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一章
それは幕引きではなく(1)
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セドナの外側、断崖絶壁に突き出した小さな台地の上で、冒険家は語る。
「そして、ガラス化する前の、その建材の正体は――」
自分たちが立っている、この台地の正体を。
セドナの遥か眼下の湖に生えていた、白い岩山の正体を。
これまでのすべての疑問に通じる、一つの、こたえを。
「――コンクリート、みたいだよ?」
「――っ!」
「こんく、りーと……」
絶句する、俺たちの前で。
モンターナは語り続ける。
「分析結果に正しく準じるならば、セメントと無数種類の砕屑物がガラス状態化したもの、と言うべきかな。
それらが含まれている岩山が、この世界にたまたま存在した可能性はないわけではない。
それが、なんらかの自然的要因でガラス化したという線もなくはない。
つまり、あの白い岩山が、完全なる自然物であるという可能性も、なくはない。
「だが――話はそんなに簡単だろうか。
セメントと言うのは、混ぜ物なんだ。
樹脂やら石膏やら石灰やらの混ぜ物。
しかも、単に混ぜるだけではなく、一定の配合比に基づいて、より強靭になるよう工夫された混合物なんだ。
そうした材料が、たまたまあの白い岩山に含まれていた可能性はある。
ただ、その材料が一定の比率で含まれているというのは、どうなんだ。
「だから、私はこう考える。
現状もっとも確からしい仮説として、この説を提唱する。
すなわち、あの白い岩山は、かつてたしかにコンクリートの塊であったと。
作為的に配合された無数の資源からなるものであったと。
そのようになるべくしてなされた、なにかの構造物であったと。
「ならば、それを成した存在がいるはずだ。
セメントと言う存在を知っていて、
コンクリートと言う存在を知っていて。
そのようなものを用いて、巨大な構造物を作り出すことができた。
それは――なにもので、ありうることができるのか。
「そのような存在は、極めて限られるはずだ。
だが――この世界が、あの世界と地続きであるならば。
この地が、セドナだというのならば。
私たちはその条件に適合する存在を、容易に想像することができる。
事実がそうであるかはわからないが、そう考えるのが現状もっともらしい。
「その答えは。その存在とは――」
そうしてモンターナは、テンガロンハットを目深に押さえる。
その奥に、鋭い笑みを浮かべながら。
「――これ以上はもう、言う必要はないだろう?」
*────
すとん、と。
まっすぐ、腑に落ちるものがあった。
モンターナが語ったことは、俺が最後まで見つけられなかった、最後のピースを埋めるもの。
岩壁の上からはじめてあのセドナ高地の下方に広がる景色を見たとき、俺はあの白い岩山を、まるでなにかの墓標のようだと思った。
それはなぜか?
そこに、なにか退廃の美のようなものを感じたからだ
それが、すでに使われなくなったものだと思ったからだ。
それが――まるで、なにかの成れ果てのように見えたからだ。
だがその光景を見たときは、それは確信に至らなかった。
あの白く輝く岩山は、もしかすると、自然が創り出した、一つの造形美なのではないかという可能性も捨てきれなかった。
俺たちを岩壁の上へと導いた柱状玄武岩の階段のように。
自然が、なんの作為もなく、そのような奇妙で美しい神秘を生み出したのではないかという可能性もあった。
だが、そうでないというのなら。
あれが、かつてコンクリートの塊であり。
人工物であると考えるのが、もっともらしいというのなら。
すべての点は、もはやなんの歪みもなく、1本の線を描き出す。
そして、きっとモンターナも、同じような線を描いているはずだ。
かつてこの世界が辿った、ひとつづきの年代記を。
だから、まずは確認してみよう。
俺とモンターナの考えている線が、重なっているかどうか。
「……なぁ、モンターナ」
「なんだい?」
「俺たち、さすがにビルは建てなかったよな?」
「ああ。……だが、セメントもコンクリートも作った。
二階建て、三階建ての建物も造った。
鉄筋コンクリートも……誰かつくっていただろう?」
「最後の方は、えらい頑丈な拠点になってたよなぁ」
『犬』では、惑星カレドで採取することができた資源を使って、いろんなプレイヤーが、いろんなものを生み出していた。
相応しい資源があれば、俺たちは、現実にあるものを再現することもできた。
樹脂や砂、石灰や石膏、各種の鉱石類が、あの世界にも存在した。
だからあの世界には、セメントも、コンクリートもあったのだ。
「ならばそう遠くないうちに、ビルも建っていただろうさ。
なにせ、サービス終了するその日にさえも――
私たちは、あの星から脱出しなかったのだから。
そのような結末は、私たちにはついぞ与えられなかった。
ならば、私たちはあのゲームが終わった後も、あの星で生きていたんだろう。
あるいは、その子孫なんてものが、この星で生き続けたのかもしれない」
「子孫……」
『犬』が終わったときのことを思い出す。
サービス終了するその日においてさえ、母星アースからの救助船は来なかった。
惑星カレドからの脱出という結末は、俺たちプレイヤーには与えられなかった。
ならば、あの世界で生きていた俺たちは、どうなったんだ?
