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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します

12 研究塔と言う名の魔窟

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 玲史が考案したマッサージや薬草を用いた施術は、『ナヴィ式癒しの術』と正式に命名され、魔術省の第三執務室がある研究塔で開発と実験が行われていた。
 治癒魔術後の経過が思わしくない患者や、虚弱体質や不定愁訴にも効果が期待され、多くの研究員を割り当てることになったと聞いている。
「貴方には、外部協力者として意見を貰えれば十分なので、面倒なことは塔の魔術師に全部任せて。彼らには深く関わる必要ないからね」
 またしても長い通路を延々と歩きながら、王太子はにこやかに微笑みかける。
 ゲンドルからも、オブザーバーとして気楽に参加すればいいと言われている。
 そうは言うが、玲史が発案者で、しかもナヴィ式などと頭に付けられてしまった以上、関わらないわけにはいかない。
「研究者には、進捗状況をお伺いしたいです。試したこと全てと、その中の成功例と失敗例をどちらも。それと、今後行うスケジュールなども確認させてください。その内容によっては、私からすぐに助言できることもあるでしょう」
「到着までに準備を」
 セティが正面に向かって声を掛けると、空気が動いて微かな声が聞こえた。
「御意」
(これ便利だな。俺にも一人、付けてくれないかな)
 玲史はスマートフォンの音声アシスタントを連想した。そうなると、質問にも答えてくれる機能……もとい、業務も依頼できるといい。
「ナヴィ卿と話していると本当に楽だな。以前、貴方に甘えて何でも話してしまいそうになると言ったでしょう? それだけではなくて、こうして仕事の話をしていても全く苦痛を感じることなく、寧ろ楽くなってくる」
 お国柄なのか、ここに来て出会ったほとんどの人々の時間軸が、玲史とは異なりのんびり動いており、合理的に行うという概念が薄い。面倒だろうが、手間がかかろうが、誰も気にしていないのだ。
 だが、王太子だけは玲史と同じ社畜の匂いがする。執務室の書類の山がそれを物語っていた。彼には、ついでに徒歩での移動が長すぎることにも気付いてほしいが、文官の運動不足を防ぐためには続けた方が良いのだろうか。
「今度、合理的な仕事の進め方など、話し合えたらいいですね。私が知っていることをお伝えして、セティ殿下の業務が楽になるのであれば、いくらでも協力させていただきますよ」
「本当? この後はどうかな。研究塔の訪問はさっさと切り上げて、僕の執務室に来ないかい?」
「私は基本的に暇なので、いつでもお声かけください。でも、今日の訪問はしっかり行いましょう」
 目を輝かせる王太子にくぎを刺す。

 更に森の中を進んでいくと、やっと塔の先端が見えてきた。高くそびえる灰色の塔は、近くで見るとこれだけでも一つの城と言っていいくらい大きい。
 門も門番もなく、黒い鉄製の大きな扉だけが存在を主張している。その扉にセティが手を翳すと、重い音を立ててゆっくりと自動で開いた。
「静脈認証?」
「ん? それはなんだろう。これは魔力で登録者を判別する魔導具だよ。私は全く魔力が無くてね。指輪に先生の魔力を付与してもらい、反応するようにしてあるんだよ」
 魔力が無いという言葉に引っかかりを感じた。王太子の座を譲りたい件と関係があるのだろうか。一旦、胸に留めてセティに続いて塔に入っていく。
「静脈認証というのは、掌の血管の配置を認識させて個々の判別に使うシステムの事です。掌の静脈の模様は皆異なるので、それを利用しています。掌を翳すだけなので、こちらは魔力を使いません」
「面白い物があるんだね。他に何か……」
 王太子が言いかけたところで、白い物体がわらわらと近寄って来た。
「ナヴィ卿……」
「黒真珠の君……」
「あの、あの……」
 取り巻く者達にセティが珍しく眉を顰め、大きく息を吸った。
「待てぇ! 先ずは挨拶っ! 一列に並んで!」
 訓練場のアンディより迫力のある、優し気な王太子からは想像できない鋭い号令に、白い物体が一列に並ぶ。
 それは、白いローブの魔術師達だった。個性的な容姿の五名が、玲史の前に一列に並ぶ。
「ようこそいらっしゃいました。今日はよろしくお願いします」
 それぞれ胸に手を置き、膝を折る。言葉も動作もバラバラで不格好だが、セティの指示通り何とか挨拶を済ませる。
「こちらこそよろしくお願いします」
 玲史は、珍妙な集団に丁寧にお辞儀をした。
 義務は果たしたとばかりに、魔術師達は我先に実験成果を持ち寄って再び玲史を取り囲み、口々に話し出す。
「一斉に喋らない! 順番に並べ!」
 若干巻き舌でセティが言いながら指差したら、その方向に向かって素直に並び出す。勝手気ままに動く魔術師達だが、王太子の言う事は聞くらしい。
「我、作った、魔石ブラシ……」
 最初に来たのは、頭に色とりどりの羽飾りをつけた、長い銀髪の青年だった。
 彼は片言で馬のブラシを押し付けてきた。魔道具に魔石を入れて癒し魔術を放出するものだが、片手に持った木箱には、大小様々なブラシが入っていた。
「失敗、ない。好きな大きさ、好きな出力。選ぶだけ」
「素晴らしいですね。安全性が証明出来たら、多くの方に実験してもらいましょう」
 そこに、栗色の髪を床まで伸ばした長身の女性が割り込んで来た。 
「わ、わ、わ、私は……け、け、け、化粧品を……」
 美容液やヘアローションを研究してくれていたのだろう。近くの机に腕を引かれて行ったら、並んでいる瓶の一つを取ろうとして、瓶をボーリングのピンのように倒してしまった。慌てて触ったことで更に四方に弾き飛ばされた瓶を、床に落ちる前に王太子と一緒に拾って回る。コントか?
