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本編
「死ぬか?」
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外に出ると、行きゆく人々は皆足を止め、スマホを一方方向に向けている。そちらに目を向けると燃え盛る赤い炎と黒煙が見えた。
「火事」
「ええ、でも何か変じゃない?」
「ああ、同感だ。水で消火できていない」
現在進行形で消防の人たちが必死に放水を続けているが、一向に火が弱まる気配はない。
つまりはただの火事ではない。この炎は……。
「能力者によるもの、ってことか」
「そう考えるのが妥当ね」
能力者が関わった事件発生、と。
生憎と、俺たちは能力者の犯罪のパトロール中だ。流石に逃げられないよな。
「面倒くさいがやるしかないよな」
「さっさと行くわよ。これ以上は被害は出せない」
現場は建物が所狭しと立ち並ぶ繫華街。消火活動が無に帰する程の炎が燃え移らないはずがない。
俺たちは駆け足で規制線を潜り抜け、燃え盛るビルの入口へと駆ける。
現場に入るには関係者うんぬんかんぬんがあるが、俺たちが来ているのは警察学校の制服。わざわざ声をかけるやつなどいない。
俺たちはそのまま炎の中へ飛び込んだ。
「ふう、取り敢えず、気休めだが火は怖くなくなったな」
飛び込んだ先にあった化粧室に入ると、まだ使えていた水道で水を頭からかぶる。これで引火の可能性は低くなった。
効果は薄いかもしれないがないよりかはましだ。
「どうでもいいことかも知れないけど、女子トイレに入るの、ためらわなくなったわね」
「……それ言ってる場合か?」
俺も今気づいたわ。言わなきゃ気づかないで済んだものを。
色々とデジャヴを感じる……。
いや感じてる場合じゃなく。
「急ごうか、火が強くなれば俺たちも危険にさらされる」
いくら俺たちが戦闘などに特化した人間であろうと無敵じゃない。勿論、火に触れれば火傷する。煙を吸えば喉がやられる。こんな所で冗談言っている場合ではない。
「でもかなり足場は悪いわ。それに能力者によるものだとしたら、本人が潜んでいる可能性は捨てきれない」
確かに。その可能性は極めて高いだろうな。
「いるとしたら最上階か? そこまで階段かよ」
勿論、電気は止まっている。エレベーターの類は使えない。
「行くしかないわ。急ぐわよ、これ以上はこの建物の耐久性がもつかどうかわからない」
「そうだな。先に行っててくれ。俺は要救助者を探しながら追う」
「任せたわ」
そう言って舞原は地を蹴って跳躍。手すりを飛んで最上階を目指す。
俺はゆっくりと階段に踏み入れると、崩れないのを確認しながら駆けあがった。
上っているのは非常階段。各フロアの非常口から要救助者を探し、また上へと駆け上がる。
かれこれそれが6回程度続き、ようやく上へと続く階段はなくなった。最上階だ。
「屋上はない、のか」
どうりで煙が充満しているわけだ。ビル全体で密閉性が高い。
これでは室内の温度が上昇傾向にあるため、消火は難しくなりそうだ。
すると、奥から何か戦っているような音が聞こえた。
急いで駆けつけると、既に舞原が低姿勢であの槍をかまえていた。
「どうした」
「見ての通り、なんかやばいやつがいたのよ」
舞原が示す視線の先。そこには火だるまとなった人が立っていた。
だが、それははっきりと体に燃え盛る火の間からこちらを見つめている。
普通なら死んでいると判断するであろう状況の人物は、しかししっかりと自分の足で自立している。
俺はその情報だけで察してしまった。
この人が今どんな状況に陥ってしまっているのか。なぜ、俺たちと対峙しているのか。
「初めて見たわ、こんな奴。生きているのか、死んでいるのかもわからない」
「そりゃそうだろうな」
「え?」
たとえ、どれだけの実力者だとしても。少し特殊な学校に通っていたとしても。この類の相手は見ることさえもない。見てはならない。
だからこそ俺は舞原を手で制し、一歩前に出る。
「下がれ、舞原。俺が相手する」
「急に何よ。こんな奴は私でも余裕よ。それは貴方が一番わかっているでしょう?」
そういった瞬間、目の前にいるそいつは僅かに前傾姿勢になると、こちらを焦げた瞳で確かに睨んだ。
「■▲■ァ、◆■ゥ▼■■ォ…!!」
解読は不可能だった。
俺も舞原も一瞬気圧されるほどの咆哮。
一瞬でも気を抜けば奴の放つ圧に吹き飛ばされると思うほどの圧力。
同じくそれを感じた舞原に説得をかける。
「ああ、実力なら確かにこいつをはるかに上回っているだろうな。だが、お前が相手してきた奴とは全く違う。お前はあいつを止められない」
「……何が言いたいの?」
