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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

36 異世界から来た魔力要員(最終話)

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 鏡の中に映る、侍女が片側だけを編み込み、髪飾りを付ける姿に、半年近く前の自分を思い出していた。
 あの日はセティの色を使った装飾を身に着けていた。
 今、鏡の中に映る玲史は、冬の早朝を思わせる冷ややかな白金と、澄んだ淡い水色……レヴィの髪と目の色の、髪飾り、耳飾り、腕輪に、ネックレスに、アンクレット。思いつく限りの装飾具を身に着けている。
 一緒に贈られた衣装は、紺色のシャツブラウスに、金モールと水色の装飾が施された、白い軍服風のスーツ。レヴィの正装である、白シャツに紺色の軍服と、対照的な色合いで作られていた。
 今日の式典は、瘴気問題の報告と、魔石を再生したことを発表する場だと聞いている。
 王太子の婚約式の為に、王都に多くの貴族が集結していることから、この式典にも今までにない数の者が参加するそうだ。
「レイジー、準備はできたか」
 レヴィが、控えの間に顔を出す。
「準備はできたけど、衣装に着られてないかな?」
「そんなことはない。今日も美しい」
 そう言うレヴィは、最近キラキラ度が増していて、前にエスコートしてくれた時よりも、更に美しくて凛々しい。
「レイジーに話がある、席を外してくれ」
 侍女達は、素早く部屋から出て行った。
 レヴィは玲史の前に跪き、懐から小さな輝くものを出した。
 それは、金と黒のストライプの指輪だった。
「黒姫様に聞いたのだ。貴方の国では永遠の愛を誓う時、薬指に揃いの指輪を着けるのだと」
 左手を取られ、咄嗟に手を引っ込めた。
 これは結婚した夫婦がするものだ。レヴィは遠くない未来に妻を迎えるだろう。子を生し、父として家長として世帯を持つことが分かっている人に、永遠の愛を誓うことはできない。
「これは、結婚した夫婦が身に着けるものだから、受け取れない」
「貴方を一生離さないと言ったはずだ。俺にとっては婚姻と同義だ」 
「レヴィは、いずれ高貴な女性を娶らなくてはいけないでしょ」
「そのつもりはない。俺の想いをそんな軽いものだと思っているのか」
 声が低くなる。ここで意地を張っても仕方ない。
「ごめん、そうじゃなくて……ごめん。やっぱりください」
 左手を出す。薬指にはめてくれた指輪は、ネックレスを外してチェーンに通す。
「指輪は苦手なんだ。肌身離さず身に着けるよ。ありがとう。嬉しいよ」
 次の言葉を言わせないように早口でまくしたて、シャツの胸元に入れてボタンを留めた。
 そんな玲史の態度に、レヴィは奥歯を噛み締めて唇を横に引き結ぶ。
 気まずい雰囲気のまま、表情を消したレヴィにエスコートされて、式典の行われる大広間へと向かった。

