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一章

三日目の終わり

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「ただいまーっと」
「ん、ただいま。……おかえり、フーガくんっ」
「カノンもおかえり。……いやーっ、重かったな!」
「結構、歩いた、ね……」

 採石を終え、岩壁からここまでカオリマツの樹林帯を歩くこと20分ほど。
 俺たちはカオリマツの樹林帯の中にある、カノンの脱出ポッドのところまで戻ってきた。
 カノンと雑談しながらだったから、移動時間自体はそこまで苦でもなかったが……

「腕、ちょっとだるい、かも……」
「前作ではなかった体験だな……」

 前作では、所持重量に応じて移動速度が下がるだの、一度に運べる重さが決まっているだのといった感じで制約が掛けられていたが、フルダイブになった今作では単純に労働負担となる。
 まさかゲーム内で肉体労働に従事することになるとは……。
 作業という行為自体はどんなゲームにも存在するので、別にゲーム内の労働行為そのものは無駄とも徒労とも思わないが、肉体労働となるとなかなか珍しい気はするな。
 大抵のゲームではゲーム的な利便性を意識して軽減するところだろう。
 このゲームでも圧縮バックパックによって軽減されることになる。
 やはりゲームの中でまで肉体労働したくはない人が多いのだろう。

 不思議な見た目の玄武岩と、良い感じの花崗岩の入った革袋を慎重に地面に降ろす。
 苦労して運んだ石材だ。大切に扱おう。
 こういう考えが出るのも、この石材に重さがあるからだ。
 なにもかも仮想インベントリに収めてしまえたなら、これらの石材が貴重なものだとはなかなか思えないかもしれない。
 つまり俺たちがここまで仕事をして運んだことで、この石材の価値は俺たちの中で仕事分だけ確かに上昇している。
 輸送費分上乗せだ。


 *────


『新しい技能を取得しました。(3)』
『新しい実績を取得しました。(1)』

 拠点に無事生還したことを祝して、仮想端末さんが技能取得をお知らせしてくれる。
 スロットに入れていた幾つかの技能も育っていることだろう。

 前にも言ったが、技能は生還しないと取得も成長もしない。
 ゆえに命を軽んじた死に戻り探索ばかりしていると、技能もなかなか生えないし育たない。
 ハードな探索になればなるほど技能の取得経験も増えるが、そうしたハードな状況からちゃんと生還しないと技能という結果は実らない。
 一見うまいやり方に見える死に戻り探索には、こうしたデメリットもあるのだ。

「あ、技能出た」
「わたしも。……実績も出た、みたい」
「カレドの異邦人あるんじゃないか? これで10kmは歩いただろ」
「ん……、あ、出てる」
「うむ」

 こっちも確認すると……
 ――――――――
 【 跳躍 】new!!
 【 石工術 】new!!
 【 摘草 】new!!
 ――――――――
 今回生えた技能は【跳躍】と【石工せっこう術】と【摘草つみくさ】だ。
 予想通り【石工術】を取得できた。よいぞよいぞ。
 【摘草】も嬉しい。これで未知の植物でもある程度大胆に取りに行ける。
 それに……【跳躍】? どこのどれが【跳躍】の取得経験だ?
 まあいいか。欲しかった技能だしラッキーだと思っておこう。


 *────


 【摘草つみくさ】は、草花類の素材の採取をうまく行えるようにアシストしてくれる技能だ。
 たとえば草を一本引き抜くだけにしても、うまいやり方ってのがある。
 根っこを持って、少し左右に揺すって、土壌を解してから採るような。
 一方で葉だけを摘むなら、新芽の付け根にある小さい葉を残して、折るようにして摘むような。
 植物によっては、特別な摘み方をしないと素材がすぐに痛んでしまうようなものもあるだろう。
 このように、それぞれの植物には、その種類とそれぞれの採取部位に応じて、相応しい採取方法がある。
 この技能は、そうした素材ごとそれぞれにある適切な採取方法に誘導してくれる技能だ。
 資源採取が好きな人はぜひ育てるといい。
 ちなみにこの技能のカバー範囲には、なぜか茸類が含まれる。
 茸は摘むものだった……?

