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STAGE4ー6
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二人でフレンチトースト6枚を平らげ、コウが淹れたコーヒーを持ってリビングに移動した。
響生がソファに座った時、テーブルから楽譜が1枚落ちた。
コウはそれを手に取って、響生に渡す。
コードとボーカルラインだけが書かれたその楽譜は、まだライブでは聞いたことがない曲だった。
「らーらーんんー……」
響生が音符を追って口ずさむと、コウが続きの楽譜を渡す。
「もっと上」
コウは、都内のライブからずっと側に置いていたギターを手に取り、チューニングを合わせる。
アンプにつなぎ、響生が歌っている部分のコードを弾いて伴奏を付け始めた。
(やっぱり、コウのギターに合わせて歌うの気持ちいい)
念願叶ったというのに、喉の調子が悪いのが悔やまれる。
痛まないようセーブしながら声を出し、音符を追っていく。
「この後からサビ」
コードだけの伴奏から、歌うようにボーカルに重ねて奏でる。
「らぁーっ……ケホッ」
だが、高音域のメロディーは掠れて声にならない。
以前はクリアボイスで問題なく歌っていたキーだが、最近は叫ばないと声が出ない。
ギターの伴奏は続き、同じフレーズを繰り返して終わった。
「ボーカルオーディションするから、練習して」
「俺、受けていいの?」
エントリーできるのならもちろんチャレンジする。
期せずしてコウとセッションする機会に恵まれたが、音符を追うだけだったし声も出ていなかった。
この曲を思い切り歌ったら、きっともっと気持ちいい。
「ただし、今の発声を変えるのが条件」
「この曲でスクリームで歌うつもりはないよ?」
「クリアボイスも今の発声はダメ。喉をしめて歌ってるだろ? このまま続けたら喉潰すぞ」
変声期の後からずっとメロデスを演っていたから、長年続けていた発声を変えるのは簡単な事ではない。
だが、昨日のライブの失敗から、今の自分の喉の状態を自覚した。
努力すればするほど調子を崩している事実に、もう目を背けることはできない。
「お前は音楽で何が伝えたいの? デスじゃないと伝わらないことなのか?」
それは響生のアイデンティティに関わることだ。
男らしくあることとメロデスは、イコールなのである。
「俺は、力強く醜悪なスクリームボイスと美しいクリーンボイスの対比とカタルシスが好きだし、多くの人に好きになってほしい。それを思う存分演れるあのバンドが好きだった。来てくれたお客さんもそれを楽しんでくれている、と思ってるけど」
言い切ることができず、語尾が弱くなる。
「百歩譲ってメロデスでもいいよ。俺もあのバンド、嫌いじゃなかったよ。でもお前のなんちゃってメロデスでどんだけ伝わるの? 言うほどパワーないし、クリーンは掠れて声出てないし。楽曲のドラマティックさとパフォーマンスの格好良さで誤魔化したって限界が来る。そのうち飽きられるよ。自分で気付いてなかった? メロデスを演ってる自分に酔っているだけなら、それは生産性のない自慰行為でしかない。それとも雌と間違えて食われない為の鎧?」
反論の言葉は出ない。
だけど仕方ないじゃないか、男らしく見せないと舐められる。
容姿の美しさから無用のトラブルに巻き込まれることはあっても、良い事なんて何もなかった。
そんな響生を守ってくれたのがバンドだったしスクリームだったのだ。
「そんな鎧、絶対的な強さがあれば必要ないんだよ。お前だって持ってるのに、なぜそれを使わない?」
すっかり下を向いてしまった顔を恐る恐る上げると、コウが真剣な眼差しで響生を見つめている。
「昔、あのライブハウスでオペラのアレンジを歌うお前を見たよ。あの日のお前は暗闇に舞い降りた天使みたいだった」
「そんな昔のライブ、見てくれてたんだ」
小学生の頃に、両親のバンドにゲストボーカルとして何度か出演したことがあった。
まさかそのことを持ち出して、前から好きだったなどと言ったのだろうか。
「ああ。クラシックのオペラ曲をロックで、しかも大人達のバンドで小さな子供が歌い、大物ロックシンガー顔負けの堂々としたパフォーマンス。あれは本当に常識を覆すライブだった。俺はあの時、長い呪縛から解き放たれた。そして俺を暗闇から引き出してくれたお前の姿を忘れられずにいた」
