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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

13 宴

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「なあレイジー、朝と何か違うよな?」
「分かる? ゲンドルに治癒魔術で肩こり腰痛その他諸々、治してもらったんだ」
 帰宅したアンディに、首や肩を回して見せる。ついでにスクワットをして体の軽さを証明する。
「それだけか? 髪とか肌が輝いてるよ。ちょっとメガネ外してみて」
 アンディは、玲史のメガネを両手でそっと取り、溜息交じりの声を上げる。
「ああ、やっぱり、レイジーは綺麗だな」
「治癒魔術を受けたのに、なぜ目を……」
 横から会話に加わって来たレヴィの頭を、アンディが抱えるように押さえて口を塞ぐ。
「んん……」
「良いんだよ、このままで……余計な事は言うな」
 二人でコソコソと言い合っている声は聞こえないが、フレームレスのメガネは華奢なので、早く返してほしい。
「アンディ、メガネ壊さないでよ」
「ああ、すまん」
 メガネをかけ直したら、こちらをじっと見ていたレヴィと目が合った。
 訝し気に見詰めるレヴィに微笑んだら、顏ごと目を逸らされた。
「来週は、王城で労いの宴がある。ナヴィ卿は主賓だから心しておくように」
 早口で言って、背を向けて部屋を出て行くレヴィの言葉に、アンディが付け加える。
「貴族のパーティーと違って、堅苦しくない飲み会だから気楽にな」

