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STAGE2
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エンジェルスフラップとは、地元のライブハウスで2月、3月と続けて2回、同じステージに立った響生だが、聴きたい気持ちが抑えられず、都内で人気のライブハウスに観に来てしまった。
呼ばれもしないのにバイトをキャンセルしてまで押しかけてきてしまい、会場前のファンらしき人々の塊を見て、勝手に気まずい気分になっている。
(同じライブハウスで活躍しているバンドだから参考になると思っただけだし、よそのライブハウス行ったことないから音響どんな感じか下見に来ただけだし……って、いやいや、好きなバンドを見に来るのに、なんで言い訳なんて考えてるんだよ俺。同業同士だからってファンになることを恥ずかしがるほうが変だよな)
スマートフォンの時間を確認すれば、もうすぐ一組目のライブが始まる時間だ。
開き直れば、ファン達を前にして動かなくなった足は軽くなり、小走りで人垣を通り抜ける。
急いで入り口でチケットを購入してフロアに入ろうとしたら、目の前を通り過ぎたエンフラのドラマーで、サクと呼ばれていた男が勢いよく振り返った。
「うわぉ! ヒビキじゃん! 誰か友達が出るの?」
いつ会ってもフレンドリーで、昔からの知り合いのように接してくれる。
「エンフラ観に来たんだよ。どうしても聴きたくて、バイト休んで来ちゃった」
響生が勇気を出して正直に伝えると、童顔が更に幼く見えるような満面の笑みを浮かべた。
「うっそ! マジかよ、嬉しい~」
両手を上げて大げさな仕草でハグされて、響生も抱き返す。
「あ、コウいるよ。こっち来いよ」
「え、でも今忙しいんじゃない?」
「いや、なーんも忙しいことない!」
サクに腕を引かれ、「関係者以外立入禁止」のドアを開けて中に入る。
バックステージにはこれからステージに立つ演者が、準備をしたり雑談をしていた。
「コウのエンジェルちゃん連れて来たぜー」
(エンジェルちゃんってなに? なんなの、その恥ずかしい呼び方は)
サクに言おうとした時、タバコの煙の中から、組んだ膝にギターを乗せて手入れをしているコウが顔を上げた。
「ん?」
咥え煙草のまま、横柄な態度で視線をこちらに向ける。
その面倒そうな表情を見て、バックステージパスもないのにこんな所まで押しかけてきて、図々しかっただろうかと後悔する。
「忙しいのに、おじゃましちゃってすみません」
恐縮する響生の背中を、サクがポンポンと叩く。
「いやだから、この人、全然忙しくないって。ずーっとギターいじくりまわしてるだけだから気にすんな。んじゃ俺、車に行って来る。またな!」
用事があったのに、ここに案内するために引きかえしてくれたようだ。
この二人は、愛想の良さと悪さを足して二で割ったらちょうど良いだろうにと思う。
「サク君、ありがとう」
彼は変わらない親し気な笑みを返して出て行った。
「えっと……」
コウは手を止め、黙ってこちらを見上げている。
「あ、そうだ」
響生は、肩にかけていたカバンからミネラルウォーター取り出して、コウに渡す。
「これどうぞ! って、ステージが終わる頃には温くなっちゃいますかね」
ヘラっと響生が笑ったら、「ああ、だろうな」とコウが苦笑した。
(え? 笑った?)
