雲母虫漫筆 ~江戸のあれこれ~

糺ノ杜 胡瓜堂

文字の大きさ
上 下
49 / 100

第四十九話 「歌舞伎役者に惚れた女狐」

しおりを挟む
 

 松浦静山著「甲子夜話」

 巻四十八、二〇「大津稲荷の事」より


 葺屋町の歌舞伎役者、市村羽左衛門は、二代目・市村竹之丞として、大変な美男として有名であった。

 ある時、京都での公演の旅の途中、大津に宿泊した時のこと。
 竹之丞が手水ちょうずを使おうとしてたらいに向かうと、水面にボンヤリと狐の顔が浮かんでいる。

 彼は驚き不審に思ったが、そのまま気にせず手水ちょうずを使った。

 さて、京都での公演を終え、帰路に再び大津の同じ宿に宿泊した際のこと、竹之丞がまた手水を使おうとたらいに向かうと、前と同じように狐の顔が浮かんでいるではないか。

 竹之丞が、ふと気配を感じて後ろを振り返ると、そこには幻のように狐の姿があった。
 彼はビックリして狐に声をかけた。

 「お前は、どうしてそこにいるのだ・・・・」

 「・・・はい、実は貴方様の美しさに惹かれてしまい、この場を立ち去ることが出来ないのです、もし貴方様がよろしければ、このまま江戸までついて行ってもよろしいでしょうか・・・」

 竹之丞は狐を哀れに思い、江戸についてくることを許し、歌舞伎小屋の屋内に祠を建て、大津稲荷として勧請したという。

 現在は竹之丞寺に移され、そこに祠があるということだ。

 これは、彼の子で市村家橘と呼ばれる坂東彦三郎、今は隠居して楽善と称している人が語った話である。

 竹之丞に惚れて江戸までついてきたこの狐は、定めて女狐であろう。

 なお、竹之丞寺は本当の名を「自性院」と号し、本所五の橋町にある。
 「江都砂子補」によると、市村竹之丞は歌舞伎役者を引退後、この寺で剃髪し出家したという。
 そのため、今に至るまでこの寺は竹之丞寺と呼ばれているということだ。


 ・・・イケメン俳優の「追っかけ」から、ついには稲荷にまでなってしまった狐の話でした。

 羨まし過ぎるぞ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

架空戦記の書き方(雑談もするよ!)

ypaaaaaaa
エッセイ・ノンフィクション
初投稿からかれこれ1年半が経ちました。 駄文でありながらこれほど多くの人にお読みいただき感激です。 さて、今回は”架空戦記の書き方”について自分なりの私見で書いていこうと思います。

【画像あり】江戸時代のUMA(未確認生物) ~人体から出て来た怪生物~

糺ノ杜 胡瓜堂
エッセイ・ノンフィクション
 世の中の珍談・奇談を収集する会「兎園会」  「南総里見八犬伝」で有名な江戸時代の戯作者・曲亭馬琴と、随筆家・山崎美成らが中心となって発足させたその会で報告された内容は「兎園小説」として編纂されました。  有名な「うつろ舟の蛮女」等の話が掲載されているのも本書です。  今回は、その兎園小説よりUMA(未確認生物)の記述です。  これは一体何なんでしょう・・・・。   なにか心当たりのある方は、情報をお寄せいただくと有難いです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

貞宗を佩く白猿

糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
 曲亭馬琴他 編「兎園小説」第十一集「白猿賊をなす事」より(全五話)  江戸時代後期に催された、世の中の珍談・奇談を収集する会「兎園会」  「南総里見八犬伝」等で有名な曲亭馬琴、著述家の山崎美成らが発起人となって開催された「兎園会」で披露された世の珍談・奇談等を編纂したのが「兎園小説」  あの有名な「けんどん争い」(「けんどん」の語源をめぐる論争)で、馬琴と山崎美成が大喧嘩をして、兎園会自体は自然消滅してしまいましたが、馬琴はその後も、個人的に収集した珍談・奇談を「兎園小説 余録」「兎園小説 拾遺」等々で記録し続けます・・・もう殆ど記録マニアと言っていいでしょう。  そんな「兎園小説」ですが、本集の第十一集に掲載されている「白猿賊をなす事」という短い話を元に短編の伝奇小説風にしてみました。  このお話は、文政八(1825)年、十月二十三日に、海棠庵(関 思亮・書家)宅で開催された兎園会の席上で、「文宝堂」の号で亀屋久右衛門(当時62歳)という飯田町で薬種を扱う商人が披露したものと記録されています。  この人は、天明期を代表する文人・太田南畝の号である「蜀山人」を継いで二代目・蜀山人となったということです。  【あらすじ】  佐竹候の領国、羽州(出羽国)に「山役所」という里があり、そこは大山十郎という人が治めていました。  ある日、大山家に先祖代々伝わる家宝を虫干ししていると、一匹の白猿が現れ家宝の名刀「貞宗」を盗んで逃げてゆきます・・・。 【登場人物】  ●大山十郎(23歳)  出羽の国、山役所の若い領主  ●猟師・源兵衛(五十代)  領主である大山家に代々出入りしている猟師。若い頃に白猿を目撃したことがある。  ●猴神直実(猴神氏)  かつてこの地を治めていた豪族。大山氏により滅ぼされた。

【画像あり】超有名なミステリー「うつろ舟」のはなし

糺ノ杜 胡瓜堂
ミステリー
 世の中の珍談・奇談を収集する会「兎園会」  「南総里見八犬伝」で有名な江戸時代の戯作者・曲亭馬琴と、随筆家・山崎美成らが中心となって発足させたその会で報告された内容は「兎園小説」として編纂されました。  そこから、あの「超有名」なミステリー「うつろ舟の蛮女」のお話をご紹介します。  うつろ舟については、民俗学者の柳田國男氏の著書をはじめ詳細な研究がなされていますし、ネット上でも様々に考察されていますので、今更私があれこれ言うまでもありません。  ただ、なかなか「原資料」を目にする機会は少ないと思いますので訳してみました。  

「真・大岡政談」 ~甲子夜話にみる真実の大岡越前守~

糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
 名奉行として名高い「大岡越前守」(大岡 忠相 1677~1752)  そのお裁きは「大岡政談」「大岡裁き」として有名で、落語や講談、テレビドラマ、吉川英治氏の小説なども有名ですが、実は実際に大岡忠相本人が関わったお裁きは殆ど無く、他の名奉行と呼ばれた人達のお裁きだったり、有名な「子争い」の逸話などは旧約聖書のソロモン王の裁きが原話だとか・・・。    「名奉行」として多分に偶像化、理想化された存在の大岡越前守ですが、当然その実際の人物像も、庶民の気持ちをよく理解している大変聡明な人だったのでしょう。  だからこそ庶民は、彼に正義を実現してくれる理想のキャラクターを求めたのだと思います。  肥前国平戸藩の第九代藩主・松浦静山(1760~1841)が20年余に渡って書き記した随筆「甲子夜話」には、そんな大岡忠助の「真実」の人となりが分かる逸話が掲載されていますので、ご紹介したいと思います。  非常に短い読み切りの三話構成となります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...