そのまま、あの惑星カレドの上で生き続けたんじゃないのか?
いったいどれだけの間、この星の上で生きていたのかは、わからないけれど。
「そして……このガラス化したコンクリート・ブロックこそが、この世界があの世界の前ではなく後であると、私が考える物証でもある。
そのように私が考える理由は二つある」
モンターナが、かつての俺の問いに答えようとしてくれている。
こちらに向けて、人差し指を立てる。
「1つ目の理由。
この世界の前に、あの世界を置いた方が理に適っている。
この世界には、明らかに、なんらかの知的生命体が存在していた痕跡がある。
そしてその生命体は、かつての私たちである可能性がもっとも高い。
なにせ、セメントやコンクリートについての技術知識を知っている必要があるからな。
しかも現実のそれに準拠する知識を、だ。
そのような存在は、かつての私たちであると考えるのが、現状もっともらしい。
少なくとも、未知の知的生命体を一から想像――創造するよりは、よほどね。」
人差し指に続いて、中指を立てる。
「2つ目の理由。
この世界の後に、あの世界を置くことは難しい。
なぜなら私たちは――あの世界のセドナの近くで、なんらかの遺構のようなものは見なかったからな。
この世界が、あの世界の前なら、当時私たちはそれを目撃していたはずだ。
ガラス化砦は、現実の地球でも1万年以上残るほどの不朽の構造物。
1,000度を超えるほどの強い熱を与えられて、強く圧縮された岩石。
風化も、劣化もすることもなく――いったい何万年残るんだろうな。
海底ならあるいは、数十万、数百万、数千万年?
さすがに数億年ってことは――どうだろうな、ありうるのかな?」
こちらに向けて立てていた指を降ろし、これまでの話を結ぶ。
「だから、私はこう結論した。
この世界は、あの世界の後で。
あの世界が、あのゲームが終わった後にもシミュレートされ続けた世界であると。
カノンとフーガの発見も合わせれば、さらにこうまで言えるだろう。
私たちが降り立ったこの場所は、まちがいなくあの " セドナ " であると。
かつてプレイヤーたちが惑星カレドに築いた、もっとも大きな拠点の一つ。
海沿いに位置し、河口を擁し、水産業と林業で賑わい、その活気から多くのプレイヤーが拠点を構え――近郊の海底洞窟『ブルー・ジャック・ケイブ』に『セドナ・ブルー』を咲かせていた、あのセドナであると。
私たちは、かつて立っていたのと同じ場所に、幾星霜を経て再び立っているのだよ」
*────
この世界が、あの世界の、後である。
それが、たしかだというのなら。
「……いったい、あれから何年くらい経ってる?
