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一章

イベントについて

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さて、今回紹介する『犬』ネタは「イベント」についてだ。

よくないことがおこる「カラミティ」イベント。
うれしいことがおこる「グレイス」イベント。
すごいことがおこる「パラダイムシフト」イベント。
ザックリ言うとこんな区分があるって話だったな。

では、そもそも『犬』におけるイベントの役割はどのようなものなのか。
なぜそのような区分があるのか。
それぞれはいったいどのような性質のイベントなのか。
どのような影響をプレイヤーにもたらすことを期待されているのか。
そのあたりを紹介していこう。

ちょっと長くなるし、ホットミルクでも飲むかい?
未知の世界を冒険している気分になれるかもしれない。

……いや、とある映画があってね。
その映画の主題歌がホットミルクだったっていう、それだけの話なんだけども。


*────


さて、『犬』というゲームにおけるイベントの話をするために、
申し訳ないが今回も、少しだけまわり道をさせて貰おう。


『犬』というゲームは、そのジャンルこそ「近未来未開惑星観光開拓MMOシミュレーションゲーム」というカオスなものであったけれど。
プレイヤーたちは、このゲームの本質を「マルチ対応のサンドボックスゲーム」として見ていたと言ってしまえるかもしれない。
なぜそう言ってしまえるのかと言えば、このゲームの目的がからだ。

いや、ストーリー上の設定としては存在する。
不時着した惑星カレドを脱出し、母星へ帰還するという。
ただしそれはあくまで世界観設定としてのレベルの話だ。
MMO、すなわちオンラインゲームである『犬』には、終わりというものがなかった。
ゲームクリアというものが存在しなかった。
それどころか、メインストーリーという名の、プレイヤーを導く一本の物語すらなかった。
その点で言えば『犬』はMMOというジャンルにおいて希少生物だったのかもしれない。

プレイヤーは、確たる終焉もなく、ほぼ無限に星を開拓し、資源を採取し、プレイヤーたちの拠点の拡張という建前でさまざまなものを作り続けた。
そのサイクルが、サービスが終了するその瞬間まで続いた。
サービス終了が決まったそのときでさえ、母星からの救助船は来なかったし、「このあと救助船が来てプレイヤーたちは無事に脱出しました、めでたしめでたし」などという、物語の結末としての設定すら与えられなかった。
徹底してというものが用意されなかったんだ。

それ、なにが楽しいの?
というかなにが楽しかったの?
それゲームと言っていいの?
人によっては、そう言われてしまいかねない。
それでは単なる砂場サンドボックス遊びだ、と。

だけど、サンドボックスと呼ばれるようなゲームをプレイしたことがあるゲーマーならばわかるだろう。
ただ、世界を切り拓くのが楽しい。
資源を採取する、そのこと自体が楽しい。
莫大な資源を使って、巨大なものを作るのが楽しい。
なんならなにも作り出さなくても、ただ整地するだけで楽しい。
倒すべき敵など、最終的にはただの資源でしかない。

あるいは往年のMMORPGをやってきたプレイヤーもわかるだろう。
ただ、その世界を旅できることが楽しい。
自分がどんどん強くなっていくことが楽しい。
強くなった自分が、さらに遠くに行けるようになることが楽しい。
できることがどんどん増えていくことが楽しい。
メインストーリーなど、おまけでしかない。

『犬』も同じようなものだ。
『犬』には、メインストーリーも倒すべき敵も用意されていなかった。
それが用意されていなくとも、無限の楽しみ方があったんだ。
途中で「未開域の切符」なんてのも追加されたしな。


*────


ただし、そうは言ってもMMOを名乗る『犬』のこと。
既存ユーザー数を維持し、新規ユーザー数を増やしたいのが客商売の道理だ。

既存ユーザーがより継続して遊びたくなるように。
また新規ユーザーが新しく参加しやすくなるように。
なにも足さなくても既に無限に遊べる『犬』ではあったけれど、
そんなプレイヤー集う砂場に「波」や「うねり」という刺激を作り出すべく、
サンドボックスゲーム同然の『犬』でも定期的に行われていたもの。
それが「イベント」だ。