 ところで、この【摘草】というちょっと変わった名前の技能は、元々は【採取】という一般的な名前であったのが、サービス開始後に変更されたという歴史を持つ。
【摘草】すなわち「草を摘む」行為をアシストするこの技能は、その名の通り草花系の素材の採取にしか効果を発揮しない。
 それは【採取】という名前であった頃からそうなのだが、【採取】という名前のわりに石材や木材の採取にはたらかないのがどうにも納得できないプレイヤーが多かったようだ。
 石材は【石工】や【採掘】の領分だし、木材は【木工】や【伐採】の領分なのだが……まぁ、気持ちはわかる。
 実際に名前が変更されたのを見るに、公式もわかりにくいと認めたのだろう。


 *────


 装備していた技能については、【旅歩き】と【運搬】と【測量】が成長した。
 【登攀】と【潜水】は変わらず。
 相変わらず【測量】の成長条件と補正のかかり方がわからない。
 もしかして、あれか。なにかしら測ってればそれはもう測量なのか?

 技能確認のついでに実績も見てしまおう。
 ――――――――――――――――――─
 【地の利を得たもの】
 条件:短時間内に10m以上高所に到達する。
 ――――――――――――――――――─
 地の……利……?
 首をかしげていると、カノンも確認が終わったようだ。

「ん。【跳躍】と【石工】と【摘草】とれた。
 あと【運搬】と【旅歩き】と【聞き耳】が成長してくれた、みたい」

 カノンは成長した技能のほかにつけていたのは、危機感知と夜目だったっけ。
 耳を澄ませるだけで経験になる聞き耳と比べて、危機感知は実際に危険を感知しないと上がらないだろうからそれは仕方ないな。
 死んだら駄目だし、かといって安全なところにいては経験にならないしで、危機感知という技能はけっこう育てにくい部類に入ると言える。


 *────


 技能と実績の確認は一応終わったが……【測量】についてはまだ少し気になるな。
 今後もスロットに挿すべきか迷うだろうし、この機会にちょっと考えてみようか。

「カノンって【測量】って出てる?」
「ぅん? 出てない、よ」

 測量ってどういう条件で取得できるんだろう。
 前作ではなにかの拍子に取得したっきりスロット外で肥やしになってたから、いまいち取得条件も成長条件もアシストのされ方もわからない。
 石工術みたいに、なにかしらの道具を使って測量すると取得できるとか。
 でも今回の道中で道具を使った測量なんてしてないんだよな。
 成長する理由がわからない。

「道具がなくても、ただなにかを測ればいい……?」
「そういえば……フーガくん、岩壁の高さとか、岩壁の厚さとか、教えてくれたけど、……どうやって測ってたの?」
「えっ……いろいろ?」

 岩壁の高さは自分と岩壁の影の長さを比べた相似の話だし、岩壁の距離は腕突き出して親指立てて右目と左目で……まぁうまいことやると出せる、誤差が10%単位で出る概算値だ。
 これらには別になにも道具は使っていない……が……

「えっ、道具ってまさか、自分の身体でもいいのか」

 しかも概算値でいいのか。じゃあ、あれか。
 ザックリ言ってしまえば、この世界のものの大きさをいちいち測ろうとするたびにこの技能は育つのか。
 なんだそのゆっるゆるの条件は。それでいいのか【測量】。
 いろいろ自力で測らないといけないこの世界では、そんなのすぐにカンストするだろうに。

「アシストのされ方もよくわからんな。精度があがる、とか?」
「でも、正確になってるかどうかって、実際に測らないとわからない、よね?」
「……ほんとだ。なんだこれ」

 この世界にメートル原器がない以上、出した値が正確かどうかなんてわからない。
 重さは分析装置先生のおかげでわかるけど、今のところ距離は無理だ。
 前作ではとある技術が解禁されることで仮想端末に移動距離の計測機能を組み込めたが……。

「……駄目だ、保留! 【測量】については有志の検証を待とう」

 元検証勢として雑過ぎる結論だが、こういうファジーな効果の技能の検証は、どうしてもサンプル数が欲しくなる。
 対照実験が基本だ。俺とカノンしかいない今、十分に解明できそうにない。

「ん、フーガくん、なくても大丈夫、そうだし?」
「正直いらんな」

 たぶんこいつは、なくてもどうにでもなる類の技能だ。
 距離感が掴みにくい人とか、そういう感じの人に向けたお助け技能と見た。
 はじめて生えてくれた技能として愛着はあるが、【測量】はあんまり俺には合っていない技能なのかもしれない。

 ……でも、なにか面白いことに応用できないかは今後も模索していこう。
 なんか普通じゃない使い方見つけられたら楽しそうじゃない?