それだけで響生は舞い上がってしまう。
「じゃあ、ライブ終わったらまた買ってきます」
「そりゃ、どーも」
コウと会話をしていることが嬉しすぎて、緊張のあまり頭が回らない。
言葉なく突っ立っている響生に、コウが再び笑みを見せた。
「ライブ上がりに飯でも食ってく?」
信じられない誘いに、頷きそうになって思いとどまった。
今日はライブの終わり時間がかなり遅く、最寄駅からの最終バスがギリギリだったのだ。
バイト代をバンド活動につぎ込んでいるので、もちろんタクシーを使う余裕などあるわけない。
「すみません。お誘いはすごく嬉しいんですけど、終電が、っていうかバスなんですけど」
「あ、コウちゃんがふられてるぅ」
「は? うるせぇんですけど」
背後から茶々を入れられ、コウが微妙な敬語で言い返す。
ベーシストの、マリリンと呼ばれている女性だ。
「ライブ終わるとさっさと帰るコウちゃんが、ご飯に誘うなんて、レアなもん見ちゃった」
この面子で、響生達が使うような居酒屋に集まる姿は想像できないが、お洒落なバーとか、バーとか……大人が行くような場所は思い当たらないが、ライブ後に話し合ったりしないのだろうか。
「あの、反省会とかしないんですか?」
質問にはマリリンが答える。
「え、だってこの子、反省しないもん」
「反省は……しないな」
「でしょ?」
コウは納得いかなそうな顔をしてるが、周りからは笑いが溢れる。
気難しく仏頂面のコウだが、明るく朗らかなメンバーに囲まれていることでバランスが取れているようだ。
人当たりは良い方だと自負している響生だが、コウを前にすると緊張してしまって上手く話せなくなるので、サクやマリリンの気安さに救われる。
そこに、他の出演バンドのメンバー達が入って来たことで、狭いバックステージはいよいよ身の置き場がなくなってきた。
ギターを背負った男が、コウに親し気な笑みを浮かべながら手を上げて近づいて来る。
「じゃあ、また後で。ライブ頑張ってください。楽しみにしてます」
部外者の響生は、邪魔にならないよう端に寄って、マリリンにも挨拶をする。
話しかけてきた年上の男は、昔の知り合いなのか謎の風格があり、コウらしからぬ遜った態度で応えている。
音楽関係者なのか、以前そうだったのか、コウと同じ世界の人間のようだ。
(俺もコウの知り合いぐらいにはなれたのかな)
それでもまだまだ距離は遠い。
フロアに戻ると、客が続々と入ってくる。
エンジェルスフラップのライブが始まる頃には、見覚えのあるコウのファンを始め、多くの観客でフロアは満員になっていた。
結成後、3回目のライブでこの集客と観客の熱狂を見れば、響生達とは格が違うことを思い知らされる。
その熱気に押されて、今日は静かに観ようと隅に寄った響生だったが、気付けば中央に進み出て、頭を空っぽにして叫び、一緒に歌い、拳を振り上げていた。
呼ばれもしないのにバイトをキャンセルしてまで押しかけてきてしまい、会場前のファンらしき人々の塊を見て、勝手に気まずい気分になっている。
(同じライブハウスで活躍しているバンドだから参考になると思っただけだし、よそのライブハウス行ったことないから音響どんな感じか下見に来ただけだし……って、いやいや、好きなバンドを見に来るのに、なんで言い訳なんて考えてるんだよ俺。同業同士だからってファンになることを恥ずかしがるほうが変だよな)
スマートフォンの時間を確認すれば、もうすぐ一組目のライブが始まる時間だ。
開き直れば、ファン達を前にして動かなくなった足は軽くなり、小走りで人垣を通り抜ける。
急いで入り口でチケットを購入してフロアに入ろうとしたら、目の前を通り過ぎたエンフラのドラマーで、サクと呼ばれていた男が勢いよく振り返った。
「うわぉ! ヒビキじゃん! 誰か友達が出るの?」
いつ会ってもフレンドリーで、昔からの知り合いのように接してくれる。
「エンフラ観に来たんだよ。どうしても聴きたくて、バイト休んで来ちゃった」
響生が勇気を出して正直に伝えると、童顔が更に幼く見えるような満面の笑みを浮かべた。
「うっそ! マジかよ、嬉しい~」
両手を上げて大げさな仕草でハグされて、響生も抱き返す。
「あ、コウいるよ。こっち来いよ」
「え、でも今忙しいんじゃない?」
「いや、なーんも忙しいことない!」
サクに腕を引かれ、「関係者以外立入禁止」のドアを開けて中に入る。
バックステージにはこれからステージに立つ演者が、準備をしたり雑談をしていた。
「コウのエンジェルちゃん連れて来たぜー」
(エンジェルちゃんってなに? なんなの、その恥ずかしい呼び方は)
サクに言おうとした時、タバコの煙の中から、組んだ膝にギターを乗せて手入れをしているコウが顔を上げた。
「ん?」
咥え煙草のまま、横柄な態度で視線をこちらに向ける。
その面倒そうな表情を見て、バックステージパスもないのにこんな所まで押しかけてきて、図々しかっただろうかと後悔する。
「忙しいのに、おじゃましちゃってすみません」
恐縮する響生の背中を、サクがポンポンと叩く。
「いやだから、この人、全然忙しくないって。ずーっとギターいじくりまわしてるだけだから気にすんな。んじゃ俺、車に行って来る。またな!」
用事があったのに、ここに案内するために引きかえしてくれたようだ。
この二人は、愛想の良さと悪さを足して二で割ったらちょうど良いだろうにと思う。
「サク君、ありがとう」
彼は変わらない親し気な笑みを返して出て行った。
「えっと……」
コウは手を止め、黙ってこちらを見上げている。
「あ、そうだ」
響生は、肩にかけていたカバンからミネラルウォーター取り出して、コウに渡す。
「これどうぞ! って、ステージが終わる頃には温くなっちゃいますかね」
ヘラっと響生が笑ったら、「ああ、だろうな」とコウが苦笑した。
(え? 笑った?)
