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第1章 魔力要員として召喚されましたが暇なので王子様を癒します
10 異世界の社会人はスローライフ?
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「頭痛は改善しましたか?」
「ああ」
返されたのは素っ気ない言葉だけだった。
この屋敷で暮らすようになり一週間ほどたったが、相変わらず王子様は無口でニコリともしない。
ニコリともしないが、マッサージは気に入ったのか、夕食後には「行くぞ」と言って自ら風呂に向かう。その顔色は、初めて会った時に比べて明らかに良くなっていた。
そして今朝は、なぜか日の出と共にレヴィから呼び出しを受け、屋敷の庭園に来ている。
この屋敷にはハーブ園があり、入浴剤以外にも、ルームフレグランスや食事など様々な場面で使われていた。効能効果については全く素人の玲史だから、詳しい使用人がいるのなら教えて欲しいと頼んでいたのだ。
そうしたら、なぜか朝っぱらから王子様がやって来たのだ。
玲史は、急いで寝間着からシャツとズボンに着替え、顔も洗わずに王子について庭に出た。
彼の表情は嫌々ながらという風でもないので、相談されたから当然の義務だと考えて教えに来たのだろう。
「朝早くから、お手間を取らせてすみません」
「良い。いつも夜明け前から暇を持て余して剣を振っているだけだからな」
(朝から訓練? しかもこの人、夜明け前からって言ってた?)
初日の朝に急かされたのは、早起き過ぎて待ちくたびれただけではないだろうか。
明るい時間に活動して暗くなったら寝るという生活は原始的だが、続けていたら玲史も健康になれるだろうか。
朝はのんびり城に出勤して勉強会、転送魔術で魔石の間に行き魔石充填、屋敷に戻って昼食を取ったらその後は暇なので魔術の自主練。夕方の明るいうちに若い二人が帰宅して夕食を取り、マッサージ入浴をして、暗くなる頃には使用人が帰るので、皆部屋に引っ込んでしまう。二人とも自室で何をしているのか知らないが、静かなので早く寝ているのではないだろうか。
玲史も暇なので、ゲンドルに借りた本をしばらく読んだら寝てしまう。
魔力充填の大役は一瞬で終わり、勉強するかお茶するか二択のまったりスローライフ。
(こんなにのんびりしていていいのかなぁ)
玲史にとっては、盆休みや正月休みのほうがまだ忙しいくらいの緩い生活だった。だからこそ、レヴィを癒す工夫を全力でやってみようと思ったのだ。
ボディブラシの持ち手に魔石を入れて、誰が擦っても治癒できる魔道具にするという案は昨夜思いついた。樹脂のような素材があるならば、ヘッドマッサージブラシも作ってみたい。
ハーブの種類やブレンド比率、ハーブオイルの抽出については、魔術省でも書籍を多く揃えていたので勉強中だ。
そんな事を考えながら花壇を見ていたが、この案内役は振り返りもせずにスタスタ行ってしまう。
(これバジルだよね。隣のニラみたいのは何だったろう?)
見たことのあるようなハーブに気を取られていたら、レヴィはかなり先に進んでいた。
玲史は走って、やっと、立ち止まったレヴィに追いついた。
「この辺が入浴剤に入っている薬草だ」
「えっと、さっき、見覚えのあるハーブがあったのですが……」
「あれは食用だ。料理人でもないのに時間の無駄だ。癒しに使う薬草はこの区画に植えてある」
(ああ、そういうね……って、説明不足ーっ。あと、言い方!)
文句はあるが、笑顔で頷く。
「なるほど」
「入浴剤など、いい香りがするだけで大した効果はないと思っていたが、中和薬と合わせることで双方の効果を引き上げる作用が証明されたそうだ。ナヴィ卿の功績だ」
(あれ、褒めてくれた? 王子様はツンデレか?)
レヴィを思わず二度見する。心なしか耳たぶが赤い。どうやら褒めるのは苦手なようだ。
「これは目に良い薬草だ。抽出液を更に精製しなければ効果は少ないが、この一角を刈り取ればひと月分くらいは作れるだろう」
視力の悪い玲史の為に言ってくれているのだろう。気持ちは嬉しいが、今はパソコンによる疲れ目の心配もないし、メガネがあるので必要ない。
「ありがとうございます。そのうち抽出や精製についても勉強してみます」
「では、刈り取って保管するよう伝えておく」
「えっと……」
(必要ないって言っていいかな?)
