がうるさいんだ。手短に頼むよ……」
「ああ、了解した。早速だが、一応渡しておく。そのプリントに書いているのが宿泊研修の大まかな日程だ。頭に入れておいて損はないだろう?」
「まあそうだが、何か言いたいことと関係しているのか?」
「二日目のグループ別自由行動。奴らが仕掛けてくるならここなんだが、忘れてないよな?」
「なにが?」
「奴らだって馬鹿じゃない。2グループに分かれているんだ。しかも、奴らが一声かければ動くグループだっている。その辺は対策しているのか?」
「いや、まったく」
俺は正直に答えた。んなの、対策も何もないだろうに。
「頼むから、危機感を持ってくれ……」
「川寄、お前何にも分かってないな。対策なんてするだけ無駄なんだよ。文字通り自由行動の中で奴らがどう動くか、どんな手を打ってくるかなんて絞れる訳がない。ましてや、それを予測したところで、ほかの二人がついてくる確証はない」
「確かに……」
「出来るだけは気を付ける。ただそれだけだ。出たとこ勝負でやるしかない。最悪、殴られたとしても、こちらから手を出さなければ理事長を警戒させることもない。本来の宿泊研修に俺が参加する目的を見失うなよ」
「教師に説教とは。俺も落ちぶれたな……。まあ、期待はしておこう」
「それでいい。じゃ、そういうことだから、もう帰るぞ」
「ああ、気をつけてな」
そんな声を背中で受けながら、俺は屋上を後にした。
「ただいま」
「お帰り。遅かったね」
家に帰ると、予想通り姉が待っていた。いや、予想通りじゃなくて、確定なのだが。
「ああ、ちょっとな。適当に夕飯作るから少し待ってろ」
俺はすぐさま二階に上がると、荷物を部屋に放り投げ、食事の準備を始めることにした。
「で、今日は何を話してくれるのかな?」
「何を期待している……」
玉ねぎを切りながら、俺は憂鬱気味に答える。
「それに、俺は好きでしゃべっているわけじゃない。姉さんが根掘り葉掘り聞いてくるし、しつこいから答えているだけだ」
「いいじゃん! 久しぶりの帰国なんだからさ」
「前に来たのは、六年前か……」
ちょうど11歳の時に家に突然押し入ってきた覚えがある。確か、その時は親父が仕事から帰って来たばかりの頃だったか。
「そうそう。だからその私には知らない空白の六年間を聞いてるの。何か私変なこと言った?」
「いや、何も……」
血のつながった兄弟として、唯一の姉として気になることを聞いているだけなのだろう。まあ、俺はそれが鬱陶しいと言っているのだが。
「ただ、このままじゃ不公平だろう。俺は昨日話した。今度は姉さんの番だ」
何とか逃げ道を見つけていく。
「う~ん。確かに、ギブ&テイクではないよね。いいよ。気になることは何でも聞いてみたまえ~」
「じゃあ、」
俺は逡巡しつつ、
「姉さんは留学先で何を研究してるんだ?」
そういえば、何故姉さんが留学してるのかを聞いたことがない。多分、そんなものを気にできないほど切羽詰まっていたのだろう。何しろ、11歳だ。小学校に通っていれば小学五年生。十分に父親の教育期間中だ。
「そういえば話したことないね。私は別に研究とかしてないよ」
「……はい?」
研究してない? どういうことだ?
