雲母虫漫筆 ~江戸のあれこれ~

糺ノ杜 胡瓜堂

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最終話 「殺した側が口止め料を要求?」~半七捕物帳の元ネタかも~

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 松浦静山著「甲子夜話三篇」

 巻十二、三「戸田氏、右姓名付之内今歳あらざる事 付 僕妾刑せられし事」より


 前の話(巻十二・ニ「御旗本衆仕官の老輩姓名増減」)で、幕府の御旗本衆で七十歳以上の者の名簿の事について触れたが、その内二人減員になっている事については、こんな噂を聞いた。

 七十五歳の旗本、戸田氏という人の名が今年の名簿から消えたのは、殺されたからなのだという。

 戸田氏は去年の九月の八日、隣宅の清水殿の子息を朝釣りに誘い、夜明け前に家を出る約束をしていた。
 その清水殿の息子が、戸田氏のめかけと家来が密通(不倫)している現場を偶然見てしまったのだ。

 息子がすぐさま戸田氏に報告すると、戸田氏は以前から妾と家来の関係が怪しいことを薄々感じていたのであろう、おっとり刀で現場に向かった。

 しかし、老齢の為か家来に刀を奪われて、逆に斬り殺されてしまったという。
 さらに家来は、妾と清水殿の息子にも斬りつけ怪我をさせたということだ。

 家来は何を思ったのか、そのまま近所にある戸田殿の本家の家の門を叩き、こう言った。

 「私はたった今、主人の戸田様を切害いたしました、これも常々、主人が私を荒くこき使った無慈悲な行いの結果でございます。しかし、戸田様が急死したことが露見しましては、間違いなくお家は断絶いたしましょう、ここは私に五十両下されば、このことは内密にして私はどこかに立ち去りましょう・・・」

 それを聞いた本家の主人は、

 「主人を殺しておいて、金まで要求するとはとんでもない悪党だ、このうえは家の断絶などはやむを得ない、召し捕って公儀の手で死罪としてもらうのが正道である」

 そう言って、戸田氏を殺害した家来を取り押さえ奉行所に差し出したという。


 その年の十二月に、戸田氏のめかけは不義密通の罪で死罪になり、梟首きょうしゅ(さらし首)となった。

 戸田氏を殺した家来は、当然市中引き回しの上はりつけ獄門となった。
 家来は、裸馬に乗せられて江戸の市中を引き回され、いざ刑場に入ろうという時、晒し台の上に乗せられた、かの妾の生首を横目で見て含み笑いを見せたという。

 妾の額には、家来が切りつけた時の刀疵がはっきりと残っていたそうだ。

 家来は、磔柱はっつけばしらにかけられ、刑を執行される直前まで悪党然とした様子だったと、実際に見た者が語った。

 家来は二十四くらいの男で、戸田氏の家来となってはいるが、侍出身の者であろう。
 いずれにしても憐れむべきは、この男がこうして磔獄門となったのも、侍として必要な道徳や学問を学ぶことを怠ったためであろう。

 皆、よく学んで、人としての本道を保つべきである。

 慎むべし、戒むべし・・・・。


 ・・・・このストーリー、どこかで読んだことがあるような・・・。

 そう、あの明治から昭和にかけて活躍した、推理小説と時代小説を融合させた「捕物小説」の祖、岡本綺堂氏の「半七捕物帳」にこんな話が出てきます。

 半七捕物帳、第61話「吉良の脇差」です。
 家来が主人を殺したあとの展開は全く違いますが、半七捕物帳の中でも、個人的にはこの話はドラマチックで特に好きな話だったりします。
 江戸時代の豊富な知識と緻密な描写で知られる綺堂氏は、松浦静山の甲子夜話も精読されていたようで、「蟹のお角」等、甲子夜話に掲載されている逸話をヒントにしたと思われる話がいくつかあります。
 尊敬する作家の方が執筆活動の中で採り入れた「元ネタ」を、今こうして発見できるのは、ちょっと感動です・・・。

 人を殺しておいて、逆に「口止め料」を要求するとか・・・家督を継ぐ者がいないとお家が断絶してしまう江戸時代ならではの「珍事」と言えます。
 また、今はすっかりテレビでは見られなくなった「時代劇」でお馴染みの「市中引き回しの上磔獄門はりつけごくもん」の語呂の良さ(?)を改めて実感したお話でした・・・。

 
 ・・・さて、拙い文章で江戸時代の色々な話をご紹介してきましたこのエッセイ、丁度百話となりましたので、これで完結したいと思います。

 また気が向いたら、新シリーズを始めたいなと思っています。

 ご愛読有難うございました。


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