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第2章 魔力要員として召喚されましたが解決したので自己研鑽に励みます

9 討伐訓練③

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「仕置き……」
「王城の庭園がいいか、訓練場にするか……明日は非番だし、貴方も講義はないから好都合だな」
「え、それはちょっと……」
 玲史はどうやって許しを請うか考えるが、言い訳さえも浮かばない。
 実のところ、約束などすっかり忘れていたのだ。
 そんな玲史の慌てふためく顏を見て、レヴィが笑みを深めて囁く。
「貴方の恥ずかしい声を他の者に聞かせるのは業腹だが、仕置きだから仕方ない。どうやって啼かせようか」
「はうっ……」
 囁く声が耳奥を擽り、座ったまま小さく飛び跳ねる。
 そんなやり取りを経て中間地点あたりまで戻ってきたところで、前方から蹄の音が近付いてきた。
「もうすぐ野営地よ。到着次第、準備に取り掛かるわよ!」
 馬車の外から聞こえたのは、フレイの声だった。
「野営の予定などありましたか? レヴィ殿下、お聞きになっていますか?」
「聞いていない。どういうことだ?」
 レヴィが走行中の馬車から飛び下りて、事情を聞きに隊長の下へ向かう。
 しばらくして戻ってきたレヴィは、馬車に乗り込み、不服そうに口を開いた。
「訓練生と受講生は今夜はこの場で野営をすることになった」
「十分に帰還可能な時間ですよね? それに、我々学園からの参加者は野営の準備はありません」
「それも承知の上での強行だ。どうせ隣国の姫からの強い要望に断り切れず、折れたのだろう。王族の俺ではなく、身分は下位でも責任者である隊長に行くあたり小賢しい。あの女は次から次へと面倒ごとを……」
 忌々しそうに吐き捨てた。
 多忙な本隊は予定通り帰還するが、学園組に加えて教官と訓練生4名が野営に参加することになった。
 寝場所については、教官が大型テントを持参しているからブリーとフレイに譲り、訓練生4名の小型テントは夜警を行いながら順番に使用する。戦力外の玲史は、護衛を兼ねるレヴィと馬車を使用するということで話がついていた。
 ここから先は主要な街道が続き危険は少ないので、確かに素人だらけの野営訓練には適している。
 初めての野営での失態を挽回する機会は欲しかったが、彼女が指揮を執っている姿を見れば、玲史には振り回されて終わる予感しかない。
「ブリーちゃんはフレイ姫と一緒のテント大丈夫なの?」
 来訪以来、何かにつけて対抗意識を燃やしているのは周知の事実である。
「馬鹿は相手にしないから大丈夫」
 ブリーは特に気負う様子もなく答える。
 前世の記憶があるのに役に立たないと卑下していた頃が遠い昔のようだ。最近のブリーは頼もしい。
「玲兄のほうこそ大丈夫? 旦那がロックオンされとるよ。安定の塩対応は笑えるけど、ミスリル並みのメンタルでガンガン特攻かましてくるのはヤバくない?」
「ブリー、ほとんど何を言っているか分からないが、我らの事を気にかけてくれているのだな。しかし心配には及ばない。俺があのような者に篭絡されることはない」
 レヴィは自信に満ちた表情で、玲史の背を抱き寄せる。
「そうだね」「ですね」「だね~」
 篭絡はされなくても振り回されている現実に、レヴィ以外の3人は遠い目で返事をした。

 野営地に到着して馬車を出たら、見慣れない紋章を付けた若い騎士に呼び止められた。
 彼はブリーに向けて掌を胸に、もう片方の手を腰の後ろに当てて騎士の礼を取る。
「スカビズ公爵令嬢とお見受けします。今宵、令嬢と我が主の護衛は私共がいたします。安心してお休みください」
 そう言って、同じく見慣れない騎士が付き従っているフレイのところに戻って行った。