一般的なMMOにおけるイベントを一言で説明すれば「期間限定で特別な体験が得られるお祭り騒ぎ」と言うことができるだろう。
既存ユーザーは普段とは異なる体験を楽しみ、新規ユーザーはそこで得られる期間限定の報酬や楽しそうな気配に誘われて新たにゲームを始めるきっかけを得る。
こうしたMMO、あるいはソーシャルゲーム全般におけるイベントの役割が、このゲームでも期待されていたと思われる。

と言っても、『犬』はどこまで行っても未開惑星開拓サバイバル。
いわゆるMMORPGのイベントとは、少々毛色が異なる。
なにせこのゲームには「エネミー」も「NPC」もいないのだ。
そういうわけで、『犬』のイベントは少々特別な形式で行われていた。


*────


『犬』のイベントには、大きく分けて三つの種類があった。
プレイヤーにとってなにかよくないことが起こる「カラミティ」。
プレイヤーにとってなにかよいことが起こる「グレイス」。
そしてプレイヤー全体の技術的な進歩を促す「パラダイムシフト」。
このうち上二つが概ね交互に定期的に、そして最後の一つは突発的に開催されていた。

特に最後の一つは、もともとの言葉の難解さもあって、わかりづらいかもしれない。
順を追って説明していこう。


*────


「カラミティ」イベント。
これは恐らくは災害とか災難とかそういった意味合いを込めた名付けによるもので、要するにプレイヤーに自然現象という名の天災が振りかかるイベントだ。
たとえば「大雨」であるとか「冷害」であるとか「シンクロニシティにより惑星上に同時多発的に現れた突然変異生物」であるとか、そういったものが、イベントが起こる以前から徐々に表れはじめる異変を伴って、やがてプレイヤーたちに襲い掛かる。
それに対してプレイヤーたちは、プレイヤー同士で協力して対処する必要がある。

この「カラミティ」イベントはなぜ用意されているのか?
たとえば街づくりシミュレーションゲームなどで、災害設定を常にオフにするようなプレイヤーからしてみれば、こうしたイベントはでしかないと思うかもしれない。
プレイヤーのゲームプレイにとって悪影響しか与えない、ストレス因子に過ぎないというかもしれない。
とあるシミュレーションゲームの製作者が語った「暗黒時代より黄金期」というのはゲームデザイン論として有名な話だよな。

だがしかし「災害」は技術進化の母でもある。
人類は、現状を脅かすなにものかにその安寧に奪われそうにならないと、技術の停滞という名の泥沼に沈んでいく。
壊れることで、新たに生まれるものもある。
乗り越えることでのみ得られる充足がある。
そういうわけで、平穏を脅かし、現状を打破し、プレイヤーたちに積極的な「進歩」を促す存在として、カラミティイベントは機能する。
イベントに参加するうまみとしては、イベントを乗り越えることで結果的に新たな資源が手に入るとか、自然の脅威に打ち克ったという精神的充足を得られるとか。
そのほかゲーム的な手続きとして、そのイベントに打ち勝ったことを記念する技能が与えられることもあった。
かつて技能の取得方法に関して紹介したときに、「特殊ゲーム的な過程でも一部習得できた」と説明したのを覚えているだろうか。
この「カラミティ」イベントの報酬がそれだったんだ。
ついでに言うなら今作では「実績」も貰えそうな気がする。

以上が「カラミティ」イベントだ。
星を襲う危機。またはプレイヤーを襲う危機。
プレイヤー同士で一連結託して乗り切ろう。
大自然という強大な敵を前に、人間同士がいがみ合っている余裕などまるでない。


*────


ところで、この「まるでもう一つの世界であるかのよう」な『犬』の世界で、恣意的な「天災」をどうやって引き起こすことができるのか。
それは、このゲームがリアルタイムでシミュレートされた仮想世界であることに基づく。