俺たちが遊んでた時代から、どんくらい経った後だ、この世界は」
「当時から経過している年数は、不明だ。
ただ、最低でも万年だろう。
気の遠くなるほどの年月が経過しているはずだ。
……なにせ、この世界には、かつての私たちの痕跡はほとんど残っていないようだからな。
この星にコンクリート・ビルディングを築くまでに繁栄した、私たちの子孫の痕跡もまた、ほとんど残っていない。」
「うん? なんでそこまでわかるんだ」
たしかに、ここまで俺たちがセドナの内側で見てきた中では、そのような気配はまったくなかった。
だが、現に俺たちの目の前には、ガラス化したコンクリート・ビルが残っている。
この星には、そのような廃墟がたくさんあるのかもしれない。
ほかの着陸地点でも、こんな感じの遺物がざくざく見つかっているかもしれないだろう。
「ネット上での情報収集は欠かしていないのでね。
いまのところ1,000以上の着陸地点が存在し、それぞれに数百人が降り立って、のべ数十万人のプレイヤーがこの星の上を歩き回っているというのに、そのような遺物の発見報告はまるで聞こえてこない。
もしもそんな遺物が見つかっていたら、とんでもない騒ぎになっているはずだよ」
そりゃそうか。
俺はネットでの情報収集を断っているからわからんが、たしかに、そうだろう。
もしもこんな発見があったら、火がついたように話題になるはずだ。
『ここ、未開惑星じゃねーじゃん!』……とか。
(……あれ?)
そういえば今作のジャンル名、未開惑星って入ってたっけ?
「いまのところは誰もが、この世界はフルダイブ化した『犬』そのものだと思ってる。
かつて人気があった場所をまた見てみたい、なんて声も聴く。
『紅マグロ樹林帯』とか『ディープ・ブルー・ホール』とか。
『ワスプ荒原』なんかも、今度こそ攻略してやる、なんて声も聴いたな」
「あー、なるほど。なるほどなぁ……」
「紅マグロさんの森、綺麗だったよね」
「緋色の森なんて、まさにファンタジーの世界だったもんな」
「だが、それらがこの世界にもあるかどうかは、まだわからないな。
経過している時間が数万年なら……もしかしたら、まだ残っているかもしれないが。
それ以上となると……」
俺も最初は、この世界は『犬』のリメイク世界だと思っていた。
そして、たとえそうでもまったく問題ないと。
当時の感動をフルダイブで味わえるなら、こんなに素晴らしいことはないと。
得てして、考えることはみな同じもの。
俺以外の多くのプレイヤーも、俺と同じようなことを考えているのかもしれない。
すなわち――この世界はあの世界をフルダイブ向けに作り直した世界なのだと。
その思い込みがいまだ解かれていない以上、ほかの拠点ではこのような痕跡が見つかっていないというのも頷ける。
「ゆえに、私は考えている。
そのような痕跡は、今現在、この星の上にはほとんど残っていないと。
――いや、更にもう一歩踏み込んで言おうか。
そのような痕跡は、このセドナという仮称が与えられた着陸地点以外では、まったくないということはないが、たぶんそのほとんどは容易に見ることができない、と」
「え?」
そこで――セドナ?
なんで、そこでセドナの名前が出るんだ。
「……なんでセドナに限定するんだ?
俺たちが築いた拠点の中で、セドナだけが特別賑わっていたわけではないだろ?