うまく噛み合わない会話を続けるのもなかなか疲れる。しかも、良かれと思って言っているのが分かるだけに無下にできない。
「こっちは、つわりの眩暈に効く。そのまま煎じて飲めばいいから一本で十分だ。このまま取って……」
花壇に身を乗り出したレヴィの袖を引く。
「つわりはいりませんね」
さすがにこれは断った。
「あちら側は中和薬に入っている薬草で、根を使う」
レヴィはそのまま先に進んでいく。
「今日は見るだけのつもりなので、まだ摘まなくて大丈夫ですーっ」
あっという間に離れていく彼に、玲史は小走りで付いて行く。
出会った時の高圧的で傲慢な印象はもうない。だが、如何せんマイペース過ぎてつかみどころがない。
「欲しいものはないのか?」
唐突に聞かれ、返答に困る。
「褒美を与える。何が欲しい」
それが、しばらく前の会話の続きだったのだと気付いた。
「癒しに使うものがいいですね」
即答したら、不満そうな顔をされた。
「自分が欲しい物はないのか?」
「私も使うので、新しいハーブの苗とかを植えていただけたら嬉しいです」
「では、他にも目に良い薬草がないか調べておこう」
できれば「目に良い」から離れて欲しかった。不満が一瞬だけ顔に出た玲史だが、すぐに引っ込めて笑顔を浮かべた。
「ああ」
返されたのは素っ気ない言葉だけだった。
この屋敷で暮らすようになり一週間ほどたったが、相変わらず王子様は無口でニコリともしない。
ニコリともしないが、マッサージは気に入ったのか、夕食後には「行くぞ」と言って自ら風呂に向かう。その顔色は、初めて会った時に比べて明らかに良くなっていた。
そして今朝は、なぜか日の出と共にレヴィから呼び出しを受け、屋敷の庭園に来ている。
この屋敷にはハーブ園があり、入浴剤以外にも、ルームフレグランスや食事など様々な場面で使われていた。効能効果については全く素人の玲史だから、詳しい使用人がいるのなら教えて欲しいと頼んでいたのだ。
そうしたら、なぜか朝っぱらから王子様がやって来たのだ。
玲史は、急いで寝間着からシャツとズボンに着替え、顔も洗わずに王子について庭に出た。
彼の表情は嫌々ながらという風でもないので、相談されたから当然の義務だと考えて教えに来たのだろう。
「朝早くから、お手間を取らせてすみません」
「良い。いつも夜明け前から暇を持て余して剣を振っているだけだからな」
(朝から訓練? しかもこの人、夜明け前からって言ってた?)
初日の朝に急かされたのは、早起き過ぎて待ちくたびれただけではないだろうか。
明るい時間に活動して暗くなったら寝るという生活は原始的だが、続けていたら玲史も健康になれるだろうか。
朝はのんびり城に出勤して勉強会、転送魔術で魔石の間に行き魔石充填、屋敷に戻って昼食を取ったらその後は暇なので魔術の自主練。夕方の明るいうちに若い二人が帰宅して夕食を取り、マッサージ入浴をして、暗くなる頃には使用人が帰るので、皆部屋に引っ込んでしまう。二人とも自室で何をしているのか知らないが、静かなので早く寝ているのではないだろうか。
玲史も暇なので、ゲンドルに借りた本をしばらく読んだら寝てしまう。
魔力充填の大役は一瞬で終わり、勉強するかお茶するか二択のまったりスローライフ。
(こんなにのんびりしていていいのかなぁ)
玲史にとっては、盆休みや正月休みのほうがまだ忙しいくらいの緩い生活だった。だからこそ、レヴィを癒す工夫を全力でやってみようと思ったのだ。
ボディブラシの持ち手に魔石を入れて、誰が擦っても治癒できる魔道具にするという案は昨夜思いついた。樹脂のような素材があるならば、ヘッドマッサージブラシも作ってみたい。
ハーブの種類やブレンド比率、ハーブオイルの抽出については、魔術省でも書籍を多く揃えていたので勉強中だ。
そんな事を考えながら花壇を見ていたが、この案内役は振り返りもせずにスタスタ行ってしまう。
(これバジルだよね。隣のニラみたいのは何だったろう?)
見たことのあるようなハーブに気を取られていたら、レヴィはかなり先に進んでいた。
玲史は走って、やっと、立ち止まったレヴィに追いついた。
「この辺が入浴剤に入っている薬草だ」
「えっと、さっき、見覚えのあるハーブがあったのですが……」
「あれは食用だ。料理人でもないのに時間の無駄だ。癒しに使う薬草はこの区画に植えてある」
(ああ、そういうね……って、説明不足ーっ。あと、言い方!)
文句はあるが、笑顔で頷く。
「なるほど」
「入浴剤など、いい香りがするだけで大した効果はないと思っていたが、中和薬と合わせることで双方の効果を引き上げる作用が証明されたそうだ。ナヴィ卿の功績だ」
(あれ、褒めてくれた? 王子様はツンデレか?)
レヴィを思わず二度見する。心なしか耳たぶが赤い。どうやら褒めるのは苦手なようだ。
「これは目に良い薬草だ。抽出液を更に精製しなければ効果は少ないが、この一角を刈り取ればひと月分くらいは作れるだろう」
視力の悪い玲史の為に言ってくれているのだろう。気持ちは嬉しいが、今はパソコンによる疲れ目の心配もないし、メガネがあるので必要ない。
「ありがとうございます。そのうち抽出や精製についても勉強してみます」
「では、刈り取って保管するよう伝えておく」
「えっと……」
(必要ないって言っていいかな?)
うまく噛み合わない会話を続けるのもなかなか疲れる。しかも、良かれと思って言っているのが分かるだけに無下にできない。
「こっちは、つわりの眩暈に効く。そのまま煎じて飲めばいいから一本で十分だ。このまま取って……」
花壇に身を乗り出したレヴィの袖を引く。
「つわりはいりませんね」
さすがにこれは断った。
「あちら側は中和薬に入っている薬草で、根を使う」
レヴィはそのまま先に進んでいく。
「今日は見るだけのつもりなので、まだ摘まなくて大丈夫ですーっ」
あっという間に離れていく彼に、玲史は小走りで付いて行く。
出会った時の高圧的で傲慢な印象はもうない。だが、如何せんマイペース過ぎてつかみどころがない。
「欲しいものはないのか?」
唐突に聞かれ、返答に困る。
「褒美を与える。何が欲しい」
それが、しばらく前の会話の続きだったのだと気付いた。
「癒しに使うものがいいですね」
即答したら、不満そうな顔をされた。
「自分が欲しい物はないのか?」
「私も使うので、新しいハーブの苗とかを植えていただけたら嬉しいです」
「では、他にも目に良い薬草がないか調べておこう」
できれば「目に良い」から離れて欲しかった。不満が一瞬だけ顔に出た玲史だが、すぐに引っ込めて笑顔を浮かべた。
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