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一章

束の間の休息

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 昨夜、俺たちが余裕がなかったときに送られてきたという、モンターナからのメッセージ。
 そこに書かれていたのは。

『ごきげんよう、フーガ、カノン。
 ワンダラーとしての君たちの力を借りたい。
 明日、木曜日の夜は空いているかな?
 もしよければ、一緒に冒険に行こう』


 どうやら。
 昨夜から続く、俺たちの永い一日は、
 まだ、終わらないらしい。


 *────


「……。」
「ちょっと、不思議な言い方?」
「カノンもそう思うか」

 一緒に冒険に行こう、はいい。嬉しいお誘いだ。だが。

「『ワンダラーとしての』……?」

 それって、どういう意味だ?

「フーガくん、どうする?」
「どうせ仕事はこのまま全休するつもりだったから、行けるには行けるぞ。
 カノンこそ、どうだ。疲れてるんじゃないか?」
「わたし、いま、人生でいちばん元気ある、かも」

 安眠できたようでなによりだ。
 だが、現実の身体はどうだろう。
 俺も……流石にちょっと休みたい、が……、

「今夜ってことは……いまから8時間くらいは休めるんだよな」

 そんだけ休めれば十分だ。
 昼夜逆転するけど、いまから一眠りすればちょうどベストコンディションだろう。

「カノンはどうする、誘いに乗るか? ちょっと怪しいけど」

 ワンダラーとしての、とか。
 力を借りたい、とか。
 なんか不穏な気配がひしひしと伝わってくる。
 でも、モンターナが敢えてそういう言い方をすることで、俺たちを誘っているということもわかる。

「……フーガくんが行くなら、行きたい」
「俺は行きたいな。だって、あのモンターナのお誘いだぜ?
 誰が断わるっていうんだよ」

『犬』の最強ツアリストでもあったモンターナの誘いだ。
 たぶん、なにかものすごいものを見つけたにちがいない。
 もしかすると、あのセドナの果ての光景以上の、なにかを。

「じゃあ、わたしも行きたい」
「おっけー。じゃ、ちょっと返信遅れちゃったけど返事しとこうか。
 今日の夕飯食った後、午後8時に……モンターナが作った、橋のところで、と」

 モンターナに、了承のメッセージを送る。
 返事が遅れてしまったから、もしかするとモンターナは今日の夜まで気づかないかもしれないが。
 それならそれで、また日を改めればいいだけだろう。
 探検するなら昼時間のほうが良いだろうから、その場合は明後日になるかな。

「じゃあ、カノン。今日はここで解散して、また……夜の7時にここで逢おう。
 ダイブインするときにメッセージ送るから、なんだったらそれを見てから来てくれ」
「んっ、わかった。……フーガくん、ゆっくり、休んでね?」
「ん、そうする。カノンもな」

 ダイブアウトの手続きのため、仮想端末を起動。
 確認ボタンを押下する、まえに――カノンを見る。

「カノン、も――」
「――んっ」

 ふわっ、と。
 少し甘い、彼女の髪の匂い。

 胸もとに感じる、彼女の熱。
 背中に回される、彼女の腕。
 その表情は――俺からは、見えない。
 俺に見えるのは、彼女の艶やかな黒い髪だけ。

「……なで、て」
「ん」

 彼女の黒髪を、やわらかくくしけずる。
 洗浄室で洗われたばかりの、彼女の髪からは、
 かすかに、いい匂いがする。
 そのにおいのもとは、なにかはわからないけれど。

「……。」
「んっ――ありがと」
「もう、いいのか?」
「しばらくは、だいじょうぶ」

 しばらく、か。
 ならば、早めに戻って来ないとな。

「じゃあ、またここで。カノン」
「うんっ、ありがとう、フーガくんっ!」

 最後に、安らいだ微笑みを見て、
 俺は、この世界から離脱する。


 そして、意識は暗転する。


 *────



 そして――現実に帰還する。

 明かりの点いていない、見慣れたアパートの一室。
 しかし、窓から差し込む光で、部屋のなかは明るい。
 時計を見れば、もう正午を回っている。
 今日は9月5日木曜日。
 平日の――正午だ。

(――あー、なんとか、なったぁ……)

 ニューロノーツを取り外し、よろよろと寝台に突っ伏す。

 脳が、もう、限界だ。

 カノンには俺も眠ったように言ったが、昨夜からここまで、実はほとんど眠れていない。
 うでの中のカノンが、なにかの拍子にまた破綻したり。
 あるいは、俺が眠ることで、あの世界からダイブアウトし、カノンの前から消えることになるのではないかと思うと、とても熟睡する気にはなれなかった。
 仮眠のように意識を落としつつではあったが。
 なにか異変が起きたなら即座に対応できるよう、つねに気は張っておきたかったのだ。

 だが――いつまでも気を張ってはいられない。
 カノンの様子が一時的にでも落ち着いたようであるならば、いまは休息のとき。
 いつまでも、眠らないままではいられない。
 それに今日の夜の、モンターナのお誘いもある。
 ここから6時間の睡眠で、リセットしよう。
 6時間も寝られれば余裕で回復するはずだ。十分すぎる。

(……っと、その前に、やることやっとかないとな)

 ふらふらしながらも、
 いくつかの簡易食品で身体に栄養素を叩き込む。
 仕事の同僚には再度の連絡と謝罪を。
 風呂は……起きた後でいいか。

 そして、カノンへの連絡。


『To:カノン(『ワンダリング・ワンダラーズ!!』)
 件名:おやすみ。と連絡先
 内容:今日は午後七時にダイブインする予定。
    なにかあったらいつでも下の連絡先まで。
    おやすみ、カノン。
    ……               』

 最低限の体裁を整え、伝えるべきことを伝え。
 連絡先を載せて、カノンに送信して。
 送信されたのを確認して、そして――

 だめだ、もう、限界だ。
 歯を、みが――

 まぁ、いいか――


 こんどこそ、ほんとうに、

 あと、ごじか――



 *────



 明かりの消えている、その小さな窓を。

 わたしは、じっと見ていた。

 ただ、じっと、見つめていた。


 明かりは消えているけれど。

 それでも、わたしは知っているから。

 そこに、消えないともしびがあることを。




 ありがとう。

 おやすみなさい、ふーがくん。




 ……。

 …………。

 …………ちゃんと、ねむれない、かも……。
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