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一章
きょーじゅの野草講義(2)
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りんねるによる、食べられる植物についての即興講義の途中。
ふらふらと歩いていたりんねるは、やがて断層の岩陰付近、日当たりの悪そうな茂みの方に向かい、しゃがみ込む。
「ま、それはそれとして。最初から美味しく食えるもんもある。――見てみ?」
「……なんか、甘酸っぱい、香り?」
「ほんとだ、なんか、ベリー系の……?」
りんねるが覗き込んだ茂みの中。
草葉の影にある、それは、
「これ……ベリー、でいいのか?」
「かなり皮が厚いけどな。クロミキイチゴ――ブラックラズベリーみたいやろ」
「すまん、ご存じでない。黒いラズベリー?」
「その理解でええで」
直径2mmほどの小さな黒い粒粒の実が集まって、2cmほどの一つの果実を成している。
低木の茂みの影にひっそりと溶け込むようにしてあるその実からは、やはりなにか、ラズベリーのような甘酸っぱい芳香が漂ってくるように思う。
「この香り、ラズベリーのフレーバー、みたい?」
「せやで、カノンはん。これは蟻酸エチルっちゅー物質の香りや。
自然界にあるのはもちろん、宇宙空間にもあったりするで」
なんか、そんな話を聞いたことがある気がするな。
宇宙はラズベリーの香りがする、とか。
いつかどこかの宇宙飛行士が語った話だとか。
「食える?」
「わからん。うちは食った。まだ生きとる」
「把握した」
なるほど、つまりそう言うしかないのだろう。
単純な組成の鉱物と違い、生命である植物は、無限の多様性を持つ。
これまでいくつか見てきたような、未知の成分なども含まれるだろう。
そのたびにいちいち躓いていてはきりがない。
なら食ってみたほうが早い、と。
「……食べてみてもいいか?」
「ええけど、責任は持てんで」
「いいよ。俺が食いたい」
茂みから、若いものを避けて2つほどの果実をもぐ。
果肉を包む皮は硬く、多少触った程度では潰れそうにない。
「カノンも食べてみる?」
「んっ、食べるっ」
「ほい」
二つとったうちの片方をカノンの手のひらに載せ、いざ実食。
まずは匂いを嗅ぐ。……甘酸っぱい匂いだ。蟻酸エチルという物質の香りらしい。
爪先で軽く潰してみる。……赤い果汁が爪に付着する。赤黒い色素が染みつく。
果汁に舌先をつけてみる。……ぴりぴりする。かなり酸度が高い。少しの苦み。
欠け落ちた実の一つを手のひらの上で完全に潰してみる。……寄生虫などはなさそう。
「科学の実験しとるみたいやな」
「最初だけ最初だけ」
果実全体を舌に載せ、口蓋で潰す。溢れ出る甘酸っぱい果汁。
果肉を覆っていた皮からは、苦味というか渋みが染み出してくる。
だが、これは――
「……普通にうまいな」
「うん、でも、なんだろ、不思議な味。甘酸っぱいだけじゃなくて、……うーん?」
「カノン的にどう、危機感知反応してる?」
「わかんない、けど。……たぶん、大丈夫」
しかし、皮が口の中に残っているな。飲み込むか吐き出すかしないといけない。
……まぁ、今回はお試しで飲み込もう。死んだら死んだでその時だ。
「お望みの食べられる植物やけど、どや?」
「うん、実はベリー系はずっと探してた。俺が好きだから」
「樹林帯の方には、なかったもんね」
「お気に召したようなら、なによりやで」
「うむ。……でも、ありがと。たしかに視野が広がった。
ようは、こういうのだけじゃ勿体ないって、そういうことだろ?」
美味しく食べられるものだけに目を向けるのはもったいない。
その辺の草を摘んで、食んで、不味いと切って捨てるのもあまりにももったいない。
俺たちが食えるものは極めて幅広く、またそれらのほとんどが美味しく食べられる可能性を持つものなのだ。
もうちょっと視野を広く持とう。
この世界は、食材に溢れている。
「『食える植物教えて』いう話なら、最初からこのベリー見せればよかったんやけど。
フーガはんとカノンはんなら、もう一歩踏み込んだ見方ができるおもてな。
ちょっといじわるしたわ、堪忍な?」
てへ、とわざとらしく舌を出してみせるりんねるは――
