「天才」と書いて、「偽善者」と読む ~この世にないもの~

高桐AyuMe

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姉さん

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 二日後の放課後。
 俺たちは宿泊研修でのグループ決めを、既に行くことを決めた生徒たちで行っていた。
 ちなみに、俺は既に申し込みを済ましている。
「真条君、よろしくできる?」
「あ、ああ。別にいいぞ」
 突然、一に投げ込まれた質問に俺は少し慌てつつもそう答えた。
 瞬間、残っていた生徒の間でざわついた。
 ああ、分ってるよ。俺は望んでここに立っている。自らクラスカースト下位に落ちることで動きやすくしているのだ。
 ただ、一に宿泊研修を誘われたくらいで、そんなにも騒がないでほしい。一々癇に障る。
 俺は先程、白葉とグループを組んでいるので、昨日、川寄と話し合った通りのグループメンバーをそろえられたわけだ。
 無事にメンバーをそろえた俺は、そのまま帰宅することにする。早く帰らないと、怒られるかもしれないからな……。

 家の前まで来たとき、自分の玄関の前で突っ立っている女性を捉えた。
 俺はそれを確認するなり、嘆息すると、その女性へと話しかける。
「随分と早いお帰りだな、姉さん」
 その女性、俺の姉さんは振り向いて俺を見るなり、
「た~く~と~!」
  と抱き着いてきたが、すぐさま一歩後ろに下がることでそれを回避する。
「何でよけるのっ? 久しぶりに愛しの弟に会えたんだから、抱き着いても文句はないでしょっ!」
「そんなわけあるか……。鬱陶しいからさっさと入れ」
 俺は鍵を差し込み、ドアを押し上げながら言った。
「はいはい。お邪魔しま~す」
 姉さんの背中を追うように俺も玄関に入った。
「じゃあ、俺は荷物置いてくるから、適当に暇つぶししててくれ」
 そう言い残して、俺は階段を上がっていく。
 部屋に入り、カバンを床に降ろすと、俺は大きくため息をついた。
「タイミングが悪い……」
 姉さんの名は、三坂静香。俺の3つ上の大学二年生。だが、カナダに留学をしているため、顔を合わせることはまったくない。ただ、今回はたまたま休みが取れたのと、久しぶりに日本の空気を吸いたいと、帰国してきたそうだ。滞在期間は五日間。あと五日も住処を共にすると考えると目が回る。
 取り敢えず、悩んでいても仕方ない。既に賽は投げられた。もう逃げ出すという選択肢は自然消滅している。
 俺はそう結論付け、リビングへと降りる。そこには姉さんがいるのだが……、
「何してる……」
 あろうことか、姉さんはテレビの下に備え付けられた棚を調べていた。しかも乙女としたらあまり晒すべきではない状態だ。
「え? あ、いやね。何か薄い本でも隠してないかなと……」
「あほか」
「酷い!」
 馬鹿なことを抜かす姉に俺は辛辣につき放つ。
「いや、あんただってお年頃でしょ? 薄い本の一冊や二冊あったって何もおかしくはないでしょ。最近の男子ってそういうんじゃないの?」
「完全なる姉さんの偏見と独断だ。れっきとした証拠もなければ、確証もない。ただの世界の全男子たちへの悪口だ」
「拓人が超冷静なのがムカつく! 私が年下みたいに見れるじゃん」
「実際にそう見えているから安心しろ。今更の問題だ」
「辛辣!」
 はあ。姉さんとの会話は本当に疲れる。まだ川寄と小難しい話をしているほうがましだ。
「で、何が食いたい?」
「え、何。作ってくれんの? よっ、料理男子」
「並大抵にできるだけだ。一人暮らししているのに料理の一つや二つできないでどうする」
「さあ? コンビニで済ませんじゃない?」
「不健康だ」
 なんだその食生活は。最悪のパターンだ。確かにコンビニは便利だが、それに頼ってばかりじゃ、社会に出たときに苦労するぞ。
「ていうか、こういうのって普通、外食に行く流れじゃないの?」
「残念ながら、そこまでうちは裕福じゃないんだよ……」
「そう、二階建ての一軒家に住んでおいて?」
「一人分なら許容範囲だが、二人分は無理だ」
「え、なんか自然な感じで奢る、みたいになったけど、別にいいよ。食事代ぐらい自分で払うよ」
「噓つけ! お前、絶対会計の時に『持ち合わせが今なくて、後で返すから』とか言って、結局返さなかったじゃねえか!」
「あら、そんなこともあったわね」
 あっけらかんと言う俺の姉に、一瞬でも殴りたいと思ってしまった。
「だから、精一杯できることは自炊なんだよ。我慢しろ」
「まあ、愛する弟の手料理ならそこら辺の回転寿司よりはいいかな」
「……ふむ。悪い気はしない」
 お世辞か否かは定かではないが、取り敢えず誉め言葉として素直に受け取っておくことにしよう。
「で、何がいい? できる限りリクエストには答えるつもりだ」
「う~ん、そうだなぁ。日本を感じるようなコースがいいかな」
「なんじゃそりゃ。しかもコースって」
何故か凄く高いリクエストをされてしまった。
「答えてくれるんじゃなかったの?」
「わあった。わあったから」
 俺は適当に返すと、冷蔵庫を開け、中身を確認する。こうなったら仕方ない。なるようになれだ。

 「え、これホントに拓人が作ったの? 冷凍とかじゃなくて?」
「今さっき、姉さんの目の前で作っただろう。レンジなんか使ってなかっただろうに」
「いや、私が見てたのは偽の立体映像で、実は冷凍で済ましていた可能性が……」
「そんな高度な技術を施した家に住んでるわけじゃねえ。冷める前に食べてくれないかな」
「ああ、ごめんごめん。いま食べるね」
 テーブルには俺が今しがた作った料理の数々が並べられていた。
 下処理した海老といんげん、高野豆腐を十五分ほど煮た煮物。
 予めたまたま味噌漬けしてあった豚ロースを焼いたメイン。
 ささみと三つ葉を、梅干し、わさび、醬油で味付けした和え物。
 何故か買ってあった鯛の切り身をだし汁と薄味醬油で炊いた鯛めし。
 全て冷蔵庫にあったものと考えると、頑張ったほうである。しっかりと肉と魚を取れるというおまけ付き。一応、これが今の俺のできる限界だ。
 これで文句言われたら、泣いてもいいか?
 姉さんは並べられた料理に感嘆の声を漏らしていた。
「それじゃあ、いただきます」
 そして、鯛めしを一口食べた瞬間、
「〰〰〰〰〰〰〰〰ッッ!!」
「な、なんだ、なんだ?」
 急に無言の叫びを上げた姉さんに対し、俺は少したじろぐ。
「い、いやね。本当に自分の弟が作ったものとは思えないよ! え、いつの間に料理人になったの?」
「そんなものになった覚えはないし、なるつもりもない」
「前言撤回! そこら辺の回転寿司ではなく、築地の寿司屋よりも美味い!」
 べた褒めである。だが、俺は、冷静に返した。
「そう言ってくれて何よりだよ」
 泣くはめにならなくて良かった。
「あ、まんざらでもない顔してる~」
「うっせ」
 久しぶりだ。こんな下らない会話をしながら、この温かさを感じるのは……。
 俺はゆっくりと、体の芯まで届くような温かさに漬かることにした。
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