「いや、従者いるのかよ。じゃあ止めろよ、色々と」
 玲史も同感ではあったが、フレイの指示に嬉々として従う二人の様子を見て、彼らにも止めることは無理なのではないかと考えた。

 街道沿いの野営地は、旅人の為に森を切り開いた、キャンプ場のような広場だった。
 広場の端々に捨て置かれた木材を集め、フレイの指示で訓練生達が東屋を作っている。
 スタファンとビルキィの姿も見えたが、二人は項垂れて黙々と木材を運んでいた。
 レヴィか隊長か、またはその両方に大目玉を食らったのだろう。
 その奥で、大きな丸太を持ち上げようとしているフレイに、訓練生が駆け寄る姿が見えた。
 一言二言やり取りがあった後、二人は楽しそうに笑い合って一緒に担ぐ。
 傲慢にも見える言動ではあるが、身分に拘らず分け隔てなくざっくばらんに振る舞うフレイは、実力主義の場では好感が持たれているようだ。
「あちらは任せて、我々は薪でも拾いましょうか」
 ラウリに声をかけられ、レヴィと共にその場で薪になりそうな灌木を拾い集める。
 焚火に適当な量が積み上がり、更に予備の薪を両腕に抱えて運んでいると、魔術で火を起こしているレヴィの背後にフレイの姿が見えた。
「食材の調達に行くわよ、ついてきて」
 返事を待たずに、フレイはレヴィの腕を取る。
「待て、我々は焚火の準備をしている。狩りならば従者達を連れて行けば良いだろう」
「二人も行くけれど、土地勘のない私達では迷子になってしまうわ。ね? お願いよ。今晩は、私特製のウサギ汁をご馳走すると訓練生の子達に約束してしまったのだもの」
「私達からも、どうかお願い致します」
 従者二人からも強く乞われ、レヴィが困惑している。
「ほら、暗くなる前に行かないと!」
「しかし……」
 フレイに腕を絡められ、レヴィは引きずられるように連れて行かれた。
 女子供でも容赦なくやり込める兄王子と違って、大きな力を持つからこそ騎士として己を律してきたレヴィには、女性の細腕を振り払う事はできない。
 分かっているけれど、ハッキリと断らないレヴィに、玲史は小さな苛立ちを感じた。
「レヴィ、貴方そんな顰め面しているけど、私との共闘は楽しかったでしょう? 身体強化の訓練も頑張ったんだから!」
 フレイの言葉にレヴィが渋々と応じる後ろ姿を見つめてるうちに、彼らは森の奥に消えて行った。
 レヴィの愛は信じている。二人で生きていくことを諦めないと、互いに誓いあったのだ。
(嫌だな、なんだこのモヤモヤ。嫉妬なんて大人げないことしたくないのに)
 頭では分かっているのに、心は思い通りにならない。
 惰性で灌木を拾っては、ぼんやりと薪の山に放り投げていると、目の前が人影で暗くなった。
「勝手な行動により、ご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした」
 ハッとして顔を上げると、神妙な様子のスタファンが立っていた。
 東屋にいたビルキィも、玲史に気付いて、抱えていた木材を投げ出して駆けてくる。
「自らの命の危険を顧みず、我々を助けてくださったと聞きました。ありがとうございました」
 いつもの皮肉っぽい表情や声色はない。
「反省しているならいいですよ」
「商談に同行する際に戦闘経験があったので魔獣討伐は自信がありました。今後はいかなる時も慢心することなく臨みます」
「周囲の動向にも気を配り、協力し合うよう心掛けてくださいね」
 スタファンの背後に到着したビルキィも、息を切らしながら隣に進み出て頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでした。僕も、地元の訓練で負けたことはなかったので、凶暴化していなければこんなことにはなってなかったと思うけど……」
 最期のほうは語尾があやふやになる。
「君も、反省を次に活かしてくださいね」
「はいっ」