その幼い容姿に似合わず、深い思慮に満ちているように見える。
「『食べられる植物、食べられない植物』で一般教養科目でも開講するか?」
「学生ウケは良さそうやなぁ」
「わたしも、ちょっと、受けてみたい、かも」
「あはは。……ま、りんねるさんのなんちゃって草講義はこのへんにしとこか」
あの後輩にして、この先輩あり、か。
りんねるがマキノさんの先輩というのがようやく実感できた。
視野の広さ、視点の広げ方が似ている。
人間を特権的存在に位置づけていない。
人間から見た植物というよりは、世界から見た人間と植物という視点で対象を見ている。
「雑草という名前の草はない」という金言を汲みつくしていくと、そういう観点に辿り着くのかもしれない。
「……最後まで聞いてくれた二人にサービスや。
この3日間でうちがまとめた『セドナ中央部・この草食えるかも報告書』、あとで送ったるわ」
「えっ、まじで」
「でも、いいの? わたしたちが、自分で食べて、確かめた方が?」
「そうしたいならそれでもええけど、この星の草を全部ひとりで食うわけにもいかんやろ。
こういうのは共有してけばええねん。
正しいかどうかも、不特定多数の人によって確かめられていくしな。
なにせこの世界は死んでも死なんし、気楽なもんやで」
それにな、と、りんねるは、にやりと笑って続ける。
「こっちでも、協力してくれるんやろ?」
「――。」
「なら、まずはこの報告書を使い倒してくれたらええ。
それも、実質臨床試験やろ?」
――おいおい。
りんねるは、いったい、どこからこの話の流れを考えていたんだ。
それはたぶん、食える植物を教えて欲しいと、俺たちが言ったそのときから。
りんねるは最初から、俺たちにその報告書を渡すつもりで、ここまでの話の流れを編んでいた。
俺たちが、りんねるの編纂する報告書の意味と意義を理解して、正しく使えるように手ほどきをしたうえで、俺たちがその報告書を無理なく受け取れるような流れを。
相変わらず、恐ろしいというか――底知れない人だ。
ほんとに俺と同じ脳の作りをしてるのか。
ちがうCPUを積んでいるとしか思えない。
この人が俺と同じ20代? それは幻聴だよ。
そうして、りんねるとのフレンド登録を交わす。
前作では相互利益関係というかwin-winの関係という感じだったが……。
なんだろう、今作では、もう少しだけ近い関係を築けそうな気がするな。
*────
いつの間にか、現実の時刻は午後6時近く。
セドナの空模様も、心なしかさらに暗さを増しているような気がする。
「じゃあ、今日はこの辺にしとこか。
ほんにおおきにな、カノンはん、フーガはん」
「おう。こっちこそありがと、りんねる。近いうちにまた」
「ん、またね。きょーじゅ。今日は、ありがとう」
りんねるの拠点の場所を聞いたところ、セドナ川湾曲部の北東あたりにあるらしい。
カノンの脱出ポッドからは徒歩1時間半程で行ける距離だ。
今後いつでも逢えるだろう。
「今度はピクニックでもするか。今日はあいにくの空模様だったし」
「おっ、面白そうなことするやん。なんぞ食事でも作ってきてくれるん?
自慢やないけど、うちの料理スキルは技能でも補いきれんほどに壊滅的やで」
「本当に自慢じゃねぇな。……まぁでも、塩が採れたからな。なにかしら作れるかも」
「塩ぉ!? なしてそげなもんもう持ってんねんっ!?」
「まぁ……いろいろあってな。セドナの南の方に行ってみれば、わかるかも」
俺たちが辿り着いたのは、モンターナの導きあってこそだ。
股伝えするのも悪いし、りんねるには自力で発見してもらおう。
「……。」
「しかしりんねるがいるとなると、セドナは栄えるなぁ」
「……。」
「りんねる?」
なにやら黙り込んでしまった。
俺の言葉のなにかに引っかかりを覚えた、か?
そういえば、先ほどツッコミ要員が足りない云々の話をしていたときにも、似たような反応を見せていたな。
『小夜はんとかは、来とらんの?』
『まだみたいだ。でも、そのうち来るとは思う。たぶん、このセドナに』
『ほーん……?』
そんな話をしていた時にも。
りんねるは、どこか訝しげな表情をしていた。
あのときと、今と。
りんねるを訝しませているのは、いったいなんだ?