ほかの有名な拠点も、こんな感じに遺跡化して、地上に残っているかもしれないじゃないか」
モンターナが、セドナだけを特別視する理由がわからない。
かつてのセドナは、なにか特別な拠点ではなかった。
公式からもプレイヤーからも、特別扱いされてはいなかったように思う。
「ここに関しては、発想が逆なんだ。フーガ。
なぜセドナだけが特別に選ばれたのかに関しては、私にはまだわからない。
なぜ " あのセドナ " だけが、このような遺跡として残ったのかはわからない。
なぜ " このセドナ " にしか、このような遺跡が残っていないのかはわからない。
だが、セドナが特別であるということだけは、確実なんだ。」
「……?」
カノンが混乱しているぞ。
俺にもまるで意味がわからんぞ。
「なぜなら、セドナが、番外個体だからだ」
「――っ」
「セドナは、たぶんすべての着陸地点の中で唯一、特別な役割を与えられた場所なんだ。
ここだけが、『犬』とのつながりを、特別強く残している。
セドナの名前を引継ぎ、かつての栄華の痕跡を見ることができる。
あの世界とのつながりを強く感じられる場所。
たぶん、この地はそういう場所として設えられている。
だからこの地の名前だけが引き継がれた。
この世界でたった一つの、特別で、例外的な着陸地点として。
だから、番外個体という特殊性まで用いて、この地が特別なものであるとプレイヤーに示している。
この地だけは特別なのだという、公式からのメッセージが込められている」
セドナが、特別であるのは確かだ。
ならば、特別である理由がある。
モンターナはそれを、公式からのメッセージだと考えている。
この世界が、あの世界の続きであると示唆する、特別な場所であると。
「……なんで、そんなこと、したの?」
「カノン?」
「この場所が、セドナっていう名前のままだったから。
セドナだけが、ほかの名前の中で、仲間外れだったから。
フーガくんやモンターナさんは、気づいたんだよね。
この世界が、いったいどういう世界なのかって。
それって――ばらしちゃって、よかったのかな。」
「……。」
そういや、そうだな。
そもそも、このゲームが『犬』の未来の話だとしても、公式はそれをプレイヤーに伝える必要はないんだ。
同じ場所に、同じセドナの名前を残し与えて、かつての世界との関係を仄めかし、この世界があの世界の後なのだと気づかせる必要がない。
むしろ、普通それはできるだけ隠されるべきなんじゃないか。
プレイヤーが探るべき世界の謎の一つとして、できるだけ隠蔽されるべきじゃないのか。
ならば、なぜだ?
なぜ公式は、この地にセドナという仮称を与え、番外個体という特殊性まで付与したんだ?
「ねえ……フーガ、カノン。僕、思うんだけどさ。
それって、実はけっこう、単純な話なんじゃないか?」
唐突に砕けた口調で、一人称を変えて、彼は紐解く。
セドナという仮称に込められた、その意味を。
「そして、ガラス化する前の、その建材の正体は――」
自分たちが立っている、この台地の正体を。
セドナの遥か眼下の湖に生えていた、白い岩山の正体を。
これまでのすべての疑問に通じる、一つの、こたえを。
「――コンクリート、みたいだよ?」
「――っ!」
「こんく、りーと……」
絶句する、俺たちの前で。
モンターナは語り続ける。
「分析結果に正しく準じるならば、セメントと無数種類の砕屑物がガラス状態化したもの、と言うべきかな。
それらが含まれている岩山が、この世界にたまたま存在した可能性はないわけではない。
それが、なんらかの自然的要因でガラス化したという線もなくはない。
つまり、あの白い岩山が、完全なる自然物であるという可能性も、なくはない。
「だが――話はそんなに簡単だろうか。
セメントと言うのは、混ぜ物なんだ。
樹脂やら石膏やら石灰やらの混ぜ物。
しかも、単に混ぜるだけではなく、一定の配合比に基づいて、より強靭になるよう工夫された混合物なんだ。
そうした材料が、たまたまあの白い岩山に含まれていた可能性はある。
ただ、その材料が一定の比率で含まれているというのは、どうなんだ。
「だから、私はこう考える。
現状もっとも確からしい仮説として、この説を提唱する。
すなわち、あの白い岩山は、かつてたしかにコンクリートの塊であったと。
作為的に配合された無数の資源からなるものであったと。
そのようになるべくしてなされた、なにかの構造物であったと。
「ならば、それを成した存在がいるはずだ。
セメントと言う存在を知っていて、
コンクリートと言う存在を知っていて。
そのようなものを用いて、巨大な構造物を作り出すことができた。
それは――なにもので、ありうることができるのか。
「そのような存在は、極めて限られるはずだ。
だが――この世界が、あの世界と地続きであるならば。
この地が、セドナだというのならば。
私たちはその条件に適合する存在を、容易に想像することができる。
事実がそうであるかはわからないが、そう考えるのが現状もっともらしい。
「その答えは。その存在とは――」
そうしてモンターナは、テンガロンハットを目深に押さえる。
その奥に、鋭い笑みを浮かべながら。
「――これ以上はもう、言う必要はないだろう?」
*────
すとん、と。
まっすぐ、腑に落ちるものがあった。
モンターナが語ったことは、俺が最後まで見つけられなかった、最後のピースを埋めるもの。
岩壁の上からはじめてあのセドナ高地の下方に広がる景色を見たとき、俺はあの白い岩山を、まるでなにかの墓標のようだと思った。
それはなぜか?