 王太子の提案で、宴には、召喚された時に着ていた白衣で参加することにした。
 召喚するのは若く美しい女性だと信じて疑わない者達が、召喚が失敗だったと主張していることは、ゲンドルに聞いて玲史も知っている。
 だから、召喚に携わった者を労う宴ではあるが、召喚の成功をアピールする場も兼ねているのだ。
 おあつらえ向きに、黒髪黒目に白衣とメガネという姿は、国民が思い描く異世界人のイメージそのものであった。
「異世界からの客人、ナヴィ卿。どうぞこちらへ」
 広間の両脇に食事や飲み物が並ぶ立食形式の会場を、レヴィに付き従い主賓席に向かう。賛美と好奇と嫌悪の眼差しが入り乱れ、会場の全ての者が玲史を見ている。
 緊張はするが、注目を浴びることには慣れていた。
 中央に王が、右に王妃と王太子、反対側の高貴な女性は側妃だろうか。その隣にレヴィ、玲史が横並びに立つ。
 玲史達から少し離れて魔術省の上層部が、その後ろには塔の魔術師達が背伸びをしたり人垣の隙間を覗いたりして見ている。子供っぽい様子につい笑みを向けたら、彼らは顔を見合わせてソワソワし始めた。余計なことをしてしまったかと真面目な顔を作り直し、正面に視線を戻した。
 途中で目に入ったユーハンは見なかったことにする。
「――など、魔力の補充だけでなく、『ナヴィ式癒しの術』をこの国にもたらしてくださったのです。ナヴィ卿の功績に大きな拍手を!」
 宰相の言葉に、大きな拍手が起こる。
 自分が褒め称えられていたのだと気付き、笑顔で軽く会場を見渡してからゆっくりと礼をする。どよめきが起こり何事かと思えば、拍手が更に大きくなった。異国の礼、お辞儀が珍しかったようだ。
 その後、王からも、魔術省と玲史に短い労いの言葉が送られ、「皆で楽しむように」と、妃達と共に退席して行った。
 王太子の声掛けで給仕が飲み物を運び始めたら、招待客達も各々飲食を始める。
「私は皆に労いの言葉をかけて回るから、ナヴィ卿はアンディと食事を楽しむように」
 相変わらず不機嫌寄りの無表情だが、数日の間に優しい言葉をかけてくれるようになった。
 思春期だった甥の成長を見守っていた頃のようで感慨深い。
「お心遣いありがとうございます」
 心からの笑みで答えたら、レヴィはハッとしたように目を見開き、そのまま背を向けて行ってしまった。
(まだ、ぎこちないんだよな。アンディみたいに……は、王子様に失礼かもしれないけど、もう少しだけ自然に接してくれたらいいんだけどな)
 主賓用の壇から下りて、アンディを探そうと視線を走らせたら、うっかりユーハンと目が合ってしまった。軽く会釈をして通り過ぎようとしたら、わざわざ目の前に立たれた。
 彼は片手の指先まで包帯を巻いており、頬にも傷がある。先日の押し合いが乱闘になったのかと罪悪感を感じたが、片側の髪が焦げたように短くなっており、頬の傷も火傷痕のように見えた。
「ごきげんよう、副省長様」
「お前は主賓席でご機嫌なようだな。私は転移者様が言い出した研究のおかげで爆発の被害にあってこの通りだ」
「それは、大変でしたね……」
 ユーハンの顔色が変わる。ブチっとキレる音が聞こえた気がしたが、どう答えるのが正解だと言うのだ。
 玲史であれば火傷程度の治癒は造作ないが、大人しくやらせるはずがない。癒しの術ならば何もしないより効果はあるが。
「入浴剤と薬草の抽出液を混ぜると効果が上がります。もし良かったら塔の魔術師の……」
「素人が、他人の知識を恥ずかしげもなく、よく自分の物のように大きな顔で言えたものだな。そもそもこの宴で労われるべき人間は、召喚魔術の魔法陣を構築し、命を賭して行った我ら魔術省若手の六名だと言うのに、なぜ名前だけの隠居とお前のような者が優遇されている。私は認めないからな」
 認めないのは結構だが、嫌いならわざわざ絡まないで欲しい。この人に無視するという選択肢はないのか。最近玲史の十八番になっている謝罪の言葉、「申し訳ございません」と声を出そうとした時、肩に温かい腕が回された。
「飯が不味くなる」
 引き寄せたのはアンディだった。
「お前、いい加減うるさいよ。終わったことをグズグズとしつこい」
 言われたユーハンの目が血走って、元は綺麗な顔が鬼のように歪む。庇ってくれるのは有難いが、火に油を注いでしまったようだ。
「フィヨルギー! 田舎貴族の三男坊が何様のつもりだ! お前など運よく乳兄弟として近くにいたから登用されただけの筋肉馬鹿ではないか! 私は上位貴族として決して多いとは言えない魔力を、レヴィ殿下と共に血の滲むような訓練で極限まで伸ばし、魔術以外の勉学も殿下と肩を並べてここまで来たのだ。お前のような運だけでそこにいる奴や、遊び半分で魔術省に口出ししてくる、失敗の異世界人など、私は絶対に認めない!」
「ユーハン、そこまでだ」
 レヴィが玲史達の前に立つ。
「しかしレヴィ殿下!」
「ユーハン、つまらぬことで目立つな。お前は研究塔の責任者という重責を任されたのだ。言葉ではなく、その成果で実力を証明して見せよ」
 ユーハンは奥歯を噛み締めて堪える。
「ユーハン? 私の言葉は間違っているか?」
「いえ……」
 二人の周りに、いつの間にか人が集まっている。
 その中から、一人の男が玲史の腕を掴んで人垣から連れ出した。
「レイジ、律儀に因縁を受け取らないで、もうちょっと上手く逃げような」
「ゲンドル! 本当に助けに来てくれたんですね」
 渦中から玲史を攫ったゲンドルは、片目を閉じて薄く笑う。
「守れない約束はしない主義でね」
「カッコイイ……」
 見た目が美しいだけでなく、言う事もイケメンで憧れる。今まで玲史の周りにこんな素敵な上司はいただろうか。無茶ぶりばかりしてくる元上司を思い出し、もう会う事もないのだと頭から追いやった。
 ゲンドルは、玲史の姿を隠すように肩を抱き、騒ぎの対極に進んでいく。
 そこにいたのは王太子と、柔らかな金髪に緑の瞳の人形のように可愛らしい少女だった。
 彼女は期待に満ちた顔でこちらを見ている。
「やっと紹介できるね。婚約者のブリュンヒルド・スカビズ嬢だ」
 セティの紹介で、彼女はドレスをつまんで優雅に膝を折る。
「どうぞよしなに。ブリーとお呼びください」
「ブリー様、ご丁寧にどうもありがとうございます。私はレイジ・ワタナベと申します。ナヴィとお呼びください」
「ワタナベ様、私も異世界の事をお聞きしたいですわ」
 久しぶりの「渡辺」に驚いた。綺麗な発音で苗字を呼ばれたのは、この国に来て初めてだった。
 ハッとする玲史に、ブリーは意味ありげな笑みを浮かべる。
「セティ様、ナヴィ様をぜひお茶会にお誘いくださいませ」
 可愛らしく婚約者を見上げる。それ以降、彼女の口から「渡辺」と呼ばれることはなかった。
 王太子の従者が甲斐甲斐しく食事を運んできてくれたおかげで、空腹のまま過ごすことなく宴は続いている。
 王太子カップルと、ゲンドルに両脇を固められた状態で食事をしているせいか、玲史に声をかけてくる者はいない。
 賑やかな会場の中、レヴィは客達に声を掛けて回っているようだ。口下手な王子様が、何を話しているのか聞いてみたい気もしたが、彼の事だから実直な言葉で労っているのだろう。ついつい、父兄のような立ち位置で見てしまう。
 デザートの果物を食べ終わった頃、塔の魔術師達が集まって来た。
「静かにできない子は退場だからね」
 セティが目だけ鋭く光らせて笑顔で言うと、一斉に喋り始めていた魔術師達が、「一人づつ」「順番に」と言いながら並び始めた。
「く、く、く、黒真珠様……」
 化粧瓶を倒した魔術師が玲史に手を伸ばしてきた。小さな子供が、目の前の物に無造作に触れる仕草に似ている。セティに咎められそうだったので、咄嗟に彼女の手を取り握手をした。
 黒真珠と言う呼び名はどうかと思ったが、嬉しそうにしているので水を差すのはやめておく。
「我にも、黒真珠様の、ハンドパワーを……」
 髪に羽飾りを付けた彼が、続けて握手を求める。
 そうして、なぜか一言話して握手をするという流れができていた。
 塔の魔術師の後には、いつの間にか面識のない人達も並んでいる。
 人々の間から、振り返るレヴィと目が合う。「何をやっているんだ?」という表情のレヴィに、「私にも分かりません」と、首を傾げて肩を竦めて見せた。
 レヴィから返された困ったような笑みが妙に優しくて、なぜだか温かいものが胸に溢れる。
 アイコンタクトでの会話も感慨深いが、気を許してくれたような表情が何よりも嬉しい。
 さっきは、ユーハンに絡まれたところを、真摯な態度で仲裁してくれた。それが義務ではなく、気遣いなのだと玲史には伝わった。不器用だが優しい人なのだ。
 セティに頼まれたからではなく、自ら彼の支えになりたいと思った。
 今夜は、塔の魔術師の試作品を使って、今まで以上のサービスしてあげたい。

 握手会が一通り終わった頃、なぜかまた塔の魔術師達の順番が回って来た。
(え、何回も並ぶの? 何のゲーム?)
 だが、彼らが楽しそうなので、深く考えるのはやめて笑顔で握手をする。
「ファンサ……」
 馴染みのない言葉と共に、ブリーが堪え切れずに小さく噴き出していた。
「君達、面談は一人一回だ。今日は終了。戻りなさい」
 王太子の言葉に、塔の魔術師達はすごすごと退散して行った。
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