*────
りんねるに問いかける。
「なにか、気になってることでもあるのか?」
「――なんでそう思いはったん?」
「勘」
勘とは言ったが、その正体の見当はついている。
その正体は、一つの名前。
俺たちを集わせた、この場所に与えられた仮称の名。
セドナ。
それが、りんねるの奇妙な反応を喚起している。
俺がこの場所のことをセドナと呼ぶたびに、りんねるは、なにかに引っかかったような反応を見せるのだ。
果たして、その勘は当たっていたようで。
やれやれといったようにかぶりを振って、りんねるが答える。
「……相変わらず聡いなあフーガはんは。
んーとな。んー、……」
頭を悩ませているようないささかの逡巡ののち、やがて方針を固めたのか、パッと笑顔になってこちらに告げる。
「せやっ、今は言わんとくわっ」
「なんでやねん!」
思わず付け焼刃のツッコミを入れてしまう。
大丈夫? 俺、誰かに殺されない?
俺に代わって、カノンがそのなぜを問いかけてくれる。
「どう、して?」
「うーんとな。……うちの考えとること話すと、フーガはんとカノンはんに、変な期待をさせてまうかもしれんねん」
「おん? どういうことだ?」
期待?
「フーガはんかて、明日雪降るかもしれへんでって言われたんに、
明日んなったらやっぱ降りまへんでしたーってなったら、ちょっちガックシくるやろ?」
なんだそのふわっとした比喩は。俺は子どもか。
――まて、犬か。もしかして俺は犬扱いか。
カノンが例に含まれていないあたり故意犯では?
「だからまだ、明日は雪降るかもしれへんって言われんねん。堪忍なっ」
両手を合わせるようにして、ぺこりと身体を倒す。
本気で謝っているというよりは、そういうポーズを示して見せる。
そのわけは、
「ようするにもう少し確信が持ててから言いたいってことだろ?
気持ちはわかるし、いいよ。りんねるらしいし」
俺も元検証勢の端くれだし、はっきりしてないことを喧伝したくない気持ちはよくわかる。
ぽろっと零せば、変な尾ひれがついて、誤った知識として広がりかねない。
とはいえ、もし仮にりんねるの推測に誤りが生じるようなことがあるなら、それはサンプル不足かバグかのどっちかだと思うけど。
時間が経てば解決する類の推測だろう。
「……もうちょい物証集まったら、話せると思うんやけど。
もーちょっとだけ、待っててな」
「まぁ、次に会うときの楽しみが一つ増えたってことでいいかな。
――じゃ、今度こそまたな、りんねる。引き留めて悪かった」
「またね、きょーじゅっ」
「うん、またなぁ。フーガはん、カノンはんっ」
そうして、俺たちは手を振って別れる。
りんねるは、りんねるの拠点がある東へ。
俺たちは、俺たちの拠点がある南へ。
「今日は……採取は、いいか。
食えそうな植物を探すっていう目的は、図らずも労せず達成されそうだし。
りんねるのレポートを見ながらの方が、視野も広がりそうだしな」
「んっ、魚だけ、見て帰る?」
「もう遅いし、そうしようか。
……拠点に戻るまでにまた1時間以上かかるだろうし、ちょっと早いけど夕飯休憩しない?」
「……んっ、いいよ。また、2時間後くらい?」
「おう。じゃあ、またこの場所から再開だな」
「うん。じゃ、2時間後に、ね?」
「了解」
そうして俺たちは、この世界から離脱する。
*────
拠点への、帰路。
「……相変わらずやったなぁ。二人とも」
かつての旧友との再会。変わらないもの。
かつてあの世界に求めていたものは、この世界にもあった。
こんなに嬉しいことはない。
これからの日々は、もっと愉しいものになるだろう。
……それにしても。
「怖いわぁ、フーガはん」
「勘」と、彼は言ったけれど。
彼は明らかに、自分が彼の言葉のどこに反応したのか、勘づいているようだった。
相変わらず……そう相変わらずだ。
彼はいま、いったいどこまで考えているのだろう。
自分との会話の中から、いったいどこまで思考の枝葉を広げていたのだろう。
彼は、一を聞いたら十くらいまでは推測を広げるタイプの人間だ。