 玲史は、笑いそうになるのを堪えて、優しく微笑みを向ける。
「フィヨルギー家に届けるよう手配してもらえますか? 試してみます」
 頬を染めて、首が飛んでいきそうなくらい激しく何度も頷く彼女に、王太子が最後の一本を渡した。
「ナヴィ卿、この者達はいつもこんな様子だけど、大丈夫かな?」
 申し訳なさそうなセティに、笑顔を返す。好きなこと以外に全く興味がないだけの、ちょっと変わった魔術師なだけだ。慕われているのを感じて、既に愛着が芽生えている。
「問題ありません」
 次は、金髪を細かい三つ編みにしたレゲエヘアの男が、台車に乗せた四角い枠を持ってきた。
「スライム使って作ったら、すんごいの、すんごいのできて興奮する~! ウォーターベッドなんて、すんごいの考えたね。黒真珠ぅ!」
 玲史の肩をバチバチ叩いてきた。間髪入れず、セティがその手を叩き落とす。
「はい、勝手に触らない」
「すんません」
 途端にシュンとした。完全に調教? されている。
「スライムとは、水の雫型のぷよぷよしたものですか? 制御可能ですか? 癒しの魔力を出しながら波で体をマッサージしたいのですが、どうでしょう」
「雫型ではなくゲル状の魔物です。どんな動きが適当かが難しいですが、スライムは使役しているので制御は簡単です」
 口調も大人しくなり、真面目な好青年に変わってしまった。
 そこに、奥のドアから白ローブではない青年が出てきた。事務職員だろうか。
「王太子殿下、至急執務室に戻るよう伝令が来ております」
 セティは溜息を吐いて、男に頷く。
「ナヴィ卿、最後までついていてあげたかったけど、すまないね。すぐに先生を呼ぶようにしよう」
 玲史に苦笑を見せると、魔術師達に向き直る。
「君達、ナヴィ卿に、決して! 決して! 迷惑をかけないように」
「はい!」
 魔術師達は元気に返事をした。セティはそれでも心配そうに振り向きながら帰っていった。
「……ゅさま……」
 小さな声で話しかけてきたのは、わたあめを被ったような髪型の、小柄で幼い容姿の魔術師だった。癒し効果のある薬草の成分を抽出しているそうだ。耳元でやっと聞こえるような小さな声で、完成したらフィヨルギー家に送ると話す。
「もしよかったら、私にも抽出を教えてください」
 彼は頷きながら、満面の笑みを返してくれた。
「あの、あの……」
 後ろから袖を引っぱる爪の長さにギョッとする。鼠色がかった爪が、先に向かって巻いている。
 彼が何かを言おうとした時に、バンと大きな音を立てて、居丈高な男が入って来た。
「騒々しいから何事かと思えば、お前か!」
 王太子に左遷された男、魔術省副省長ユーハンは玲史の前に立ち、腕組みをして見下ろす。
「失敗の転移者様、こんな所に出しゃばって来てまで、この変人達にちやほやされたいのか?」
(最初からヒートアップしている相手にはどうしたらいいでしょうか?)