このゲームは一つの惑星をフルタイムアクティベートしている。
すなわち、この世界のすべてはデータとして管理されてもいる。
それゆえにこの世界の管理者である運営開発は、この管理されているデータに、恣意的に、いずれ災害となるであろう因子を投入することで、イベントという形でこの世界に、自然な形で「災害」を発生させることができるわけだ。

バタフライエフェクト?
人間が自然を完全に管理支配できるわけがない?
その懸念はもっともで、しかも実際そのとおりだった。
運営開発が思ってたのと違うことになったらしいイベントとかあったなぁ。
イベントバナーに映っている謎の生物らしきシルエットと最後まで邂逅しなかった、とか。
そいつらはいつの間にか先住種との生存競争に負けていたらしい。
カラミティとは……。


*────


「グレイス」イベント。
これは恐らくは恵みとか恩寵とかそういった意味合いを込めた名付けによるもので、
要するにプレイヤーに自然的な恩恵が与えられるものだ。
たとえば、プレイヤーたちの拠点近くで鉱脈がみつかるとか、温泉が湧き出すとか、自然の実りの豊穣とかそういったものだ。
自然は単に人間に牙を剥くだけではなく、恵みをもたらすこともある。
自然は敵でもあり味方でもある。
そんな思惑が込められたイベントなのかもしれない。

こちらは徐々に迫りくる「カラミティ」と比べ、前以ての準備や把握があまり必要なく、普段は得られない珍しくも貴重な星の恵みにあやかることができるということで、新規ユーザーにもとっつきやすいイベントになっている。
運営開発としては、こちらのイベントを新規ユーザーの誘致タイミングに位置付けていたのかもしれない。
実際、高校生――このゲームは一応高校生以上対象だ――の夏休みシーズンや年末年始にはだいたいこちらが宛てられていたしな。
年末年始に天変地異の「カラミティ」なんて縁起でもないし、そうした恣意もあったのかもしれない。

以上が、グレイスイベントの概要だ。
星の恵み。新たな資源の発見。
「カラミティ」と違って危機感は湧かないけれど、それでも技術は進むし、新たな体験もできる。
「カラミティ」が鞭なら「グレイス」は飴だ。
それぞれ寒色と暖色で、どちらも世界に新しい彩りをもたらしてくれる。


*────


さて、「カラミティ」と「グレイス」。
これらが『犬』におけるイベントのほぼすべてだと言ってよい。
なぜなら最後の一つ「パラダイムシフト」イベントは、実のところイベントという区分こそされているが、起こる事象やプレイヤーに与える影響としてはまったく異質なものだからだ。

「パラダイムシフト」イベント。
この言葉をはじめて用いた人が意味したように、このイベントは、プレイヤー全員が持つ「ものの見方」や「技術の水準」が一歩先へと進むイベントだ。
つまりどういうことか。
これは具体的に説明したほうが分かりやすいかもしれない。

たとえば、あるとき一人のプレイヤーが、製造装置により「一定以上の品質のライフル」を作り出すことに成功したとしよう。
その日からだいたい一か月後くらいに、「ライフル」という技術をテーマにした「パラダイムシフト」イベントが行われ、すべてのプレイヤーが「そのプレイヤーが制作したライフル」に触れられる機会が用意される。
具体的に言えば、それぞれのプレイヤーの拠点の圧縮ストレージ内に、生み出されたライフルの模造品が、「どこの誰によりこのライフルは発明された。それはこういう資源の組み合わせで作られ、実際にこのような性能を持つに至った。とてもすごいことだ。称えよう」という言葉と共に送り込まれるのである。
そうして、プレイヤーのなかで「この世界でもライフルという技術を使いだした人間がいる」「自分たちもこの作り方を真似すればそれと同じ水準の道具を作り出せる」という認識が広まり、すべてのプレイヤーそれぞれの意識の中で、技術の水準が一段階引き上げられる。
そうして起こるのは、技術の革新およびすべてのプレイヤーへの膾炙。
すなわちこれが「パラダイムシフト」イベントである。