そのせいで迷走、というか突拍子のないことを言い出すことも多かったが。
(フーガはんも、うすうす気づいとるのかもしれへんなぁ)
総当たりの結果、もっとも確からしいものを選び出すのが彼だから、
恐らくその総当たりの仮説候補の一つとしては、既に考えているだろう。
この世界について。
この『犬2』の世界について。
カレドという惑星について。
セドナという場所について。
自分が、この場所の植生を調べることで感じたことを。
彼もまた、自分とは別の経路から、既に感じ取っているのかもしれない。
「――まあ、確信できるなにかがみつかるまでは、しまっとこか」
自分は自分の得意な方面から、それを補強していけばいい。
きっとその仮説が、彼の立てる仮説と重なることもあるだろう。
その二つが交差するとき、自分たちの仮説は、より一層確からしいものになるに違いない。
ぽつ ぽつ――
「……ん?」
薄い白衣越しに、肌に感じる冷たい感触。
空から落ちてくる、小さな水の塊。
……雨だ。
空の暗さ、雲の厚さからして、土砂降りになることはなさそうだが。
(こりゃ二人とも、帰りに降られるやろなぁ)
もう少しタイミングが早ければ、自分の脱出ポッドで雨宿りをしてもらう手もあったのだが。
2人は夕食を挟むために、一度ダイブアウトすると言っていた。
ゆえに今はこの世界にいないだろう。少々間が悪かった。
あるいは自分たちが歓談する間は雨が降らなかったと考えれば、ここまでよくぞ保ってくれたと考えるべきなのかもしれない。
「……へぇっくしょぃっ!!」
(人の心配する前に、まずは自分の心配やな)
自分も彼らと同じように、一度ダイブアウトしよう。
ダイブアウトして、そして、まずは――
(夕食とるの、だるいなぁ)
だが、あまりにも食べていないとフルダイブシステムデバイスに怒られるのだ。
好む好まざるにかかわらず、食事を摂らざるを得ない。
そうだ、たまには健康的に、近くの定食屋に行こう。あそこの漬物はうまい。
そのあとは風呂に入ろう。ええ感じに考えもまとまるやろ。
そうして調査続行だ。二人には調査はひと段落ついたと言ったが。
その実、まだまだ調べたいことはあるのだ。
うん、いい感じのプランだ。これでいこう。
(あれ、なんか忘れとるような……?)
まぁ、忘れているということはさして重要なことではないのだろう。
別にいいか。
ふらふらと歩いていたりんねるは、やがて断層の岩陰付近、日当たりの悪そうな茂みの方に向かい、しゃがみ込む。
「ま、それはそれとして。最初から美味しく食えるもんもある。――見てみ?」
「……なんか、甘酸っぱい、香り?」
「ほんとだ、なんか、ベリー系の……?」
りんねるが覗き込んだ茂みの中。
草葉の影にある、それは、
「これ……ベリー、でいいのか?」
「かなり皮が厚いけどな。クロミキイチゴ――ブラックラズベリーみたいやろ」
「すまん、ご存じでない。黒いラズベリー?」
「その理解でええで」
直径2mmほどの小さな黒い粒粒の実が集まって、2cmほどの一つの果実を成している。
低木の茂みの影にひっそりと溶け込むようにしてあるその実からは、やはりなにか、ラズベリーのような甘酸っぱい芳香が漂ってくるように思う。
「この香り、ラズベリーのフレーバー、みたい?」
「せやで、カノンはん。これは蟻酸エチルっちゅー物質の香りや。
自然界にあるのはもちろん、宇宙空間にもあったりするで」
なんか、そんな話を聞いたことがある気がするな。
宇宙はラズベリーの香りがする、とか。
いつかどこかの宇宙飛行士が語った話だとか。
「食える?」
「わからん。うちは食った。まだ生きとる」
「把握した」
なるほど、つまりそう言うしかないのだろう。
単純な組成の鉱物と違い、生命である植物は、無限の多様性を持つ。
これまでいくつか見てきたような、未知の成分なども含まれるだろう。
そのたびにいちいち躓いていてはきりがない。
なら食ってみたほうが早い、と。
「……食べてみてもいいか?」
「ええけど、責任は持てんで」
「いいよ。俺が食いたい」