「私は将来的に海外で働きたいから留学しているだけで、これといって熱中して学んでいることはないよ」
「なるほど。そういう考え方もあるのか……」
また一つ学ぶことができたようだ。
食事も終え、今は姉さんが風呂に入っている。
当の家主はというと……、
ボーっとテレビを見ていた。実に吞気である。
「上がったよ~」
「お~。把握」
適当に返事をする。今の時間は俺が毎日していることだ。毎日この時間はこうやってボーっとする事で脳を無理矢理休ませているのだ。だったら寝ればいいじゃないかと思うが、中々寝付けないのが俺の欠点なのである。
「んで、一つ質問していい?」
「ああ、……いいぞ」
もはや機能していない頭で答える。俺の座っている隣に姉さんが座っているのだが、華やかなシャンプーの匂いというのだろうか。そんな香りが鼻をくすぐる。しかしながら機能していない脳にはまったくもって関係ない。だが、
「今日、帰ってくるのが遅かったけど、告白でもされた?」
という姉さんの一言で無理矢理覚醒した。
「…………はあ?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。何とか限りあるエネルギーで思考を巡らし、何とか返答する。
「……なわけあるか……」
「ん? 今の間は何かな? もしかして、好きな子でもできた?」
「そんな恋なぞにうつつを抜かしている暇もないんでな。そんなことは万が一にもあり得ない」
冗談じゃない。気になる子だあ? そんなのがいるわけがないだろう。僅かに機能していた思考回路で返答する。
俺は無意識下で、朦朧としながら言葉を零した。
「姉さん。冗談はやめてくれよ。そんなのことが俺に許されるわけがないだろ?」
「拓人……」
姉さんが失敗した、という風に言葉を呟いたが、俺はそれを無視して続けた。
「姉さんだって知っているだろ。だって、何故なら俺は、犯罪」
「拓人……!」
つい本音が漏れた次の瞬間、言い終える前に姉さんは叫びながら俺を抱きしめた。
時計の秒針を刻む音だけが響き渡り、時が止まったような感覚を覚える。
喉が氷のように固まり、声が出ない。だが、必死に頭を働かせ、何とか言葉を紡ぐ。
「姉さん……?」
「…………ごめん……」
姉さんは俺の問いに答えることなく、小さく呟いた。本当に小さく。ちゃんと耳を澄ましていなくては聞き逃すような消え入る声で……。
「……何に対してのごめんなんだ?」
何に対して謝られているのか、俺には分からなかった。
「……全部押しつけて、ごめん……」
ああ、と、俺は察した。だからこそ、俺も言葉を発する。
「……何を今更。今さっき始まったことじゃないだろう。それにこれに関しては既に終わらしたつもりだったが……」
「……でも、私が逃げて、拓人に押し付けたのは事実。覆そうにも覆せないでしょ……」
俺はそれを強く否定する。このままでは姉さんは過去によって壊れてしまうから。
「関係ないね。そもそも、俺はこの選択に後悔していない。もし後悔していたとしたら、こうして姉さんを家に上げてない。追い出してるさ」
俺たちの両親はとある出来事によって離婚した。その頃の親父はかなり厳しい人柄だった為、親権は母方に移ると思っていた。俺が5歳の頃の出来事だ。
だが、母親は二人も育てられないことを理由に、親権を分けることに。
結果、俺と姉さん。どちらかが親父についていくことになる。この時に優先されたのは姉さんの判断。その頃、まだ幼かった俺に判断することは出来なかった。否、許されなかった。そしてその判断が、姉さんが母方につく。ということだった。
姉さんは親父が厳しい人柄だということを知ったうえでそのような判断を下した。結果的には幼い俺に厳しい道を歩ませることになった。
今でも鮮明に思い出せる。姉さんが母方につくと決まった時の姉さんの泣きじゃくる顔。母親の安心しきった顔。
そして、親父の俯いた感情。
その時俺は何を思っていたのか。
既に感情のピースは欠けてしまっていたらしい。無表情だった。
この時をもって、俺と姉の間には、俺たちにしか分からない隔たりができたのである。
「実は、帰国してきた目的はこれだったの……」
「どういうことだ?」
「……拓人と仲直りするため……」
姉さんなりに想っていてくれたことは知っている。きっとあの判断をしたときも断腸の決断だったはずだ。
弟の身の安全か、自身の身の安全か。
姉さんは自分をとった。
この判断は間違っていなかったと俺は思う。
俺がもしその立場だったら、俺だってそうする。ましてや、僅か8歳の少女に突然ゆだねられた、人生を左右する選択なぞ、正確に判断できるわけがない。
「だから……、この時をもって、心から謝る。……ごめん。全部押しつけてごめん……。辛い道を歩かせてごめん……。お姉ちゃんがこんなにもだらしなくて」
俺は言い終える前に強く抱きしめ返すことでその言葉を遮った。
「……いい。もういいから。俺は姉さんを尊敬している。自分のことよりも他人を気遣える人だと。俺にはそんなことはできないから」
「私は、……私は自己中だよ。自分のことで精一杯で、他人のことなんか考えられない。そんな人間なんだよ」
俺はそれをすぐに否定する。
「本当に他人を考えられないのなら、わざわざ仲直りという名目で帰国してくる奴はいない。そうだろ?」
姉さんはゆっくりと首肯した。その弾みで、溜まっていた涙が頬を伝う。
「――今があって未来があるように、過去があるからこそ今がある。もし、姉さんが自分の過去を否定するのならば、今の自分、そして俺をも否定することになる。だから、過去は乗り越えなくちゃいけないんだ。俺はそう思う」
「…………」
姉さんからは返答はなかった。ただただ、部屋中に姉さんの嗚咽が響いた。俺はそれを何もすることなく、ただ受け止める。
今、この時をもって、姉さんは過去を乗り越えた。ここから姉さんはゆっくりと道を上っていくだろう。うわべだけじゃなく、強い気遣いの意思を持って。
だが、上るのは姉さんに限らず、俺も同じだ。
凄く体が軽い。頭もこれまでにないくらいクリアになっている。
まあ、なんだ。言葉ではうまく言い表せないが、
今夜はよく眠れそうだった……。
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