 玲史は謝る事を選択する。
「副省長様、お騒がせして申し訳ございません」
「悪いと思うなら帰れ!」
 そう言って玲史の肩を押した。帰れと言われても、まだ仕事は終わっていない。ここで追い出されたら困るのだ。
「ご迷惑をお掛けする前にお暇したいのですが、まだ話し合いの途中でして」
 その瞬間、ユーハンの眦に赤みが差し、眼差しが憎悪に変わった。
「口答えとは! 偉くなったものだ!」
 玲史に手を伸ばすユーハンに、鳥の羽の男が飛び掛かって腕を押さえる。
「暴力、ダメ!」
 続いて他の魔術師もユーハンに掴みかかった。
「おい、やめろ! こんなことをして、お前達っ! どうなるか分かっているんだろうな!」
 塔の魔術師達はユーハンを取り囲んで腕や服を掴み、訳の分からないことを喚いたりブツブツ言ったりしている。
 止めるべきかと進み出たら、長い爪に袖を引っ張られた。
「あの、今日は、もう、無理、だね」
 困った顔で、飴のような包みを出してきた。
「あの、フォルセティーン、好き?」
「セティ殿下ですか。好きです、けど……」
 けど、深入りはしたくない。思わず本音で答えそうになって言葉を止めた。
「あの、じゃあ、レヴィティーン、好き?」
「レヴィ殿下とはもっと仲良くなりたいな、と、思ってます」
 彼は、嬉しそうに微笑んで、もう一つ飴を出した。
「あの、レヴィティーンは、昔、連れてかれそうに、なった時、助けてくれたから、僕も、好き。二人で食べたら、仲良く、なるよ」
 玲史が受け取ったら、そっと出口に向かって背中を押した。
「また、来てね」
「ありがとうございます」
 振り返りながら頭を下げて塔を出た。

 どこまでも続く森を見て、一人でまたこの道を戻るのかと溜息を吐いた時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
「一人にして悪かったな。もう帰るのか?」
「ゲンドル!」
 頼りがいのある魔術師が目の前にいた。
「私は大丈夫ですけど、塔の魔術師がユーハン副省長と揉めてしまって」
「そりゃ、揉めるだろうな。自分達で何とかするから問題ない」
 何とか出来るとは思えなかったが、玲史の常識とは違った落としどころがあるのかもしれない。
 難しい顔をしていたら、ゲンドルに眉間を指でつつかれた。
「一気に老け込んだんじゃないか? 塔の魔術師どもは、優秀だが話が通じないからな。必要な事だけを言って、後は適当に流しとけよ」
「色々と疲れました。でも、塔の魔術師さんは好きですよ。皆さん可愛いじゃないですか。老け込んだ原因は……まあ、いいですけど」
 変人魔術師達が原因だと思っているようだが、それ以上は語らずにおく。もう思い出したくもない。
 ゲンドルに肩を組まれて門の前まで戻ると、小さな魔法陣が地面に浮かび上がった。
「これで城に戻るんですか」
「会議室につながっている」
 玲史はホッとした。この塔までは、三十分以上歩いたはずだ。
「俺が癒してやろうか?」
 円の中に立ったら、ゲンドルが玲史の髪を一房手に取って、色気を滲ませた眼差しを向ける。至近距離で淡い灰緑の瞳で見つめられ、耳が熱くなる。
「違う意味に聞こえます」
「それでもいいぞ」
 次の瞬間には呪文を唱えている。揶揄われたのだ。
 言い返す間もなく、会議室に着いていた。
「レヴィ殿下の風呂係をしているんだろう」
 ゲンドルが微妙な顔をして玲史の頬を撫でる。
「肌艶は良くなったが……従僕の真似事してるんじゃないだろうな?」
 よく意味は分からないが、ゲンドルが触れていないほうの頬を、玲史も自分で撫でてみる。
「確かに、薬草効果ですべすべしてきたかも。これで、腰痛や肩こりも治るといいんですけど」
「そんなの、すぐに治癒魔術で治るぞ」
 数分後、治癒を施された玲史の、髪も肌も瞳も輝きを取り戻し、全身の重苦しい鈍痛もすっかり消えていた。
「お前さんの美しさは、内から滲み出る優しさや、他人を思いやる慈しみ深さだと思っていたが、こうして見ると姿形も美しいな。異国の慎ましやかな顔立ちの中で、漆黒の瞳と髪は強い意志を表しているようだ。低い鼻は、俺だけが口づけを許されたような錯覚をしちまう」
 ゲンドルは、治癒を施して微かに光が溢れる玲史に熱っぽい眼差しを向け、その手を取って口付ける。
「褒めすぎです。鼻の低さまでそんな褒め方して、口説いてるみたいだ」
「口説いてるんだよ」
 口付けたまま上目遣いで言われ、またも恥ずかしさで耳が赤くなる。冗談でも心臓に悪い。
「不埒な輩に付きまとわれたら俺を呼べよ。守ってやる」
「そっちは本気にさせていただきます。頼りにしてますよ」
 甘ったるい空間を壊すべく、明るくおどけて見せた。
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