茂みから、若いものを避けて2つほどの果実をもぐ。
果肉を包む皮は硬く、多少触った程度では潰れそうにない。
「カノンも食べてみる?」
「んっ、食べるっ」
「ほい」
二つとったうちの片方をカノンの手のひらに載せ、いざ実食。
まずは匂いを嗅ぐ。……甘酸っぱい匂いだ。蟻酸エチルという物質の香りらしい。
爪先で軽く潰してみる。……赤い果汁が爪に付着する。赤黒い色素が染みつく。
果汁に舌先をつけてみる。……ぴりぴりする。かなり酸度が高い。少しの苦み。
欠け落ちた実の一つを手のひらの上で完全に潰してみる。……寄生虫などはなさそう。
「科学の実験しとるみたいやな」
「最初だけ最初だけ」
果実全体を舌に載せ、口蓋で潰す。溢れ出る甘酸っぱい果汁。
果肉を覆っていた皮からは、苦味というか渋みが染み出してくる。
だが、これは――
「……普通にうまいな」
「うん、でも、なんだろ、不思議な味。甘酸っぱいだけじゃなくて、……うーん?」
「カノン的にどう、危機感知反応してる?」
「わかんない、けど。……たぶん、大丈夫」
しかし、皮が口の中に残っているな。飲み込むか吐き出すかしないといけない。
……まぁ、今回はお試しで飲み込もう。死んだら死んだでその時だ。
「お望みの食べられる植物やけど、どや?」
「うん、実はベリー系はずっと探してた。俺が好きだから」
「樹林帯の方には、なかったもんね」
「お気に召したようなら、なによりやで」
「うむ。……でも、ありがと。たしかに視野が広がった。
ようは、こういうのだけじゃ勿体ないって、そういうことだろ?」
美味しく食べられるものだけに目を向けるのはもったいない。
その辺の草を摘んで、食んで、不味いと切って捨てるのもあまりにももったいない。
俺たちが食えるものは極めて幅広く、またそれらのほとんどが美味しく食べられる可能性を持つものなのだ。
もうちょっと視野を広く持とう。
この世界は、食材に溢れている。
「『食える植物教えて』いう話なら、最初からこのベリー見せればよかったんやけど。
フーガはんとカノンはんなら、もう一歩踏み込んだ見方ができるおもてな。
ちょっといじわるしたわ、堪忍な?」
てへ、とわざとらしく舌を出してみせるりんねるは――
その幼い容姿に似合わず、深い思慮に満ちているように見える。
「『食べられる植物、食べられない植物』で一般教養科目でも開講するか?」
「学生ウケは良さそうやなぁ」
「わたしも、ちょっと、受けてみたい、かも」
「あはは。……ま、りんねるさんのなんちゃって草講義はこのへんにしとこか」
あの後輩にして、この先輩あり、か。
りんねるがマキノさんの先輩というのがようやく実感できた。
視野の広さ、視点の広げ方が似ている。
人間を特権的存在に位置づけていない。
人間から見た植物というよりは、世界から見た人間と植物という視点で対象を見ている。
「雑草という名前の草はない」という金言を汲みつくしていくと、そういう観点に辿り着くのかもしれない。
「……最後まで聞いてくれた二人にサービスや。
この3日間でうちがまとめた『セドナ中央部・この草食えるかも報告書』、あとで送ったるわ」
「えっ、まじで」
「でも、いいの? わたしたちが、自分で食べて、確かめた方が?」
「そうしたいならそれでもええけど、この星の草を全部ひとりで食うわけにもいかんやろ。
こういうのは共有してけばええねん。
正しいかどうかも、不特定多数の人によって確かめられていくしな。
なにせこの世界は死んでも死なんし、気楽なもんやで」
それにな、と、りんねるは、にやりと笑って続ける。
「こっちでも、協力してくれるんやろ?」
「――。」
「なら、まずはこの報告書を使い倒してくれたらええ。
それも、実質臨床試験やろ?」
――おいおい。
りんねるは、いったい、どこからこの話の流れを考えていたんだ。
それはたぶん、食える植物を教えて欲しいと、俺たちが言ったそのときから。
りんねるは最初から、俺たちにその報告書を渡すつもりで、ここまでの話の流れを編んでいた。