「お前にはできないことをするだけだ」
いつもよりも語気を強めて言った言葉で、舞原は引き下がる。
舞原は強い。それは誰の目を見ても明らかだ。自他共に認める圧倒的な実力。
そこに年齢というものは関係ない。
だが、舞原も認識できていない自分の弱さがある。
それは、優しさ。
若さという経験のなさ故に生まれる優しさが原因の一瞬の躊躇。
残念ながら目の前にたつこいつは、今俺たちが追っていた能力者とも、今まで相手してきた生徒含めた奴らとも違う。
全く別次元の相手。
本当なら出会ってはいけない存在。
そんな奴の対処を俺は知っている。
舞原にはできない、そのやり方。
敵がいればそこがどれだけ賑わっていても戦場と化すると、戦場に心を持ち込むなと。
いつか誰からか言われたそれを実行できる俺がやるのだ。
そこまで考えて俺は思考を停止させる。そして流れるように腰に携えていたナイフを鞘から引き抜く。
もう、相手以外を見る必要も考える必要もない。
もはや、思考する暇などないだろう。
それぐらい、体が覚えている。
「何を……っ!」
舞原が言い終える前に俺は走り出す。
「■■◆ゥォ▼■◆▲■ァゥ!!!」
またも鋭い咆哮。だが先ほどと違うのは威嚇ではなく、目の前に迫る俺という外敵に対する宣戦布告。
そいつは手のひらから火球を作り出すと、それを複数投げつけてくる。
よけることは出来ない。それをすれば後ろにいる舞原に被害が及ぶ。故に俺は手に持っているナイフでそれらすべてを薙ぎ払う。
そして勢いそのままにナイフを奴の腹部に刺突させた。
迷いのない鋭い一撃。
耳を防ぎたくなるような肉が避ける音が響き渡り、黒い液体が四散する。
そいつは、いやその人は最期に俺の肩に手を置くと、一瞬だけ俺の瞳を見据えて、黒い塵となって消えていった。
消えていった重みと、軽くなったナイフを見ると俺の着ていた制服に先ほど飛び散った黒い液体、奴の血液がべっとりと付着していた。
「あ、貴方、何を……」
いまだ状況を理解できない舞原が声を上げる。俺はそれに振り向くと、舞原はさらに目を見開くと、呟く。
「覇王……」
そう言った舞原に俺は静かに近づくと。
「すまないな、少し眠っておいてくれるか?」
俺は返答を訊かず、舞原の首元に手刀を入れる。
そして、ずっとこちらを監視するように見ていたそいつに声をかける。
「なあ、お前は人の命をなんだと思ってるんだ?」
内からこみ上げる怒りを抑えて、しかしそれは完全とはいかず。
「死ぬか?」
脅しでもなく、単純な俺の行動提示を発して、俺は静かにそいつを見た。
「火事」
「ええ、でも何か変じゃない?」
「ああ、同感だ。水で消火できていない」
現在進行形で消防の人たちが必死に放水を続けているが、一向に火が弱まる気配はない。
つまりはただの火事ではない。この炎は……。
「能力者によるもの、ってことか」
「そう考えるのが妥当ね」
能力者が関わった事件発生、と。
生憎と、俺たちは能力者の犯罪のパトロール中だ。流石に逃げられないよな。
「面倒くさいがやるしかないよな」
「さっさと行くわよ。これ以上は被害は出せない」
現場は建物が所狭しと立ち並ぶ繫華街。消火活動が無に帰する程の炎が燃え移らないはずがない。
俺たちは駆け足で規制線を潜り抜け、燃え盛るビルの入口へと駆ける。
現場に入るには関係者うんぬんかんぬんがあるが、俺たちが来ているのは警察学校の制服。わざわざ声をかけるやつなどいない。
俺たちはそのまま炎の中へ飛び込んだ。
「ふう、取り敢えず、気休めだが火は怖くなくなったな」
飛び込んだ先にあった化粧室に入ると、まだ使えていた水道で水を頭からかぶる。これで引火の可能性は低くなった。
効果は薄いかもしれないがないよりかはましだ。
「どうでもいいことかも知れないけど、女子トイレに入るの、ためらわなくなったわね」
「……それ言ってる場合か?」
俺も今気づいたわ。言わなきゃ気づかないで済んだものを。
色々とデジャヴを感じる……。
いや感じてる場合じゃなく。
「急ごうか、火が強くなれば俺たちも危険にさらされる」
いくら俺たちが戦闘などに特化した人間であろうと無敵じゃない。勿論、火に触れれば火傷する。煙を吸えば喉がやられる。こんな所で冗談言っている場合ではない。
「でもかなり足場は悪いわ。それに能力者によるものだとしたら、本人が潜んでいる可能性は捨てきれない」
確かに。その可能性は極めて高いだろうな。
「いるとしたら最上階か? そこまで階段かよ」
勿論、電気は止まっている。エレベーターの類は使えない。
「行くしかないわ。急ぐわよ、これ以上はこの建物の耐久性がもつかどうかわからない」
「そうだな。先に行っててくれ。俺は要救助者を探しながら追う」
「任せたわ」
