貴女におくる般若心経本の選び方 ~実はけっこうピンキリ(笑)な日本一有名なお経の解説書たち~

糺ノ杜 胡瓜堂

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【六】【最終回】羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶~っ♥

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 ・・・このエッセイはもちろん般若心経の「解説本」ではないのですが、ほんの少しですが般若心経の中身、というか構成についてお話ししたいと思います。

 それは貴女自身が「般若心経をどう捉えるか?」に深く関係してくるからです。


 中観派とよばれる「空」の思想の意味は、それこそ専門書の解説にお任せするとして(笑)
 般若心経はこの「空」の思想の元に作られたお経です。

 全てのお経は大原則として「私はお釈迦さまからこのように聞いた」という「お釈迦様の説法」という体裁で書かれていますが、面白いことにこの般若心経は主人公(笑)であるお釈迦様は深い瞑想の真っ最中。

 その側で、全てを見通す救済者である観自在菩薩(観世音菩薩、いわゆる観音様)が、お釈迦様の十大弟子の一人である舎利子(シャーリプトラ)に説法をしている内容です。

 般若心経は冒頭から、物質と精神の全てが「空」であること強調し、その「空」の意味を繰り返し繰り返し述べているのは明らかです。

 同じことを繰り返し、あるいは少し形を変えて何度も言及するのは、お経によく見られる「フォーマット」と言っていいでしょう(ぶっちゃけ、けっこうくどい(笑))

 インドの人達の「好み」と言い変えてもいいでしょう。


 ・・・それ故に般若心経は「空」の思想を説いた経典である!!とよく解説されています。

 たしかに「色即是空 空即是色」など、般若心経は「空」そして「無」という文字に溢れています。
 ですから般若心経は「空の思想を説いた経典」というのは誤りでも何でもありません。

 さてさて、ここからが話がややこしくなってくるのですが「般若心経は宗派によってその解釈の重点が違ってくる」という事をお話ししたいと思います!

 先ほどの「般若心経は空の経典である」というのは、実は禅宗である曹洞宗・臨済宗のお坊さんに多く見られる解釈方法です。
 禅宗と言うのは簡単に言うと「座禅によって心を無(空)にして悟りの境地に至る!」という事を目指す宗派ですので「空」について短い文章の中で事細かに語られている般若心経は、まさに理想の経典なワケですね、うんうん!


 ・・・しか~し!般若心経を通して読んでゆくと、ちょっと不思議な違和感を感じる事はありませんか?ありませんっ?本当にありませんっ?

 そう、延々と繰り返し、懇切丁寧に「空」の思想を説いていた般若心経は、やや唐突な感じでラスト付近でこう「宣言」するのです!(笑)

 故知般若波羅蜜多 是大神呪 
(このゆえに知らねばならない、般若波羅蜜多は大神威のしゅであることを)

 ・・・どひゃ~っ!

 般若心経はさらに怒涛のごとく続けます!

 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 
 (智慧の明るみを開く光の聖句! 吉祥なること無上の頌詞! 比類なき至高の真言であるから一切の苦を取り除く)

 ・・・うひいいいい~っ!

 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
 (万物は空であっても、真実は空しいものではない、それゆえこの般若波羅蜜多の霊句を告げる)
 ※訳はいずれも学習研究社刊、福田亮成氏著「空海と真言宗」より、語句がカッコいいんです(笑)

 ・・・ひょおおお~っ♥

 そして般若心経は怒涛のクライマックスを迎えます。

 即説呪曰

 そくせつしゅ~~わっ!(すなわち次のしゅを告げて示す!)


 羯諦羯諦ぎゃ~てぃ~ぎゃ~てぃ~ 波羅羯諦は~ら~ぎゃ~てぃ~ 波羅僧羯諦はらそうぎゃ~てぃ~ 菩提薩婆訶ぼ~じ~そわか~


 なんと!般若心経はラストの呪(真言・マントラ・祈祷文・おまじない)であるココが本体なのですねぇ。
 いや、これは私の「説」ではなく文章的にそう述べています、般若心経は(笑)
 国語のテストで「この文章の主題を述べよ」という設問があったら、やはり流れからいってラストの「呪文」がメインテーマになるでしょう。

 もし私が学生で、この設問に回答するとしたら「空の思想をしっかり理解して、真言(ぎゃ~てぃ~)で悟りの智慧を完成せよ!」ってことになりますかねぇ・・・。

 要するに「般若心経」のは智慧の完成として「ぎゃ~てぃ~」の真言、呪文、おまじないを唱えろってお経ってことです!


 実は、この解釈は・・・当然ながらあの弘法大師・空海を開祖とする「真言宗」と、天台宗的な解釈です・・・つまりは「密教」的立場からの解釈です。

 真言・天台宗は「真言」・・・つまり呪文、マントラ・祈祷文・おまじないを重視しますから、これまた当然の帰結なのです。
 でもなぜか巷では「空を説いたお経」であるという解説の方が有力なのは、般若心経が「呪文を唱えろ!」というお経だとすると、お経としての一般性・普遍性が失われるからでしょう(笑)

 禅宗系のお坊さん的には、もちろん「真言」よりも座禅で自分自身の力で悟りを目指すことを目標としていますから、「結局最後は呪文だぜ!」みたいなのはちょっとなぁ・・・ってワケです。

 お坊さんが書いた本でも、密教系と禅宗系のお坊さんではそのニュアンスが微妙に違うという理由はここにあります。

 ただ、メインテーマが「ぎゃ~てぃ~」という真言を唱えなさい!では、さすがに密教系的(言い換えれば呪術的・神秘主義的)な色合いが強くなりすぎるのか、密教系のお坊さんの本でも「空」の方の解説に重点を置いている本が多いんですけどね。

 ・・・私はどちらでもいいと思います!

 「空」の哲学と真言の「神秘主義」・・・はっきり言うとヒンドゥー教の呪文を取り入れた呪術を重視する仏教というのは大乗仏教の中では相反するものでないと思われるからです。

 いえ、冷徹な「空」の思想と、とても神秘的な真言(呪文、マントラ、おまじない)の二律背反!
 実はこれこそが般若心経の魅力であり、多くの人達(特に女性)に愛されている理由なんじゃないかと思ったりもします。


 最後になりましたが、この般若心経の「本体」とも言える、

 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

 という不思議な響きのある真言ですが、真言というのはその言葉の意味ではなく「音の響き」に人知を超えた神秘的なパワーがある!(と信じられている)ものなので、経典がインドから中国に渡って漢語に翻訳された時も真言の部分だけは音写(音の響きを他の言語で表現すること)されています。
 漢字そのものの意味は全く関係ありません。

 しかし、もちろん元となったサンスクリット語にも意味はあるので、その部分を無理に翻訳することも不可能ではありません。

 ギャ~ティ~、ギャ~ティ~・・・という不思議な真言の原語の意味が気になる所ですが、実はこの部分の解釈が凄く面白かったりするんですよ!
 本によって全くと言っていいほど訳が違っていたりするんですから。

 その意味とは・・・おっと、そこは貴女自身で良い「般若心経の解説本」に巡り合って、是非、ご自身の目で確かめてみてください(笑)

 仏の悟りを通じて貴女に幸あれ!

 ~~ おわり ~~

 超地味な仏教系のエッセイ、最後までご愛読有難うございました!




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感想 1

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みんなの感想(1件)

田中
2024.10.02 田中

空の哲学と真言は大乗仏教では相反しない 胡瓜堂様は仏教随筆と春画師でこれを体現なさっています

解除

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