 大きな目で見上げるビルキィだったが、玲史が微笑みかけたら耳を赤くして、視線を彷徨わせる。
「あの、僕も、黒……」
 玲史が、首を傾げて続きを促すと、ビルキィは隣のスタファンを見て口ごもる。
「あ、いえ。何でもないです」
 ビルキィは、居心地悪そうにその場を後にした。
「田舎で負けなしだから、なんだと言うのでしょうね」
 皮肉っぽい表情に戻ったスタファンが、口の端を上げて笑う。
「また君は……そういうこと言わないの。受講生の中で最優秀の二人なのだから、ライバル意識は良いけれど反目し合うのはやめようよ」
「ムカつくんですよ。貴族というだけで、大したこともしてないのに成し遂げたような顔をして。爵位が上だから? 下だから? 平民だから? 実力があればそんなのは関係ないでしょう? ナヴィ卿だって、召喚直後は酷い扱いを受けてましたよね。その実力が認められても、一部の貴族は侮辱することをやめない。俺が知っている貴族の大半がクズです。そういう奴らを潰す地位と力を手にするために特別講義を受講しました。高尚な目標じゃなくてすみません。俺だって、あいつが突っかかってこなければ表面上は仲良くしますよ。首位卒業しないと実家に帰れない崖っぷち状態らしいんで、内心ではざまぁって思ってますけど」
 やたらと城内や貴族家の事情に詳しいことに怪しさを感じたが、それよりも「俺が知っている貴族」と、何があったのかのほうが玲史は気になった。
 まだ若く優秀な彼が、努力する理由を恨みを晴らすためだと言うのは賛成できない。
 出来れば自分を高め、喜びを手にするために頑張ってほしいと玲史は思う。
 だが、事情の分からない者が説得しても伝わることはないだろう。
「だったら、突っかかって来ても適当に流すスキルを磨いたらいい。無意味な軋轢を回避する方法を知っていると何かと便利だよ?」
「へえ、優しい助言。説教されるかと思ってましたけど」
 スタファンが、探るように目を細めて玲史の目を見る。
「説教されたいの?」
「どうでしょう。貴方になら叱られてもいいかな」
 蠱惑的な笑みを浮かべて、玲史の手を取った。
 その表情がゲンドルに少し似ていて、ハッとさせられた。
(イケメンはこれだから……自分の魅力を有効利用しているのだろうけど……)
 だが、玲史が感じる動揺は色気のあるものではなく罪悪感だ。
 ゲンドルの誘いを何度も断ったにもかかわらず、未だ世話になっていることを後ろめたく感じているから、よく似た雰囲気で誘惑するのは心底やめて欲しいと思うのだ。
「君が、変わりたいって思ったら本気で叱ってあげるけど、それは今じゃないよね」
 お人好しの玲史でも分かる変わり身の露骨さは若さゆえなのか、商人の中ではそれが当たり前なのか。
 急にすり寄って来る胡散臭い笑顔に、玲史は苦笑いを返した。
「スタファン、いつまでその手を握っているのかしら? 私の未来の義弟に色目を使うなんて、怖いもの知らずね」
 玲史の背後から現れたブリーが、木の枝でスタファンの腕を押しのける。
「色目だなんて、我々平民が黒真珠様を崇拝しているのはご存じでしょう。第二王子から寝取ろうなんて、そんな恐ろしい事をするはずないでしょう」
「ふん、どうだか……」
 ブリーは枝を焚火に投げ込み、玲史の腕を取る。
「玲兄、薪は十分に集まったから、木の実を取りに行こう。ラウリが穴場を見つけたって」
「お供させていただきます」
 スタファンの言葉に、ブリーから大きな舌打ちが聞こえた。
「そんなに邪険にしないでくださいよ。どうかブリュンヒルド様にも謝罪をさせてください」
「結構です!」
 ブリーに腕を引かれ、レヴィ達とは反対側の森に入っていくと、ラウリが平たい籠に赤い実を乗せて手を振っているのが見えた。
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