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第五十六話 「遊女勝山」~江戸時代のファッションインフルエンサー~

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 松浦静山著「甲子夜話続篇」

 巻十六、二十「遊女勝山」より


 ある人いわく、昔、吉原に勝山という名妓めいぎがいたという。
 彼女の花魁道中はおごそかで、彼女がわき目もふらずキリリと前を見て歩く姿は凛々りりしく大変に美しいので評判だった。

 その当時、「唐犬権兵衛」というヤクザ者がいた。
 権兵衛は酒宴の席で、この勝山の評判を聞いてあざ笑った。

 「太夫といっても、売り物に買い物だ、そんなお高く止まっているのは気にくわねぇ、俺が勝山を狼狽うろたえさせて見せてやるぞ」

 翌日、権兵衛は吉原に行って、勝山の花魁道中を待ち伏せした。
 勝山が禿かむろを従えてしずしずと歩いてきた時、権兵衛が飛び出して行って勝山の後ろに回り、その髪の元結もとゆいを切ってしまった。

 長い髪はバラバラと解けたが、勝山は表情一つ変えずに、そのまま真っすぐに前を見て何事もなかったかのように歩いて行った。
 そして、かねてから懇意にしている茶屋に入り腰を掛けて、禿かむろに髪を丸く巻かせて、かんざしで留めて、すぐに元の通り花魁道中を続けた。

 その姿は大変に美しく、特に普段と全く違う、その急拵えの無造作な髪型は大変に新鮮で、人々の目は釘付けになった。
 この勝山の髪形は江戸で大評判となり、「勝山まげ」として大流行し今に至っている。

 この勝山という遊女は、たいへんにしっかりした女である。


 「勝山」は、湯女ゆなから吉原の太夫となった人で、当時非常に人気のあった女性だそうです。
 湯女ゆなというのは、銭湯で垢すりや髪結いなどのサービスを行った女性で、「サービス」の中には性的なものもあったようで、幕府から度々禁止令が出ました。

 江戸の女性は、こぞって勝山の髪形やファッションなどを真似、それは武家の女性にまで及んだとか。
今で言えばファッションリーダー、最近の言葉で言うと「インフルエンサー」となるのでしょう。
 この勝山髷は後に「島田髷」となり、江戸時代後期には女性の一般的な髪形になりました。

 それにしても彼女、この逸話から分かる通り、外見が美しいだけではなく、内面もカッコイイ女性だったのでしょうね。




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