SCREAM ANGEL

すずね

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STAGE3

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「んーんーララ……ロンウェイトゥー……」
「リハ前に他のバンドの曲を歌うなんて、響生は余裕だね」
 響生はハッとして、機材をまとめている馨の方を見た。
 今はエンジェルスフラップのリハーサル中で、響生達は順番待ちの為バックステージに控えている。
 無意識で、先日のライブで披露された新曲のサビを、オリジナルの節をつけて歌っていた。
「あ、ごめん」
「謝ることないよ。いつだって響生は完璧だもんね」
 以前だったら「まあね」などと軽口を叩いていただろう。
 だが、刺々しい空気に、同じギタリストとして意識しているであろう馨を前に、コウに傾倒していることを隠しもせず浮かれている態度は無神経だったかと反省した。
「全然だよ。喉の調子を安定させるのに手こずってるし。もっと頑張らないと」
 急に気弱になる響生を見て、無表情だと怖いくらいの美しい目元が困ったように緩んだ。
「それ以外は完璧だろ。響生はよくやっているよ。佳行の新曲が難易度高すぎなんだよ」
「そうかな、トライチャーならカッコよく演れると思って作ったけど」
 響生を挟んで、佳行がベースを持って並び立つ。
「かー君はね、ヤキモチ妬いてるんだよ。自分が誘ったのに、エンフラに響生とられちゃうんじゃないかって」
「バカ、そんな事は言ってない。ゲストボーカルとして誘われるかもしれないって話してただけだろ」
「そしたらこっちの練習時間が減るから嫌だって言ってたじゃん」
「それがどうしてヤキモチになるんだよ」
 感情を外に出さず、落ち着いていて年齢以上に大人に見える馨だが、こうやって佳行と言い合っている時は大学生らしい。
「響生もコウのギターで歌ってみたいでしょ?」
 佳行の問いに、先日のライブを思い出す。
 ステージのセンターに立った時に、今の響生にあの観客を納得させるプレイができるだろうか。
「カラオケとか、遊びのセッションだったら気軽に歌うけど、あの中で演る覚悟はちょっと……」
 響生の言葉に、頭上で二人が残念そうに視線を交わす。
「そうかなぁ。響生は自己評価が低いよ」
 二人は買いかぶりすぎだ。
 今日は喉の調子は良いが、先週の練習の時は痛みが強くて半分はボーカルなしで進めてもらった。
 そんな状態だったらクビになっても文句は言えないと響生は思う。
 にも拘らず、調子が悪い時は喉を温存しておくよう言ってくれる。
「そろそろ俺らの番だぞ」
 リハーサルは時間との勝負だ。
 シンの声に、各自持ち込み機材と楽器を準備して、ステージ横の扉へ向かった。

 出番を終えて、いつものようにビル脇の自販機で水分を補給する。
 今日のステージは、エンフラのファンもかなり混じっていて、最初はやりにくいと思ったが、始まればいつものアグレッシブな演奏とまったりMCで、やり切った感がある。
 とは言え、声帯のコントロールは上手くいかない。
「最近、たかが5曲なのに最後まで痛みなく歌えたことないなぁ」
 呟く声は掠れてほとんど発声できていない。
 練習すればするほど喉を傷めている気がして、ボイストレーニングにでも行ったほうがいいのだろうかとさすがに不安になる。
(予算厳しいし、バイト増やすかなー)
 ペットボトルをヒリヒリする喉仏に押し当てる。
「ほら、あんたが好きなバンドの人いるよ」
「あ、響生だ!」
「もっとちっちゃいかと思ったよ」
 遠慮のない意見にカチンとくるが、視線を向けて笑顔で手を振る。
「え、うそ、あの子ステージより可愛くない? ちっちゃくてもアリだわ。でもヒゲはいらないわ」
「お姉ちゃん、聞こえちゃうからやめて!」
(はい、聞こえてますが?)
 小さい、可愛い、ヒゲが似合わない、普通に歌えばいいのに……そんな言葉を投げられることは多いが、意地でもスクリームとヒゲはやめない。
 気付けば二人連れの他にもこちらを遠巻きに見ているファンがいる。
 二本目の水を買ったら、彼らに手を振ってライブハウスに戻った。