この一見なんのために行われるのかわかりづらいイベントの役割は、実のところ奥深い。
たとえば一部のプレイヤーたちによる技術の寡占の防止であったり、技術競争の促進であったり、プレイヤー全体としての技術水準の底上げであったり、プレイヤー同士が結託するための土台作りであったり、プレイヤー同士のいがみ合いの予防であったり……。
まあ、いろいろだ。

なにせこのゲーム、資源の組み合わせ方や純度の高さが生成物の性質に直結している。
だから製造装置という同性能のデバイスを与えられているにもかかわらず、プレイヤーの工夫によっては、プレイヤーごとの技術レベルに大きな隔たりが生じることがあるんだ。
そして自分がいいものを作り出せたからと言って、それを無償で広く公開するプレイヤーなんて、そうそういないだろう。
金銭が用意されていないこのゲームでは、公開する動機がないからな。

そして優れた技術の寡占は技術の停滞を生み、それはこの惑星開拓を旨とするこのゲームのさまざまな可能性の停滞につながりかねない。
それを防ぐために、公式により無理やり最新技術を暴露させられるイベントと言ってもいい。
技術の発明からイベントの発生まで一か月の猶予があるのは、「その一か月間は最新技術を誰よりも先んじて作り出したことの恩恵を味わっていいよ」という公式からのメッセージだと思われる。

まあ、実際のところ。
プレイヤー同士でいがみ合う必要がないゲームであることだし、自分でわざわざ技術を広めなくても、公式が勝手に広めてくれて楽だという見方もできる。
まわりからは「~~さんが作ったらしいよ、すげー」という賞賛が得られるし。
ときにそのイベントの立役者になったプレイヤーについてまとめた「~~伝記」なんていう本を暇人が作って公開されたこともあったりして。
要するに、そこに込められた小難しい理屈とは裏腹に、意外とプレイヤーたちのウケはいいイベントだったんだ。

「大砲|(カノン砲)、ついに登場!!」

とかいうイベントバナーで、新規を誘ったりな。
まるで公式が実装したみたいな表現だが、火薬やらなんやらの調合を考え各種パーツを作りそれらすべての資源を集めてきたのはプレイヤーであり、実際に作ったのは製造装置先生だ。
この世界で大砲をはじめて作り出したプレイヤーは、苦笑いを浮かべていたかもしれない。

ところでこの「パラダイムシフト」イベント、プレイヤーの初期開始地点が数百に分かれているこの『犬2』の世界でも起こるみたいだ。
今回は特にそれを確認したかったんだ。
選ばれた地形座標によっては、座標ごとの技術格差がすごいことになりそうだなとか思っていたんだけど、そのあたりをこのイベントで揃えるつもりみたいだな。

俺はきっと起こす側ではないけれど、今から楽しみだ。
かつて生産ガチ勢と呼ばれたものたちの誰か、あるいは今作でそう呼ばれることになる誰かが、この世界でも「パラダイムシフト」を起こしてくれるかもしれない。


*────


以上が、『犬』および『犬2』におけるイベントの全容だ。
他の多くのMMOがそうであるように、『犬2』でもイベントの開催は直前まで告知されないようだ。
ただし「カラミティ」イベントに関しては、世界に予兆が現れることが多いから、そういうのは見逃さないようにしていれば、告知よりも前に気づくことができるかもしれない。

小型動物の大移動とか。
空を行く雲の形とか。
止まない雨とか。
どうせ最初に来るのはカラミティの方だろうなぁ。
飴と鞭なら、誰でも鞭を最初に持ってくるに決まっている。


……おっと、そろそろ30分経つな。
そろそろダイブインするとしよう。
ニューロノーツ先生。お願いします。
俺を惑星カレドまで運んでくれ。


そうして再び、俺の意識は暗転する。
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