俺たちが、りんねるの編纂する報告書の意味と意義を理解して、正しく使えるように手ほどきをしたうえで、俺たちがその報告書を無理なく受け取れるような流れを。
相変わらず、恐ろしいというか――底知れない人だ。
ほんとに俺と同じ脳の作りをしてるのか。
ちがうCPUを積んでいるとしか思えない。
この人が俺と同じ20代? それは幻聴だよ。
そうして、りんねるとのフレンド登録を交わす。
前作では相互利益関係というかwin-winの関係という感じだったが……。
なんだろう、今作では、もう少しだけ近い関係を築けそうな気がするな。
*────
いつの間にか、現実の時刻は午後6時近く。
セドナの空模様も、心なしかさらに暗さを増しているような気がする。
「じゃあ、今日はこの辺にしとこか。
ほんにおおきにな、カノンはん、フーガはん」
「おう。こっちこそありがと、りんねる。近いうちにまた」
「ん、またね。きょーじゅ。今日は、ありがとう」
りんねるの拠点の場所を聞いたところ、セドナ川湾曲部の北東あたりにあるらしい。
カノンの脱出ポッドからは徒歩1時間半程で行ける距離だ。
今後いつでも逢えるだろう。
「今度はピクニックでもするか。今日はあいにくの空模様だったし」
「おっ、面白そうなことするやん。なんぞ食事でも作ってきてくれるん?
自慢やないけど、うちの料理スキルは技能でも補いきれんほどに壊滅的やで」
「本当に自慢じゃねぇな。……まぁでも、塩が採れたからな。なにかしら作れるかも」
「塩ぉ!? なしてそげなもんもう持ってんねんっ!?」
「まぁ……いろいろあってな。セドナの南の方に行ってみれば、わかるかも」
俺たちが辿り着いたのは、モンターナの導きあってこそだ。
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「……。」
「しかしりんねるがいるとなると、セドナは栄えるなぁ」
「……。」
「りんねる?」
なにやら黙り込んでしまった。
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『ほーん……?』
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*────
りんねるに問いかける。
「なにか、気になってることでもあるのか?」
「――なんでそう思いはったん?」
「勘」
勘とは言ったが、その正体の見当はついている。
その正体は、一つの名前。
俺たちを集わせた、この場所に与えられた仮称の名。
セドナ。
それが、りんねるの奇妙な反応を喚起している。
俺がこの場所のことをセドナと呼ぶたびに、りんねるは、なにかに引っかかったような反応を見せるのだ。
果たして、その勘は当たっていたようで。
やれやれといったようにかぶりを振って、りんねるが答える。
「……相変わらず聡いなあフーガはんは。
んーとな。んー、……」
頭を悩ませているようないささかの逡巡ののち、やがて方針を固めたのか、パッと笑顔になってこちらに告げる。
「せやっ、今は言わんとくわっ」
「なんでやねん!」
思わず付け焼刃のツッコミを入れてしまう。
大丈夫? 俺、誰かに殺されない?
俺に代わって、カノンがそのなぜを問いかけてくれる。
「どう、して?」
「うーんとな。……うちの考えとること話すと、フーガはんとカノンはんに、変な期待をさせてまうかもしれんねん」
「おん? どういうことだ?」
期待?
「フーガはんかて、明日雪降るかもしれへんでって言われたんに、
明日んなったらやっぱ降りまへんでしたーってなったら、ちょっちガックシくるやろ?」
なんだそのふわっとした比喩は。俺は子どもか。
――まて、犬か。もしかして俺は犬扱いか。
カノンが例に含まれていないあたり故意犯では?
「だからまだ、明日は雪降るかもしれへんって言われんねん。堪忍なっ」
両手を合わせるようにして、ぺこりと身体を倒す。
本気で謝っているというよりは、そういうポーズを示して見せる。
そのわけは、
「ようするにもう少し確信が持ててから言いたいってことだろ?
