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第十一話 「蝙蝠の夫婦」
しおりを挟む山崎美成著「堤醒紀談」嘉永三(1850)年刊
「蝙蝠」より
江戸は浅草、阿部川町にある商家の土蔵の雨よけ、俗に「したみ」という部分が朽ちて破損してきたので修理することになった。
店の主人が大工に見積もりを出したところ、それほど大きな金額ではなかったが、丁度儲けの少ない時であったので、大工と相談したところ、
「増し釘をして少し手を入れておけば当分の間は雨を防ぐには事足りましょう、様子を見て本当に駄目になった時に全て造り替えましょう」
大工はそう言って、釘を打ち付け、痛んだ所を補修しておいた。
・・・・その三年後、いよいよしたみの痛みが激しくなってきたので、店の主人はかの大工を呼んでしたみを造り替えてもらう事にした。
大工がしたみの板を剥がしてみると、その板と土蔵の壁の間に、一匹の蝙蝠が飛び去らずにうずくまっていた。
大工が不思議に思って蝙蝠をよく見ると、その片方の翼が釘に打ち貫かれて、蝙蝠はただグルグルと釘の周りを廻っているのだった。
それは三年前に大工が打ち込んだ釘だった。
釘の周りをずっと回っていたために、蝙蝠の回っていた部分の土蔵の壁は丸く窪みになって、釘に打ち抜かれた翼の部分は丸く肉が盛り上がっていた。
大工はそれを見て嘆息して言った。
「ああ、俺は罪深いことをしてしまった・・・三年もの間この蝙蝠に苦しみを与えてしまったのだ」
大工は嘆き悲しみながらもふと不思議に思った。
この蝙蝠はこうして釘に打たれて、いったいどうやって生きていたのだろう、何を食べて生きていたのだろうか。
見ると、この蝙蝠のいた場所の下には糞が溜まっている。
これは不思議な事だ・・・と主人に話すと近所の人も大勢集まって人だかりが出来た。
その中のある人が言った。
「この蝙蝠は雄か雌か分からないが、番(夫婦)のもう一匹がこの蝙蝠の為に三年の間、餌を運んでやっていたのでしょう」
それを聞いた人達は、みな夫婦の情の厚さに感激して涙を流した。
大工も、槌を投げ打って涙ながらに言った。
「俺がお前達蝙蝠から教えてもらったことは、尊い高僧の説法にも変わらない、このことは生涯忘れないぞ」
店の主人も、この蝙蝠の巣を取り壊して新たに造るのにも忍びず、釘を抜いて蝙蝠を解き放して、したみはそのままにすることにした。
蝙蝠の番はその後も土蔵のしたみに住み続け、夕暮れ時になると出入りするのが見られるという。
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