そこに、なにか退廃の美のようなものを感じたからだ
それが、すでに使われなくなったものだと思ったからだ。
それが――まるで、なにかの成れ果てのように見えたからだ。
だがその光景を見たときは、それは確信に至らなかった。
あの白く輝く岩山は、もしかすると、自然が創り出した、一つの造形美なのではないかという可能性も捨てきれなかった。
俺たちを岩壁の上へと導いた柱状玄武岩の階段のように。
自然が、なんの作為もなく、そのような奇妙で美しい神秘を生み出したのではないかという可能性もあった。
だが、そうでないというのなら。
あれが、かつてコンクリートの塊であり。
人工物であると考えるのが、もっともらしいというのなら。
すべての点は、もはやなんの歪みもなく、1本の線を描き出す。
そして、きっとモンターナも、同じような線を描いているはずだ。
かつてこの世界が辿った、ひとつづきの年代記を。
だから、まずは確認してみよう。
俺とモンターナの考えている線が、重なっているかどうか。
「……なぁ、モンターナ」
「なんだい?」
「俺たち、さすがにビルは建てなかったよな?」
「ああ。……だが、セメントもコンクリートも作った。
二階建て、三階建ての建物も造った。
鉄筋コンクリートも……誰かつくっていただろう?」
「最後の方は、えらい頑丈な拠点になってたよなぁ」
『犬』では、惑星カレドで採取することができた資源を使って、いろんなプレイヤーが、いろんなものを生み出していた。
相応しい資源があれば、俺たちは、現実にあるものを再現することもできた。
樹脂や砂、石灰や石膏、各種の鉱石類が、あの世界にも存在した。
だからあの世界には、セメントも、コンクリートもあったのだ。
「ならばそう遠くないうちに、ビルも建っていただろうさ。
なにせ、サービス終了するその日にさえも――
私たちは、あの星から脱出しなかったのだから。
そのような結末は、私たちにはついぞ与えられなかった。
ならば、私たちはあのゲームが終わった後も、あの星で生きていたんだろう。
あるいは、その子孫なんてものが、この星で生き続けたのかもしれない」
「子孫……」
『犬』が終わったときのことを思い出す。
サービス終了するその日においてさえ、母星アースからの救助船は来なかった。
惑星カレドからの脱出という結末は、俺たちプレイヤーには与えられなかった。
ならば、あの世界で生きていた俺たちは、どうなったんだ?
そのまま、あの惑星カレドの上で生き続けたんじゃないのか?
いったいどれだけの間、この星の上で生きていたのかは、わからないけれど。
「そして……このガラス化したコンクリート・ブロックこそが、この世界があの世界の前ではなく後であると、私が考える物証でもある。
そのように私が考える理由は二つある」
モンターナが、かつての俺の問いに答えようとしてくれている。
こちらに向けて、人差し指を立てる。
「1つ目の理由。
この世界の前に、あの世界を置いた方が理に適っている。
この世界には、明らかに、なんらかの知的生命体が存在していた痕跡がある。
そしてその生命体は、かつての私たちである可能性がもっとも高い。
なにせ、セメントやコンクリートについての技術知識を知っている必要があるからな。
しかも現実のそれに準拠する知識を、だ。
そのような存在は、かつての私たちであると考えるのが、現状もっともらしい。
少なくとも、未知の知的生命体を一から想像――創造するよりは、よほどね。」
人差し指に続いて、中指を立てる。
「2つ目の理由。
この世界の後に、あの世界を置くことは難しい。
なぜなら私たちは――あの世界のセドナの近くで、なんらかの遺構のようなものは見なかったからな。
この世界が、あの世界の前なら、当時私たちはそれを目撃していたはずだ。
ガラス化砦は、現実の地球でも1万年以上残るほどの不朽の構造物。
1,000度を超えるほどの強い熱を与えられて、強く圧縮された岩石。
風化も、劣化もすることもなく――いったい何万年残るんだろうな。
海底ならあるいは、数十万、数百万、数千万年?