気持ちはわかるし、いいよ。りんねるらしいし」
俺も元検証勢の端くれだし、はっきりしてないことを喧伝したくない気持ちはよくわかる。
ぽろっと零せば、変な尾ひれがついて、誤った知識として広がりかねない。
とはいえ、もし仮にりんねるの推測に誤りが生じるようなことがあるなら、それはサンプル不足かバグかのどっちかだと思うけど。
時間が経てば解決する類の推測だろう。
「……もうちょい物証集まったら、話せると思うんやけど。
もーちょっとだけ、待っててな」
「まぁ、次に会うときの楽しみが一つ増えたってことでいいかな。
――じゃ、今度こそまたな、りんねる。引き留めて悪かった」
「またね、きょーじゅっ」
「うん、またなぁ。フーガはん、カノンはんっ」
そうして、俺たちは手を振って別れる。
りんねるは、りんねるの拠点がある東へ。
俺たちは、俺たちの拠点がある南へ。
「今日は……採取は、いいか。
食えそうな植物を探すっていう目的は、図らずも労せず達成されそうだし。
りんねるのレポートを見ながらの方が、視野も広がりそうだしな」
「んっ、魚だけ、見て帰る?」
「もう遅いし、そうしようか。
……拠点に戻るまでにまた1時間以上かかるだろうし、ちょっと早いけど夕飯休憩しない?」
「……んっ、いいよ。また、2時間後くらい?」
「おう。じゃあ、またこの場所から再開だな」
「うん。じゃ、2時間後に、ね?」
「了解」
そうして俺たちは、この世界から離脱する。
*────
拠点への、帰路。
「……相変わらずやったなぁ。二人とも」
かつての旧友との再会。変わらないもの。
かつてあの世界に求めていたものは、この世界にもあった。
こんなに嬉しいことはない。
これからの日々は、もっと愉しいものになるだろう。
……それにしても。
「怖いわぁ、フーガはん」
「勘」と、彼は言ったけれど。
彼は明らかに、自分が彼の言葉のどこに反応したのか、勘づいているようだった。
相変わらず……そう相変わらずだ。
彼はいま、いったいどこまで考えているのだろう。
自分との会話の中から、いったいどこまで思考の枝葉を広げていたのだろう。
彼は、一を聞いたら十くらいまでは推測を広げるタイプの人間だ。
そのせいで迷走、というか突拍子のないことを言い出すことも多かったが。
(フーガはんも、うすうす気づいとるのかもしれへんなぁ)
総当たりの結果、もっとも確からしいものを選び出すのが彼だから、
恐らくその総当たりの仮説候補の一つとしては、既に考えているだろう。
この世界について。
この『犬2』の世界について。
カレドという惑星について。
セドナという場所について。
自分が、この場所の植生を調べることで感じたことを。
彼もまた、自分とは別の経路から、既に感じ取っているのかもしれない。
「――まあ、確信できるなにかがみつかるまでは、しまっとこか」
自分は自分の得意な方面から、それを補強していけばいい。
きっとその仮説が、彼の立てる仮説と重なることもあるだろう。
その二つが交差するとき、自分たちの仮説は、より一層確からしいものになるに違いない。
ぽつ ぽつ――
「……ん?」
薄い白衣越しに、肌に感じる冷たい感触。
空から落ちてくる、小さな水の塊。
……雨だ。
空の暗さ、雲の厚さからして、土砂降りになることはなさそうだが。
(こりゃ二人とも、帰りに降られるやろなぁ)
もう少しタイミングが早ければ、自分の脱出ポッドで雨宿りをしてもらう手もあったのだが。
2人は夕食を挟むために、一度ダイブアウトすると言っていた。
ゆえに今はこの世界にいないだろう。少々間が悪かった。
あるいは自分たちが歓談する間は雨が降らなかったと考えれば、ここまでよくぞ保ってくれたと考えるべきなのかもしれない。
「……へぇっくしょぃっ!!」
(人の心配する前に、まずは自分の心配やな)
自分も彼らと同じように、一度ダイブアウトしよう。
ダイブアウトして、そして、まずは――
(夕食とるの、だるいなぁ)
だが、あまりにも食べていないとフルダイブシステムデバイスに怒られるのだ。
好む好まざるにかかわらず、食事を摂らざるを得ない。
そうだ、たまには健康的に、近くの定食屋に行こう。あそこの漬物はうまい。
そのあとは風呂に入ろう。ええ感じに考えもまとまるやろ。
そうして調査続行だ。二人には調査はひと段落ついたと言ったが。
その実、まだまだ調べたいことはあるのだ。
うん、いい感じのプランだ。これでいこう。
(あれ、なんか忘れとるような……?)
まぁ、忘れているということはさして重要なことではないのだろう。
別にいいか。
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大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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