それだけで響生は舞い上がってしまう。
「じゃあ、ライブ終わったらまた買ってきます」
「そりゃ、どーも」
コウと会話をしていることが嬉しすぎて、緊張のあまり頭が回らない。
言葉なく突っ立っている響生に、コウが再び笑みを見せた。
「ライブ上がりに飯でも食ってく?」
信じられない誘いに、頷きそうになって思いとどまった。
今日はライブの終わり時間がかなり遅く、最寄駅からの最終バスがギリギリだったのだ。
バイト代をバンド活動につぎ込んでいるので、もちろんタクシーを使う余裕などあるわけない。
「すみません。お誘いはすごく嬉しいんですけど、終電が、っていうかバスなんですけど」
「あ、コウちゃんがふられてるぅ」
「は? うるせぇんですけど」
背後から茶々を入れられ、コウが微妙な敬語で言い返す。
ベーシストの、マリリンと呼ばれている女性だ。
「ライブ終わるとさっさと帰るコウちゃんが、ご飯に誘うなんて、レアなもん見ちゃった」
この面子で、響生達が使うような居酒屋に集まる姿は想像できないが、お洒落なバーとか、バーとか……大人が行くような場所は思い当たらないが、ライブ後に話し合ったりしないのだろうか。
「あの、反省会とかしないんですか?」
質問にはマリリンが答える。
「え、だってこの子、反省しないもん」
「反省は……しないな」
「でしょ?」
コウは納得いかなそうな顔をしてるが、周りからは笑いが溢れる。
気難しく仏頂面のコウだが、明るく朗らかなメンバーに囲まれていることでバランスが取れているようだ。
人当たりは良い方だと自負している響生だが、コウを前にすると緊張してしまって上手く話せなくなるので、サクやマリリンの気安さに救われる。
そこに、他の出演バンドのメンバー達が入って来たことで、狭いバックステージはいよいよ身の置き場がなくなってきた。
ギターを背負った男が、コウに親し気な笑みを浮かべながら手を上げて近づいて来る。
「じゃあ、また後で。ライブ頑張ってください。楽しみにしてます」
部外者の響生は、邪魔にならないよう端に寄って、マリリンにも挨拶をする。
話しかけてきた年上の男は、昔の知り合いなのか謎の風格があり、コウらしからぬ遜った態度で応えている。
音楽関係者なのか、以前そうだったのか、コウと同じ世界の人間のようだ。
(俺もコウの知り合いぐらいにはなれたのかな)
それでもまだまだ距離は遠い。
フロアに戻ると、客が続々と入ってくる。
エンジェルスフラップのライブが始まる頃には、見覚えのあるコウのファンを始め、多くの観客でフロアは満員になっていた。
結成後、3回目のライブでこの集客と観客の熱狂を見れば、響生達とは格が違うことを思い知らされる。
その熱気に押されて、今日は静かに観ようと隅に寄った響生だったが、気付けば中央に進み出て、頭を空っぽにして叫び、一緒に歌い、拳を振り上げていた。
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