 フロアに戻ると、古参のファンである万作が、響生の帰りを待っていましたとばかりに近づいてきた。
「お疲れ様。汗が止まらないね。これ使って?」
 差し出されたタオルを受け取り、額から流れる汗を拭い笑顔を向ける。
「ありがとうございます」
「今日、調子よかったんじゃない? パフォーマンスも激しくてカッコ良くて、客席もノリがよかったよね。最近では一番のステージだったと思うけど、どうかな」
「ですね! 俺もそう思います」
 本当によく見てくれている。
 容姿ではなく、音楽を誠実に評価してくれる彼を、嫌な目では見たくない。
「元気そうだけど、大丈夫なの?」
 何が大丈夫なのだろうか。心配されることなど話しただろうか。
「えっと……なんでしたっけ」
「そうか、こんな所で話すことじゃなかったね。いつでも相談に乗るから」
 響生の手からタオルを取り、背中を軽くたたき労わるように撫でる。
 何か行き違っていないか気になったが、会場が暗くなりSEが流れ始めたので問うのはやめた。
 コウの演奏を聴き逃したくない。
「あ、すみません、俺、行きます。また遊びに来てくださいね!」
 何か言いかけた万作に背を向けて、バックステージに向かった。

「響生、これ新曲だよね。さっき歌ってなかった?」
 馨に聞かれ、響生は気まずい思いで目を逸らす。
「実はこの前、都内のライブ見に行って、そこで演ってた」
「あー……ホント、熱心だね」
 ライブ前のピリピリとした感じはもうなくて、呆れたような苦笑いが返って来た。
「じゃあ、その時もあのギター使ってた? 今弾いてるの、フルオーダーの工房のやつだよ。通りすがりに見たらエンブレムが刻印されてた。ネックは恐らく入手困難のブラジリアンローズウッドだな。音はかなり良いらしいけど高額で手が出ないんだよな。それにボディの艶めかしい木目……素材から探した可能性もあるね。今日はギター3本も持ってきてるから、初お目見えかと思いきや、都内でも演ってたのかよ」
 何に対しても広く浅くの馨にしては珍しく語っているところを見ると、相当レアなギターのようだ。
 サクに「ギターをいじくりまわしているだけだ」とからかわれていたことを思い出す。
 響生はギターの事はよく分からないが、新しい玩具を手に入れて、片時も放したくなかったのだろう。
「そうだね、前のライブでは確かに3本使ってた」
「何本もギター使うなら、セッティングも大変だろうに」
 着替えを終えた佳行が、長い髪を一つに結びながら馨の隣に座る。
「機材も最新の機種だったよ。前に馨が欲しかってたけど中古でも無理って言ってたマルチエフェクターだね。もちろんこの完成度はセッティングだけじゃない。15分のリハで、PAとどこまで擦り合わせできるかだから、エフェクターが良ければいいってもんじゃないけどね」
 スタジオで細かく作り込んでセッティングしても、いざライブとなるとフロアの反響とスピーカーの違いでイメージ通りの音にはならない。
 響生達は、短いリハーサルでPAスタッフに大まかな雰囲気を伝えるので一杯だ。
 優秀なPAのお蔭でボーカルの響生に不満はないが、佳行にとっては細かい所を言い始めればキリがないそうだ。
「響生、フロア出るなら一番真ん中で聴いておいで」
「わかった!」
 響生は、佳行の言葉に頷き、急いでフロアへ向かった。

「響生、そろそろ出るぞ」
 アンコール曲が終わる頃、バックステージに戻った響生にシンが声を掛ける。
「俺、コウに挨拶してから出る」
 水を渡して一声かける。
 それだけの為に待っている響生に、メンバーは呆れたような顔を向けるが、これだけは譲れない。
「精算終わったら、いつもの店に向かってるぞ」
 上の空で頷き、重そうに開かれたドアに向かう。
「コウさん、お疲れ様でした。これ、どうぞ」
「ああ、どうも」
 知り合い程度にはなれたかと思ったが、相変わらず無愛想である。
(がっかりするな、俺。多分これが、この人の通常運転なんだよ)
 水を渡し、急いでメンバーの後を追った。
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