 *────


 脱出ポッドの傍らに立てっぱなしの日時計によれば、現在の時刻は昼前。
 つまり、現実の方ではそろそろ日が変わるということだ。

「よっし、カノン。今日はここまでにしようか」
「んっ、いろいろあった、ね?」
「元は石材確保したくて川に行くだけだったんだよなぁ……」

 ずいぶんとおまけの多い道中になってしまった。
 とはいえ無事に石材も確保できたわけだし、その辺は万事円満だ。

「じゃあ、あとは素材を圧縮ストレージに運んで解散――」
「あっ、フーガくん。……シャワー、浴びよ?」

 俺も懲りないな。

「――あと、モンターナさんに、お礼も?」

 返す言葉もないな。


 *────


 今回は俺が先に洗浄室を借りた。
 特に理由はないが、先に使うようカノンが勧めたからだ。
 今は脱出ポッドの中で、カノンが洗浄室を使い終わるのを待っている。
 チュニックとズボンを持って入ったようなので、そのまま部屋着に着替えるのだろう。

「『恐竜に出逢えるのが今から楽しみだ』……と」

 モンターナにもメッセージを飛ばしておく。
 俺たちが無事にセドナの外側を見ることができたということは、これで伝わるだろう。
 モンターナ案件と言えば、岩壁で見たトンボモドキも、カレドリアン・シャーズに載せるに値する幻想的な生物だったが……こっちの報告はまだいいか。
 モンターナが自分であの生物を発見する時間を残しておこう。
 ……ああ、もう一つ要件があった。

「『追伸:りんねるがここに来ているらしい。もし出会ったら一報くれると嬉しい』」

 うん。これでいいだろう。
 俺とモンターナの間柄はそれほど近しいわけではないが、互いのロールプレイの方向性はなんとなく察している。
 この程度の気安さがちょうどいいだろう。

 モンターナへの連絡を終え、今後の予定を考える。
 今回ある程度の大きさの石材を入手できたので、恐らくは簡易の石斧が作れる。
 そうすればカオリマツの樹から木材が採取できる。
 大量の木材が安定して手に入るようになれば、あとはもういろいろ作りたい放題だ。
 椅子に、テーブルに、……カノンの服を掛けるハンガースタンドもあったほうが良いな。
 柄が作れるから、まともな道具類も揃えられるし、食器や採取用の器なんかも――

「お、お待たせ、しました」
「ん、待ってないよ」

 つらつらと考えていると、カノンが洗浄室から出てくる。
 チュニックにズボンの拠点スタイル。
 洗濯したのか、ケープも引き続き身に着けている。
 見るたびに思うが、カノンの雰囲気に似合った服だ。

「やっぱ似合ってるな、その服」
「……。」
「ん?どした、カノン」

 洗いたてのケープをきゅっと握り、こちらを見る。
 どこかいじらしいその仕草に、不意にどきりとさせられた俺に、

「あの、フーガくん。今日……、……っその。
 ――ありがと、ね」

 少しだけ、はにかんだ笑顔を浮かべて告げる。
 その言葉には、きっと、「今日は一緒に遊んでくれてありがとう」以上の。
 なにか深い、カノンにしかわからない感慨が、籠められているようだった。
 それがなにに対する「ありがとう」なのか、俺にはわからない。
 だから、

「ああ、いいってことよ。……また、明日な、カノン」
「んっ! ……また、明日も。フーガくん」

 そう言って、ただ再会を約す。
 今の俺にできることは、それだけだ。

「おやすみ、カノン」
「おやすみなさい、フーガくん」



 そうして、刺激的だった3日目も終わる。
 今日で休日は終わった。
 明日からは平日が始まる。
 だが俺とカノンは、明日もこの世界に降り立つだろう。

 互いの距離を、測りあうために。









 *────


 光の消えた窓。

   は、それを、じっと見ていた。

 いつものように。
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