さすがに数億年ってことは――どうだろうな、ありうるのかな?」
こちらに向けて立てていた指を降ろし、これまでの話を結ぶ。
「だから、私はこう結論した。
この世界は、あの世界の後で。
あの世界が、あのゲームが終わった後にもシミュレートされ続けた世界であると。
カノンとフーガの発見も合わせれば、さらにこうまで言えるだろう。
私たちが降り立ったこの場所は、まちがいなくあの " セドナ " であると。
かつてプレイヤーたちが惑星カレドに築いた、もっとも大きな拠点の一つ。
海沿いに位置し、河口を擁し、水産業と林業で賑わい、その活気から多くのプレイヤーが拠点を構え――近郊の海底洞窟『ブルー・ジャック・ケイブ』に『セドナ・ブルー』を咲かせていた、あのセドナであると。
私たちは、かつて立っていたのと同じ場所に、幾星霜を経て再び立っているのだよ」
*────
この世界が、あの世界の、後である。
それが、たしかだというのなら。
「……いったい、あれから何年くらい経ってる?
俺たちが遊んでた時代から、どんくらい経った後だ、この世界は」
「当時から経過している年数は、不明だ。
ただ、最低でも万年だろう。
気の遠くなるほどの年月が経過しているはずだ。
……なにせ、この世界には、かつての私たちの痕跡はほとんど残っていないようだからな。
この星にコンクリート・ビルディングを築くまでに繁栄した、私たちの子孫の痕跡もまた、ほとんど残っていない。」
「うん? なんでそこまでわかるんだ」
たしかに、ここまで俺たちがセドナの内側で見てきた中では、そのような気配はまったくなかった。
だが、現に俺たちの目の前には、ガラス化したコンクリート・ビルが残っている。
この星には、そのような廃墟がたくさんあるのかもしれない。
ほかの着陸地点でも、こんな感じの遺物がざくざく見つかっているかもしれないだろう。
「ネット上での情報収集は欠かしていないのでね。
いまのところ1,000以上の着陸地点が存在し、それぞれに数百人が降り立って、のべ数十万人のプレイヤーがこの星の上を歩き回っているというのに、そのような遺物の発見報告はまるで聞こえてこない。
もしもそんな遺物が見つかっていたら、とんでもない騒ぎになっているはずだよ」
そりゃそうか。
俺はネットでの情報収集を断っているからわからんが、たしかに、そうだろう。
もしもこんな発見があったら、火がついたように話題になるはずだ。
『ここ、未開惑星じゃねーじゃん!』……とか。
(……あれ?)
そういえば今作のジャンル名、未開惑星って入ってたっけ?
