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第2章 魔力要員として召喚されましたが解決したので自己研鑽に励みます

11 討伐訓練⑤

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 玲史達が野営地に戻ると、狩猟組は焚火の周りで食事の仕込みをしていた。
「戦女神フレイ様、これは我々が幼い頃から慣れ親しんでいたベリーです。甘くて美味しいですよ」
「こちらもご覧ください。大きな実を見つけました」
 フレイは、鍋を木べらでかき混ぜながら、訓練生が差し出した籠から、赤い果実を一つ取って口に入れた。
 狩りに行った先で何があったのか、参加した訓練生達がフレイを「戦女神」と崇めている。
 傍らではレヴィが、大型の獲物の皮をはぎ、肉を切り分け、訓練生に捌き方を指導している。
 レヴィとフレイを囲んで訓練生たちが和気あいあいと準備をする空気に、「レヴィ、戻ったよ」その一言が喉に詰まって立ち止まった。
「レイジ、こちらですよ」
 ラウリに声をかけられ、レヴィを囲む賑やかな集団に背を向けた。
 収穫物を東屋に運ぶと、丸太に木の板を乗せただけの簡易なテーブルが設置されており、携帯用の銀食器や手製の木の器などが置いてあった。
「玲兄、塩をもらったよ。うちらも準備しよう!」
 ラウリが食材を洗浄して、スタファンが風の刃で切り、ブリーが炎で炙り焼きにする。
 そこに玲史が適量の塩を振り、果実を盛りつけた。
「もっと調味料があったら、美味しい料理ができるのに、残念だわー」
「ブリーちゃん、料理できるの?」
「いや? 玲兄できるでしょ?」
「俺はルーとか素がないと……」
「ルー? 素? それは、いかなるものなのですか?」
 食いつくラウリに、玲史が一人暮らしで自炊をしていた時の調理法について話す。
 黒姫様の食事改革で様々な食材や料理が広まったはずなのに、即席の商品は伝わっていないようだ。
 玲史の母親と同じく「インスタントは邪道、出汁は昆布と鰹節で取るのが当たり前」の人なのかもしれない。
「なんと! それがあれば簡単に美味しい物ができるのですね! これは、研究塔の出番ですね!」
「塔の魔術師に依頼するの? 程々にね」
 嬉々として群がって来る塔の魔術師達の姿を思い返し、玲史は苦笑いを浮かべた。

