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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

34 公爵令嬢ヴァナディスの世界

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 母と茶会から戻ったら、武骨な騎士達に屋敷を取り囲まれていた。
 部屋の前にも、ヴァナディスを守る為ではなく、監視する為の騎士が立っている。
 魔石の間の鍵も取り上げられた。
 だが、ヴァナディスは気分が良かった。
「あんなものが無くても、魔石の間に入れるのに、馬鹿な人達」
 ラグナロケル始祖王に教えてもらった地下通路なら、人に会わずに魔石の間に行くことなどは造作もない。
 もちろん部屋の前に立っていた騎士達は呪術で眠らせた。
 そして今日、ヴァナディスの夢が叶う。
「15歳の時に初めて声を掛けていただき、氷のように美しく、鋼のように強い力と精神に、一瞬で身も心も奪われた。ああ、レヴィティーン殿下、私のレヴィ様」
 レヴィと結ばれるはずだった縁は、突如白紙に戻された。それでも、フロスティ公爵家ほど似合いの家柄は他にないと、ヴァナディスは再び結ばれることを信じていた。
「お父様にお任せすれば愛しいあの方は王になる。私は王妃になるべくしてこの世に生を受けたのに、突然現れたあの痩せっぽちで小汚い黒ネズミが邪魔をして……」
 ヴァナディスは、奥歯をギリギリと噛み締めた。
「憎らしい男! ベタベタとレヴィ様にすり寄って、卑しい下僕の分際で私にその姿を見せつけて!」
 でも、あの男が我が物顔でのさばるのも今日で最後だ。愛しい人を手に入れて、ヴァナディスは王妃となるのだ。
「魔石の間で始祖王様に見初められた日から長かったけれど、今やっと願いが叶うのよ」
 暗い通路を灯りもなく進む。
「そうだ、哀れなヴァナディス、可哀想なお前を救ってやろう」
 以前は頭の中で響いていた声が、今はヴァナディスの口から紡がれている。低く不思議な発声だが、自分の声だ。
 ついさっき、魔石の間でこの身に宿した。ヴァナディスに知恵と力を与えてくれていた偉大なるお方だ。
 頭の悪い大人達が床をぶち抜いてくれたおかげで、封印を壊すのは簡単だった。呪詛を纏わせた魔力を注いだら、魔力のほとんど残っていない6柱の魔石は粉々に砕け散った。魔石からは始祖王の思念が黒い靄となって抜け出し、ヴァナディスの体に吸い込まれたのだ。
「これで私は無敵だわ! あの黒ネズミをくびり殺してやる!」
「馬鹿者、無敵なものか。お前の嫌いな黒ネズミの魔力を吸いつくして、今度こそ儂がレヴィティーンに乗り移るのだ。そうしたら何度でも番ってやるから騒ぐな」
 始祖王は思い返した。そもそも、レヴィを取り込めば完全体になれるはずだったのに、婚約は白紙に戻り接点が無くなってしまった。
 その上、ヴァナディスの浅知恵で無駄に引っ掻き回された。嫉妬に駆られ、余計なことをするから、狡猾な兄王子に尻尾を掴まれ、危うく封印されるところだったのだ。
(使えない女だ)
 女も、女の父親もである。
 始祖王は心の中で舌打ちをした。
 魔獣は呼んでも来ないし、レヴィには幼い頃から何度も憑りついているが、愚鈍なまでの頑なな精神に跳ね返されて入り込めなかった。せっかく呼び寄せた異世界人は、幾重にも神の加護があり手が出せない。
 時期尚早ではあるが、今しかない。この体を使って本懐を遂げるのだ。
 女の体はふにゃふにゃで扱いにくく、魔石から離れたことで、本来の力がごっそりと削られた。だが、この体の魔力を吸い取ったことで、幾らかは魔術も使えるようだ。なによりも、不可能を可能にする執念が凄まじい。
 人間と同化したばかりで、体も思考も追いつかないが、始祖王のやることは決まっている。
 異世界人を捕まえて魔力を奪う。そして、その無尽蔵な魔力を使ってレヴィに乗り換え、ラグナロケル王として復活するのだ。
「まずは武器だ。宝物庫へ行くぞ」
 ヴァナディスの記憶では、戦闘に特化した魔道具や魔石が多数あるはずだ。
 長い廊下を進み、最奥の間にたどり着くと、そこには二人の騎士が扉を守っている。
 始祖王はヴァナディスの拳をきつく握り、思い切り振り上げて騎士の頬を殴った。
 倒れかけたところを、腹を蹴り上げる。
「何者だ!」
 一人の騎士が沈んだところで、もう一人が剣を抜いてヴァナディスに向ける。
 貴族の令嬢に危害を加えることを迷った騎士に、僅かな隙ができた。
 ヴァナディスは、悠然と進み出て剣をすり抜け、腹に拳を打ち込む。
 ゴキ……堅い物に当たる音に手を見ると、ヴァナディスの拳から血が流れ、腕は途中で不自然に曲がっている。
「ああぁぁぁー!」
 経験したことのない痛みに、ヴァナディスの意識が遠のいていく。
 加減ができずに、こちらの骨が折れてしまった。だが、折れた腕を治す魔力が惜しいので、治癒は行わない。
 すっかりヴァナディスの意識を乗っ取った始祖王は、バランスを崩して膝をついた騎士の頭を、間髪入れずに蹴り飛ばす。
 騎士の剣を奪おうとするが、バチッと弾かれて手に取れない。所有者限定の魔術が施されていた。
「小賢しい魔術を……まあいい、ここには儂の剣があるはずだ」
 宝物庫の鍵を熱で溶かして、扉を開ける。
 薄暗い室内には、魔石や魔道具が陳列されていた。
 その中の、小振りだが強く輝く魔石を掴み、飴でも舐めるように口に放り込む。次々と飲み込み、20個ほどあったそれを全て腹に納めたが、始祖の魔石とは比べようもない。
「全然足りん」
 更に進み、黒い鎧を見つけた。光沢のある鎧は、魔獣の革で出来ており、魔力を発している。
 始祖王は、ヴァナディのドレスを破り捨てて、コルセットの上から鎧を身に着けた。
 近くに始祖王の剣を見つけ、収納されていたガラスを壊して剣を手に取る。折れた利き手は使えないが、生身の人間ならば左手で十分だ。
 剣は腰につけ、扉の前で蹲る騎士を踏みつけて、城外に出る。
 その足で魔術省に乗り込み、室内にいた4人の若い魔術師に次々と拳を見舞い、弱ったところに呪詛で意識を奪う。
 異世界人に、始祖王が直接的に危害を加えることはできないが、操られている者ならば手を出せる。
 浅はかな小娘の行動には腹立たしいが、悪い事ばかりではなかった。彼女が呪詛で城の者達を操ったことで、それが可能だと分かったからだ。
 今の始祖王ならば、ヴァナディスと、ここにいる操り人形を使ってどうとでもできる。
 昏倒した魔術師達の顔に掌をかざすと、4人はよろけながら立ち上がり、フラフラと始祖王に続く。
 そこに、扉を開けて入って来たのはユーハンだった。
 身構えるユーハンよりも、手をかざして呪詛を送る始祖王のほうが早かった。
 何の抵抗も出来ないまま、ユーハンの瞳が虚ろに変わる。
「異世界人の居場所へ案内せよ」
 始祖王の言葉に、ユーハンは虚ろな瞳のまま頷いて、城外に向かって歩き始めた。
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