「いまのところは誰もが、この世界はフルダイブ化した『犬』そのものだと思ってる。
かつて人気があった場所をまた見てみたい、なんて声も聴く。
『紅マグロ樹林帯』とか『ディープ・ブルー・ホール』とか。
『ワスプ荒原』なんかも、今度こそ攻略してやる、なんて声も聴いたな」
「あー、なるほど。なるほどなぁ……」
「紅マグロさんの森、綺麗だったよね」
「緋色の森なんて、まさにファンタジーの世界だったもんな」
「だが、それらがこの世界にもあるかどうかは、まだわからないな。
経過している時間が数万年なら……もしかしたら、まだ残っているかもしれないが。
それ以上となると……」
俺も最初は、この世界は『犬』のリメイク世界だと思っていた。
そして、たとえそうでもまったく問題ないと。
当時の感動をフルダイブで味わえるなら、こんなに素晴らしいことはないと。
得てして、考えることはみな同じもの。
俺以外の多くのプレイヤーも、俺と同じようなことを考えているのかもしれない。
すなわち――この世界はあの世界をフルダイブ向けに作り直した世界なのだと。
その思い込みがいまだ解かれていない以上、ほかの拠点ではこのような痕跡が見つかっていないというのも頷ける。
「ゆえに、私は考えている。
そのような痕跡は、今現在、この星の上にはほとんど残っていないと。
――いや、更にもう一歩踏み込んで言おうか。
そのような痕跡は、このセドナという仮称が与えられた着陸地点以外では、まったくないということはないが、たぶんそのほとんどは容易に見ることができない、と」
「え?」
そこで――セドナ?
なんで、そこでセドナの名前が出るんだ。
「……なんでセドナに限定するんだ?
俺たちが築いた拠点の中で、セドナだけが特別賑わっていたわけではないだろ?
ほかの有名な拠点も、こんな感じに遺跡化して、地上に残っているかもしれないじゃないか」
モンターナが、セドナだけを特別視する理由がわからない。
かつてのセドナは、なにか特別な拠点ではなかった。
公式からもプレイヤーからも、特別扱いされてはいなかったように思う。
「ここに関しては、発想が逆なんだ。フーガ。
なぜセドナだけが特別に選ばれたのかに関しては、私にはまだわからない。
なぜ " あのセドナ " だけが、このような遺跡として残ったのかはわからない。
なぜ " このセドナ " にしか、このような遺跡が残っていないのかはわからない。
だが、セドナが特別であるということだけは、確実なんだ。」
「……?」
カノンが混乱しているぞ。
俺にもまるで意味がわからんぞ。
「なぜなら、セドナが、番外個体だからだ」
「――っ」
「セドナは、たぶんすべての着陸地点の中で唯一、特別な役割を与えられた場所なんだ。
ここだけが、『犬』とのつながりを、特別強く残している。
セドナの名前を引継ぎ、かつての栄華の痕跡を見ることができる。
あの世界とのつながりを強く感じられる場所。
たぶん、この地はそういう場所として設えられている。
だからこの地の名前だけが引き継がれた。
この世界でたった一つの、特別で、例外的な着陸地点として。
だから、番外個体という特殊性まで用いて、この地が特別なものであるとプレイヤーに示している。
この地だけは特別なのだという、公式からのメッセージが込められている」
セドナが、特別であるのは確かだ。
ならば、特別である理由がある。
モンターナはそれを、公式からのメッセージだと考えている。
この世界が、あの世界の続きであると示唆する、特別な場所であると。
「……なんで、そんなこと、したの?」
「カノン?」
「この場所が、セドナっていう名前のままだったから。
セドナだけが、ほかの名前の中で、仲間外れだったから。
フーガくんやモンターナさんは、気づいたんだよね。
この世界が、いったいどういう世界なのかって。
それって――ばらしちゃって、よかったのかな。」
「……。」
そういや、そうだな。
そもそも、このゲームが『犬』の未来の話だとしても、公式はそれをプレイヤーに伝える必要はないんだ。
同じ場所に、同じセドナの名前を残し与えて、かつての世界との関係を仄めかし、この世界があの世界の後なのだと気づかせる必要がない。
むしろ、普通それはできるだけ隠されるべきなんじゃないか。
プレイヤーが探るべき世界の謎の一つとして、できるだけ隠蔽されるべきじゃないのか。
ならば、なぜだ?
なぜ公式は、この地にセドナという仮称を与え、番外個体という特殊性まで付与したんだ?
「ねえ……フーガ、カノン。僕、思うんだけどさ。
それって、実はけっこう、単純な話なんじゃないか?」
唐突に砕けた口調で、一人称を変えて、彼は紐解く。
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