 日が傾きかける頃には食事の準備が整い、焚火の周囲に人が集まり始めた。
 狩猟組と別行動だった玲史達は、そのまま東屋を使用するよう促され、玲史を中心に左右にブリーとラウリがコの字型に座る。
 そこに、フレイの従者が、盆に乗せた三人分の器を持ってきた。
「お待たせいたしました。特製の野ウサギのシチューです。大人気なので、お代りは早めにいらしてくださいね」
 ブリーとラウリが口にするのを見て、玲史もスープを一口飲んでみるが、口の中に獣臭さが広がり、お代わりどころか完食も難しそうだ。
 ジビエなどはあまり得意ではない上、野性味溢れる味付けには慣れていない。
 王城でもフィヨルギー家でも、日本人好みの食事が普及していたので困ることがなかったのだ。
 器をテーブルに戻して、酸味の強いベリーで口の中をサッパリさせる。
 不意に歓声が上がり、三人の視線が焚火のほうに向くと、フレイを中心に訓練生達が盛り上がっている。
 隣からはブリーの溜息が聞こえた。
「自分は野営に慣れてるけど、お前のようなお嬢様育ちは地べたに座れないだろうみたいな、謎のワイルド自慢で、お為ごかしにこっちに誘導されたけどさ、ウチら結局ハブられてんじゃんね」
「親切で譲ってくれたのだろうから、悪く言ってはダメだよ」
 やさぐれているブリーを玲史がなだめる。
「レヴィ殿下を東屋に誘ったけど断られたから、そのままあの場に留まったようですよ。ところで、食が進まないようならこちらで消費しましょうか?」
「え、あ、うん。頼むよ」
 スタファンが玲史の隣に座り、シチューの器を手元に寄せた。
 シチューを食べてくれるのは有難いが、その情報は聞きたくなかった。
 微妙な空気のテーブルに、ドン、と大皿が置かれた。
「黒し……ナヴィ卿、食事を貰ってきました」
 ビルキィが、焼いて塩を振っただけの肉の山をテーブルに乗せた。
 1キログラムはあろうかと思われる肉塊が重なる皿を前に、玲史は扱いに困る。
 ビルキィが、期待に満ちた表情で玲史を見つめる。
 褒められ待ちのビルキィに、スタファンが大きな溜息を吐く。
「はぁ……そんなモン、ナヴィ卿の繊細な味覚に合うわけないだろ。少しは考えろよ」
「なっ……」
 ビルキィは言い返そうとしたが、スタファンが風の刃で塊肉を薄切りにするのを見て口を噤んだ。
 一瞬だけ剣呑な視線をスタファンに向けたが、言い返すことなく、もぞもぞと玲史の隣に割り込む。
 3人で座るには狭い椅子だったが、半分尻がはみ出したまま座っている。
 言い返さないところを見ると、本当に心を入れ替えたようだ。
「悪くないけど、塩だけじゃ飽きるな」
 ブリーが、酸味の強いベリーを乗せて表面を炙る。
「ブリーちゃん、グッジョブだよ。ベリーソース合う! 肉質は硬めだけど、薄切りにしているからローストビーフみたいで美味しいね。ほら、ビルキィも食べてごらん」
 玲史は、再調理された肉をビルキィに取り分けて渡した。
「美味しいです」
 ぎこちない笑みで答えるビルキィの皿に、今度は、殻から取り出した蜘蛛に塩と果汁をふりかけて、キノコと自然薯を添えたものを乗せる。
「美味しい! え? なにこれ、美味しい!」
 何度も言いながら、あっという間に間食した。
「当然よ! この大蜘蛛はねぇ……」
 気を良くしたブリーが、得意そうな顔で食材の説明をする。
「ブリュンヒルド様の魔術攻撃で調理も行ったのですか」
「まあね。私の事は敬称略のブリーで良いよ。ほら、もっと食べて」
「ブリー、俺も貰っていいですか」
 皿を差し出すスタファンの手を叩く。
「は? お前には言ってないんですけど」
「ブリーちゃん? そういうのは違うよね?」
 玲史が厳しい顔で首を振ったら、ブリーは「へ―い」と肩を竦めた。
「義弟は優しいからあんた達の謝罪を受け入れたけど、私は甘くないからね。今後の言動によってはこちらにも考えがあるんだからね」
 ブリーから、スタファンとビルキィへの説教が始まる。
 口調は厳しいが、正道を説いているようなので、玲史は口を出すのをやめた。
 会話に相槌や訂正を入れていたラウリだが、いつの間にか舟をこぎ始めていた。
 本来であれば帰宅している時間なのだから、さすがに疲れただろう。
 一方、焚火を囲む者達は、夜が更けても飲み食いを続けながら元気に騒いでいる。
(酒もないのによくあれだけ盛り上がれるよな~)
 これも若さなのだろうか。
 玲史はまだ大量に残っている蜘蛛料理を盆に乗せ、レヴィ達への差し入れに行った。
 レヴィが肉の焼き加減を確認して配置換えをしたところに、フレイが肉を追加する。
 焼けた肉は、フレイが順番待ちの訓練生の皿に乗せる。
 合コンで料理を取り分けてくれる、気が利く女子を思い出し、何とも言えない苛立ちを覚えた。
 当時は、「点数稼ぎ」だと陰口を言っているのを聞いて、なぜ「面倒なことをやってもらって有難い」と思えないのか不思議だったが、今はその気持ちが分かってしまう。
 これは妬みだ。
 所在なく立ち尽くす玲史の気配に気づいたレヴィが、ハッと振り返った。
 目が合った瞬間、キラキラが弾けるような眩しい笑みを浮かべる。
 そんな顔をされたら、嫉妬で苛立っている己が恥ずかしくなるではないか。
「大蜘蛛の蒸し焼きだよ。果汁を絞ると美味しいから試してみて」
 レヴィは受け取った盆を側の丸太に置いて、心配そうに玲史を見上げ、両手を握る。
「こんな大物、怪我はなかったか?」
 正直に全て話すと、過保護が加速しそうだ。
 スタファンが風の刃で戦い、ブリーが炎の魔術で止めを刺したのだと、端折って説明したが、それでもレヴィは心配そうにしている。
「人を襲うような大蜘蛛が、こんな王都近郊に出没するなんて異常なことなのだ。国境近くの山脈でしか生息していないはずのトレントという樹木魔獣も発見されているそうだから、くれぐれも気を付けるのだぞ。成獣になると水分を求めて触手が生き物の内臓を突き破る。襲う意志があるわけではなく、単純に水分を求めているから、殺気も感じさせない恐ろしい魔獣なのだ。見かけたらブリーの炎で焼き尽くしてもらうのだぞ」
 玲史はギクリと顔を強張らせ、無意識にポーチに目を向けた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
 レヴィは、手を引いて隣に座らせようとするが、玲史はその手を放す。
「あっちで食べている途中だから」
「ならば俺も」
 立ち上がったレヴィの服を、フレイが引っ張る。
「何を言っているの、貴方がいなくては始まらないでしょう! ほら、せっかくだからいただきましょう? あなたたちも食べなさい」
 盆に手を伸ばし、小刀で蜘蛛の中身を取り出す。
「黒真珠様、いただきます!」
 まだ少年のような顔立ちの訓練生達が寄って来た。
 憧れの上司と触れ合える貴重な場に、水を差したくはない。
 申し訳なさそうな顔のレヴィに、「また後でね」と手を上げて、愛想笑いを見せてその場を去った。  
 まただ。頬が引き攣って上手く笑えない。
 恋人が他人と仲良くしていることを疎ましく思うなんて、子供の我儘のようで恥ずかしい。
 だけどやっぱり、本当は彼女と一緒に過ごさないで欲しかった。
 愛している、自分にはレヴィだけなのだと伝えて、同じ気持ちだと言ってほしい。
 何も心配することはない、大丈夫だと確認したい。

 同世代の者達に囲まれ、気難しい顔をしながらも、どこか楽しそうな恋人の姿を、玲史は遠い所からぼんやりと見つめた。
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