遠くを見るようなコウの眼差しは、幼い頃の響生を思い浮かべているのだろうか、懐かしむように微笑む。
「夜の女王のアリアだね。あの時は、オペラの巻き舌とコロラトゥーラが面白くて歌ってみたら、みんな喜んでくれるから、何か特別な者にでもなったような気になって調子に乗っていただけだよ」
「でも伝わって来たよ。俺の歌を聴けって圧が」
身近なライバルが大人達だったから、幼くともステージに立てば演者として振舞っていた。
「でも、今のが上手いしステージ映えすると思うけど……」
「上手いのと心を掴まれるのはイコールじゃないだろ」
確かに、歌に限らず、下手でもなぜか心に残ることがある。
心を掴むと言えば、どうしたってレインのアカペラ動画を思い出してしまう。
印象に残るし、多くの人々の共感を得て支持されたのだから、あれはあれで正解なのだろう。
でもやっぱり音を外すのは問題外だ。
ボーカリストとしてそれだけは譲れない。
響生は強い眼差しでコウを見上げる。
「俺は、どっちも欲しい」
コウは、満足そうに頷いて、響生の頭を乱暴に撫でた。
「スクリームが好きならテクニックの一つとして使えばいい。お前の良さが引き立つはずだ。但し、喉を傷めない発声でな」
「分かった」
「楽屋でそれを言おうと思ったのに、お前、逃げるから」
「感じ悪く言われたら、嫌われたと思うでしょ」
口を尖らせて不満そうな顔を見せるが、コウは終始機嫌よく笑っている。
「ひどいな。愛ある助言だったのに。もう、嫌われてないって分かっただろ?」
「分かったけど、コウがイカれたヤツだっていうのもよく分かったよ。ライブ当日に腐ってるかもしれない牛乳を飲むようなクレイジーな人だってね」
コウは悪戯な笑みを浮かべて、減らず口を叩く響生の鼻をつまんだ。
「喉ぶっ壊した状態で慣れない酒を飲むお前がドMだと言う事もよーく分かった」
「んんー」
(そう言うあんたは真性のドSだよ!)
手を払い退けると、コウは面白そうに笑っている。
そうだ、この男は、怒り狂って涙と鼻水を垂らしながら泣いている相手のヒゲを引っぱって笑うような男なのだ。
厄介な相手に惚れてしまったことを、響生は少し後悔した。
響生がソファに座った時、テーブルから楽譜が1枚落ちた。
コウはそれを手に取って、響生に渡す。
コードとボーカルラインだけが書かれたその楽譜は、まだライブでは聞いたことがない曲だった。
「らーらーんんー……」
響生が音符を追って口ずさむと、コウが続きの楽譜を渡す。
「もっと上」
コウは、都内のライブからずっと側に置いていたギターを手に取り、チューニングを合わせる。
アンプにつなぎ、響生が歌っている部分のコードを弾いて伴奏を付け始めた。
(やっぱり、コウのギターに合わせて歌うの気持ちいい)
念願叶ったというのに、喉の調子が悪いのが悔やまれる。
痛まないようセーブしながら声を出し、音符を追っていく。
「この後からサビ」
コードだけの伴奏から、歌うようにボーカルに重ねて奏でる。
「らぁーっ……ケホッ」
だが、高音域のメロディーは掠れて声にならない。
以前はクリアボイスで問題なく歌っていたキーだが、最近は叫ばないと声が出ない。
ギターの伴奏は続き、同じフレーズを繰り返して終わった。
「ボーカルオーディションするから、練習して」
「俺、受けていいの?」
エントリーできるのならもちろんチャレンジする。
期せずしてコウとセッションする機会に恵まれたが、音符を追うだけだったし声も出ていなかった。
この曲を思い切り歌ったら、きっともっと気持ちいい。
「ただし、今の発声を変えるのが条件」
「この曲でスクリームで歌うつもりはないよ?」
「クリアボイスも今の発声はダメ。喉をしめて歌ってるだろ? このまま続けたら喉潰すぞ」
変声期の後からずっとメロデスを演っていたから、長年続けていた発声を変えるのは簡単な事ではない。
だが、昨日のライブの失敗から、今の自分の喉の状態を自覚した。
努力すればするほど調子を崩している事実に、もう目を背けることはできない。
「お前は音楽で何が伝えたいの? デスじゃないと伝わらないことなのか?」
それは響生のアイデンティティに関わることだ。