 壇上では、封印の術者6名が中央に立ち、その両脇に関係者が集っている。
 宰相からは、魔石の解呪と封印についての説明があり、瘴気の原因が始祖王の呪いだったことや、フロスティ公爵家が呪詛に触れて扇動していた点についてもつまびらかに語られた。
 公爵家が? 王が自ら危険な場に? そんなどよめきが幾度となく起こる。
 王からの言葉の後に、魔術省と貴族院の代表から、術者への労いの言葉が贈られて、式典は終了した。
 隣に立っていたレヴィに、ぐいと腰を抱かれて、エスコートというよりも連行に近い状態でパーティー会場へ連れて行かれる。
 強引で、こちらに合わせようとしない態度は、機嫌の悪さを見せつけているようで大人げない。文句を言いたいところだが、指輪をはめることを拒んだことが後ろめたくて、今は何も言えない。
 何も考えずに、好きな人と結ばれたことだけを喜べたら、どんなに良いだろう。
 いつか終わりが来る恋だと割り切ったつもりだが、そこまで楽観的にはなれなかった。
 こんなことで悩む自分は嫌だ。
(今を大切にするって何度も自分に言い聞かせているのに、なぜ、ままならないんだろう)
 パーティー会場に入った途端、玲史とレヴィの周りに人々が群がる。
 封印に参加した魔術師達からの賛辞に答えているうちに、レヴィは第一騎士団に連れて行かれた。
 レヴィは騎士達から次第に貴族に囲まれ始め、彼らは同伴した娘を熱心に売り込んでいる。
 ヴァナディスが消えたことで、次の婚約者へと立候補する貴族が増えたのだろう。
 溜息が出そうになる息を飲み込み、目の前の会話に集中した。
 それからどれくらい経っただろう。
 唐突に腕を引かれ、振り向いたら、それはレヴィだった。
 強引に「失礼する」と言ってその場から連れ出される。
 玲史を連れて正面に立ったレヴィは、楽団に合図をして音楽を止めさせた。
 ざわめきも止まり、会場の視線が集中する。
「第二王子、レヴィティーン・ハル・ラグリスから皆に報告がある」
 静かだが良く通る声に、皆は佇まいを正す。
「私は、ここにおられる異世界からの客人、ナヴィ卿と婚姻と同義の誓いを交わした」
 思いもよらない報告に、会場がざわつく。一部の者は、そんな事は知っているとばかりに頷いた。
 玲史は、突然の暴露にギョッとして頬を引き攣らせる。嬉しさよりも困惑が先に立つ。さすがにここで余裕の笑みは無理だ。心を落ち着かせるために、深く息を吐く。
「幼き頃より、私には強大な魔力と共に得体の知れない黒い影が付きまとっていた。知っている者もいるだろうが、私は一度、魔力暴走で惨事を引き起こしたことがある。暴走すれば、大切な者の命をも簡単に奪う力だ。それを今回、始祖王に触れた時に確信したのだ。この、始祖王の呪われた濃い血は決してつないではいけない。妻は持たず子も生さず、兄である王太子が王になった時には臣下となり、国の為、国民の為にこの力を使うと決めた」
 セティが、笑顔を貼り付けるのも忘れて、飛び出そうとしたところを、王が引き止めた。
「そして、異世界からの贈り物、我が国の宝、黒真珠を、生涯をかけて守ることを、この場の皆の前で誓う」
 レヴィが王に視線を向けると、彼は静かに頷いた。王の許可は得ていたようだ。玲史は、胸を撫で下ろす。
「始祖王に襲われ瀕死の重傷となりながらも、自らの命を顧みず、その真実を聞き出し、封印の謎を解いたのは、黒真珠この人なのだ。そして、封印の魔力を高める為に、自国に帰るための転移魔術の道を、躊躇うことなく閉じ、何の所縁もない我が国の為に戦ってくれた。また、操られていたとはいえ、自分を襲った者をも治癒する優しさ。黒真珠とは、決して替えの利かない尊い存在なのだ。害するものは、この手で処する。それを皆に宣言する」
 動揺から立ち直ってはいないが、とにかく顔の筋肉だけで笑顔を作り、会場を見渡してからゆっくりとお辞儀をした。
 静まり返った会場の人々は、どう判断すべきか戸惑っているようだ。
(そりゃそうだ。急にそんなことを言われても、俺だって受け止めきれない)
 その時、ブリーがレヴィの元へ歩み寄る。
「皆様、ごきげんよう。私は王太子の婚約者、ブリュンヒルド・スカビズと申します。私は、未来の義弟の宣言を全面的に擁護いたします。現在、王家の王位継承者は王太子殿下とレヴィ殿下のお二人。今後の後継者問題に不安を感じる方もおりましょう。ですが、安心してください。我がスカビズ公爵家は多産の家系。しかも兄が4人もおります。王子を中心に、5人でも10人でも産むので、スペアなど必要ありません」
 胸を張って声高らかに宣言する未来の王妃に、会場からは、「おお……」と、どよめきと拍手が聞こえてきた。
 宰相である父は、娘を誇らしげな眼差しで見守っている。
 勇気を出して出てきてくれたのは嬉しいが、公爵令嬢としてあの発言は止めなくて良かったのだろうか。
 セティもまた、婚約者の姿を呆気にとられて見ている。だが、その表情は、面白いおもちゃを見つけたような笑みに変わった。
 セティからのブリーの扱いが、おかしな方向に進んで行かないことを祈る。
 妹分の愛に溢れた、令嬢らしからぬ行動で、いつの間にか肩の力が抜け、玲史は自然な笑みを取り戻していた。