そう言って舞原は地を蹴って跳躍。手すりを飛んで最上階を目指す。
俺はゆっくりと階段に踏み入れると、崩れないのを確認しながら駆けあがった。
上っているのは非常階段。各フロアの非常口から要救助者を探し、また上へと駆け上がる。
かれこれそれが6回程度続き、ようやく上へと続く階段はなくなった。最上階だ。
「屋上はない、のか」
どうりで煙が充満しているわけだ。ビル全体で密閉性が高い。
これでは室内の温度が上昇傾向にあるため、消火は難しくなりそうだ。
すると、奥から何か戦っているような音が聞こえた。
急いで駆けつけると、既に舞原が低姿勢であの槍をかまえていた。
「どうした」
「見ての通り、なんかやばいやつがいたのよ」
舞原が示す視線の先。そこには火だるまとなった人が立っていた。
だが、それははっきりと体に燃え盛る火の間からこちらを見つめている。
普通なら死んでいると判断するであろう状況の人物は、しかししっかりと自分の足で自立している。
俺はその情報だけで察してしまった。
この人が今どんな状況に陥ってしまっているのか。なぜ、俺たちと対峙しているのか。
「初めて見たわ、こんな奴。生きているのか、死んでいるのかもわからない」
「そりゃそうだろうな」
「え?」
たとえ、どれだけの実力者だとしても。少し特殊な学校に通っていたとしても。この類の相手は見ることさえもない。見てはならない。
だからこそ俺は舞原を手で制し、一歩前に出る。
「下がれ、舞原。俺が相手する」
「急に何よ。こんな奴は私でも余裕よ。それは貴方が一番わかっているでしょう?」
そういった瞬間、目の前にいるそいつは僅かに前傾姿勢になると、こちらを焦げた瞳で確かに睨んだ。
「■▲■ァ、◆■ゥ▼■■ォ…!!」
解読は不可能だった。
俺も舞原も一瞬気圧されるほどの咆哮。
一瞬でも気を抜けば奴の放つ圧に吹き飛ばされると思うほどの圧力。
同じくそれを感じた舞原に説得をかける。
「ああ、実力なら確かにこいつをはるかに上回っているだろうな。だが、お前が相手してきた奴とは全く違う。お前はあいつを止められない」
「……何が言いたいの?」
「お前にはできないことをするだけだ」
いつもよりも語気を強めて言った言葉で、舞原は引き下がる。
舞原は強い。それは誰の目を見ても明らかだ。自他共に認める圧倒的な実力。
そこに年齢というものは関係ない。
だが、舞原も認識できていない自分の弱さがある。
それは、優しさ。
若さという経験のなさ故に生まれる優しさが原因の一瞬の躊躇。
残念ながら目の前にたつこいつは、今俺たちが追っていた能力者とも、今まで相手してきた生徒含めた奴らとも違う。
全く別次元の相手。
本当なら出会ってはいけない存在。
そんな奴の対処を俺は知っている。
舞原にはできない、そのやり方。
敵がいればそこがどれだけ賑わっていても戦場と化すると、戦場に心を持ち込むなと。
いつか誰からか言われたそれを実行できる俺がやるのだ。
そこまで考えて俺は思考を停止させる。そして流れるように腰に携えていたナイフを鞘から引き抜く。
もう、相手以外を見る必要も考える必要もない。
もはや、思考する暇などないだろう。
それぐらい、体が覚えている。
「何を……っ!」
舞原が言い終える前に俺は走り出す。
「■■◆ゥォ▼■◆▲■ァゥ!!!」
またも鋭い咆哮。だが先ほどと違うのは威嚇ではなく、目の前に迫る俺という外敵に対する宣戦布告。
そいつは手のひらから火球を作り出すと、それを複数投げつけてくる。
よけることは出来ない。それをすれば後ろにいる舞原に被害が及ぶ。故に俺は手に持っているナイフでそれらすべてを薙ぎ払う。
そして勢いそのままにナイフを奴の腹部に刺突させた。
迷いのない鋭い一撃。
耳を防ぎたくなるような肉が避ける音が響き渡り、黒い液体が四散する。
そいつは、いやその人は最期に俺の肩に手を置くと、一瞬だけ俺の瞳を見据えて、黒い塵となって消えていった。
消えていった重みと、軽くなったナイフを見ると俺の着ていた制服に先ほど飛び散った黒い液体、奴の血液がべっとりと付着していた。
「あ、貴方、何を……」
いまだ状況を理解できない舞原が声を上げる。俺はそれに振り向くと、舞原はさらに目を見開くと、呟く。
「覇王……」
そう言った舞原に俺は静かに近づくと。
「すまないな、少し眠っておいてくれるか?」
俺は返答を訊かず、舞原の首元に手刀を入れる。
そして、ずっとこちらを監視するように見ていたそいつに声をかける。
「なあ、お前は人の命をなんだと思ってるんだ?」
内からこみ上げる怒りを抑えて、しかしそれは完全とはいかず。
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