男らしくあることとメロデスは、イコールなのである。
「俺は、力強く醜悪なスクリームボイスと美しいクリーンボイスの対比とカタルシスが好きだし、多くの人に好きになってほしい。それを思う存分演れるあのバンドが好きだった。来てくれたお客さんもそれを楽しんでくれている、と思ってるけど」
言い切ることができず、語尾が弱くなる。
「百歩譲ってメロデスでもいいよ。俺もあのバンド、嫌いじゃなかったよ。でもお前のなんちゃってメロデスでどんだけ伝わるの? 言うほどパワーないし、クリーンは掠れて声出てないし。楽曲のドラマティックさとパフォーマンスの格好良さで誤魔化したって限界が来る。そのうち飽きられるよ。自分で気付いてなかった? メロデスを演ってる自分に酔っているだけなら、それは生産性のない自慰行為でしかない。それとも雌と間違えて食われない為の鎧?」
反論の言葉は出ない。
だけど仕方ないじゃないか、男らしく見せないと舐められる。
容姿の美しさから無用のトラブルに巻き込まれることはあっても、良い事なんて何もなかった。
そんな響生を守ってくれたのがバンドだったしスクリームだったのだ。
「そんな鎧、絶対的な強さがあれば必要ないんだよ。お前だって持ってるのに、なぜそれを使わない?」
すっかり下を向いてしまった顔を恐る恐る上げると、コウが真剣な眼差しで響生を見つめている。
「昔、あのライブハウスでオペラのアレンジを歌うお前を見たよ。あの日のお前は暗闇に舞い降りた天使みたいだった」
「そんな昔のライブ、見てくれてたんだ」
小学生の頃に、両親のバンドにゲストボーカルとして何度か出演したことがあった。
まさかそのことを持ち出して、前から好きだったなどと言ったのだろうか。
「ああ。クラシックのオペラ曲をロックで、しかも大人達のバンドで小さな子供が歌い、大物ロックシンガー顔負けの堂々としたパフォーマンス。あれは本当に常識を覆すライブだった。俺はあの時、長い呪縛から解き放たれた。そして俺を暗闇から引き出してくれたお前の姿を忘れられずにいた」
遠くを見るようなコウの眼差しは、幼い頃の響生を思い浮かべているのだろうか、懐かしむように微笑む。
「夜の女王のアリアだね。あの時は、オペラの巻き舌とコロラトゥーラが面白くて歌ってみたら、みんな喜んでくれるから、何か特別な者にでもなったような気になって調子に乗っていただけだよ」
「でも伝わって来たよ。俺の歌を聴けって圧が」
身近なライバルが大人達だったから、幼くともステージに立てば演者として振舞っていた。
「でも、今のが上手いしステージ映えすると思うけど……」
「上手いのと心を掴まれるのはイコールじゃないだろ」
確かに、歌に限らず、下手でもなぜか心に残ることがある。
心を掴むと言えば、どうしたってレインのアカペラ動画を思い出してしまう。
印象に残るし、多くの人々の共感を得て支持されたのだから、あれはあれで正解なのだろう。
でもやっぱり音を外すのは問題外だ。
ボーカリストとしてそれだけは譲れない。
響生は強い眼差しでコウを見上げる。
「俺は、どっちも欲しい」
コウは、満足そうに頷いて、響生の頭を乱暴に撫でた。
「スクリームが好きならテクニックの一つとして使えばいい。お前の良さが引き立つはずだ。但し、喉を傷めない発声でな」
「分かった」
「楽屋でそれを言おうと思ったのに、お前、逃げるから」
「感じ悪く言われたら、嫌われたと思うでしょ」
口を尖らせて不満そうな顔を見せるが、コウは終始機嫌よく笑っている。
「ひどいな。愛ある助言だったのに。もう、嫌われてないって分かっただろ?」
「分かったけど、コウがイカれたヤツだっていうのもよく分かったよ。ライブ当日に腐ってるかもしれない牛乳を飲むようなクレイジーな人だってね」
コウは悪戯な笑みを浮かべて、減らず口を叩く響生の鼻をつまんだ。
「喉ぶっ壊した状態で慣れない酒を飲むお前がドMだと言う事もよーく分かった」
「んんー」
(そう言うあんたは真性のドSだよ!)
手を払い退けると、コウは面白そうに笑っている。
そうだ、この男は、怒り狂って涙と鼻水を垂らしながら泣いている相手のヒゲを引っぱって笑うような男なのだ。
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