 レヴィの宣言を受け、祝福の言葉を伝えに来る者が、入れ代わり立ち代わり二人の周りを囲んでいる。
 おめでとうと言われても、玲史にはまだ実感が湧かない。
 王族であるレヴィが、妻を持たない、子を生さないという選択が、本当に許されるのだろうか。
 ふと、視線を人垣の外に向けたら、塔の魔術師が何やら人々を一列に並ばせている。
「あの、あの、始めて、いい?」
「え、あ、うん」
 ディースに聞かれて、思わず頷いたら、その列をこちらに誘導してきた。
「並ぶのは、一人、一回だけ。握手も、一回だけ。長く、話すのは、ダメ、です」
 初対面の若者が、おずおずと手を伸ばしたので、咄嗟に握手をする。
「初めまして、お、応援してます!」
「ありがとうございます」
 若者が去ると、次に並んでいた若者が進み出てきた。
 デジャヴを感じているうちに、握手会が始まる。
 レヴィは監視員よろしく、隣で目を光らせている。
 離れたところで、ブリーがこちらを見て吹き出しているのが見えた。後で、公爵令嬢の仮面が剥がれていたと言ってやらなくては。
 最期に、塔の魔術師達の相手をして、握手会は終了した。
「レヴィ殿下、ライバルが多くて参るな?」
 声を掛けてきたのはゲンドルだった。
「泣かせたら俺が貰うという約束だったが」
「そんな約束はしていません」
 ゲンドルの好戦的な笑みに、レヴィの目つきが変わる。
「そうだったか?」
「泣かせるようなことをしたことは、反省しています。でも、もう次はないので」
「まあ、いいさ」
 そして、甘やかすような笑みを玲史に向ける。
「前に言ったことは、冗談じゃあない。レイジ、誰の隣で生きていくのが、お前さんにとって本当に幸せなのか、良く考えて決めるんだ。俺はいつまでだって待っているからな」
 そう言って背を向けるゲンドルを、慌てて追いかけた。
「待って、ゲンドル、俺はレヴィと……」
 玲史はレヴィと生きていくと決めている。もしも許されるなら、一生彼のそばに居たい。
 振り返ったゲンドルが、玲史の唇を指で触れて止めた。
「その先は言うな。待つと言ったんだ」
「でも……」
「せいぜい、罪悪感に悩まされろ」
 片目を閉じて、悪戯な笑みを向けて去って行った。
 玲史に追いつき隣に立ったレヴィが、乱暴に肩を抱き寄せた。
 そのまま引きずられるように連れて行かれたのは、会場に面した庭園だった。
 レヴィに促されるまま、会場の灯りが微かに届くベンチに腰掛ける。
 肌寒さを感じてくしゃみをする玲史に、レヴィが上着を掛けた。
 レヴィの体温に包まれ、その温かさにホッとする。
「その指輪を、つけてはくれないか?」
 切羽詰まった声色の懇願に、玲史の胸が痛くなる。
「さっきの宣言で、全ての者に認められるとは思っていない。だが、これから時間をかけて認めさせる。俺に適当な女を宛がうのと、貴方と一緒にこの国の為に生きるのと、どちらが有益かを分からせてやる」
 レヴィは玲史の肩を掴み、俯く玲史を正面から見つめる。
「どうせ貴方も、俺が兄上の言いなりになって、貴族の女を娶ると思っていたのだろう」
 図星を指された玲史は「ごめん」と小さく頷く。
「俺は貴方を伴侶とすることを諦めない」
 顔を上げたら、真摯な瞳に捕らえられた。
「貴方は俺に惚れている。そうだよな?」
「愛しているよ」
「だったら貴方も、俺を諦めるな」
 喉の奥が苦しくなって、涙が溢れた。
 本当にそれが許されるのだろうかと思っていた。だけど、玲史の愛する人は、認めさせる、分からせると言った。
 ああ、そうかと腑に落ちた。
 終わる日を待つのではなく、永遠の幸せを、二人で掴みに行くのだ。
 レヴィは、玲史のネックレスから指輪を外し、左手を取る。
 今度は振り払ったりしない。
 玲史の薬指に指輪をはめると、自分も指輪をはめて手をつなぐ。
「俺も、レヴィを諦めない」
 見上げたら、額に口付けが落ちてきた。
 それが簡単な道ではないことは、分かっている。
 それでも、この人と一緒だったら何とかなると思わせてくれるのだ。
 玲史にも、やってやろうじゃないかという気概が溢れてくる。

 封印の日を境に、黒真珠信者は鼠算式に増殖していた。
 市井にまで黒真珠伝説が広まりつつあることを、数日後には、玲史も知ることになるだろう。

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 これにて本編は終了です。
 エピローグは、両想いイチャです。
 
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