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【ニ】女性は罪が深くて成仏出来ねぇからww・・・って(汗)

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 お釈迦様が死の直前ギリギリまで肉体を痛めつめる「過激」な修行方法で悟りを目指し、その結果。断食をし過ぎて餓死寸前のところを、栄養たっぷりの乳粥を供養して命を救ってくれたのがスジャータちゃんでした。

 ということは、彼女がいなければお釈迦様は道半ばで餓死してしまい、仏教は成立しなかった可能性もあります。

 いわば、仏教は「女性」に救われたと言っても過言ではありません。

 ・・・しかしですね、その割には仏教って女性に冷たい部分があるんですね。

 一段劣った感じに見ているというかそんな感じ?


 現代人の価値観をもって二千年以上も前の事を「女性差別」だなんだと糾弾するのも極めてナンセンスですが、たしかに「女人五障説」とか、女性は罪業が深すぎて成仏出来ないとか、たとえ成仏するにしてもいったん「男」に生まれ変わらないとダメ(トランスジェンダーかっ?)だとか(これを変成男子といいます)、とにかく女性は色々と罪が深いからダメだ!・・・と決めつける感じのけっこうヤバメな教えがあるのは事実です。


 ちょっと話は脱線しますが「南無阿弥陀仏」と唱えると行けるという阿弥陀如来様の国、「極楽浄土」(西方浄土)には「男」しかいないという話もあります(諸説あり、宗派によっていろいろ解決策を出しています)
 さきほど書いたように女性はそのままでは成仏出来ないからです。

 そもそもですね、この「極楽浄土」というトコロ、キリスト教でいう「天国」とは全く違います(笑)

 清浄で荘厳、美しい音楽が流れ、良い香りのする素晴らしい場所ではあるのですが、極楽浄土は「最終地点」ではなく、「そこで悟りを得るために修行をする場所」なのですねぇ。

 いわば天国みたいに「楽しい世界」ではなく、そこで悟りを得るためにさらにストイックに「修行をする場所」が極楽浄土なのです!

 ・・・言ってみれば「悟りを得るための強化合宿所」!


 もちろん仏教の教えのとおりお酒は禁止!前述のとおり女性はおらず「野郎」ばかりの合宿所で、もちろんスマホもテレビもナシ(笑)ひたすら悟りを目指すのです!死んでからもひたすら修行なのです!

 ・・・わ、私は地獄の方がいいですわ、野郎ばっかりで女性がいないとかイヤどすわ。


 話は脱線しましたが、そんな感じで「仏教はけっこう女性に冷たい」というのが定説だったりします。


 ただ、ここではっきりしておかなければならないのは一口に「仏教」と言っても、紀元前6世紀頃にお釈迦様が説いた「原始仏教」と、13世紀初頭にインドで仏教が滅亡する直前の「後期密教」「タントラ密教」あたりは全くの別物というコトです。
 「ブスの瞳に恋してる」(鈴木おさむ氏原作)の漫画「平田京子氏」版と「漫♡画太郎」版くらい違います!(判りづらい比喩だなぁ・・・)

 ほんとまるで違います、ほぼ教義も180度違いますから混乱しますし、単に「仏教」と言った時に、どの時代のどんな宗派の「仏教」なのかをはっきりさせないとまるで議論にならないという部分があるのです。


 ・・・その意味で、ずいぶんと回り道になりましたが、主題に戻ってまずはお釈迦様の説かれた教えに近いとされる「原始仏教」についての女性観を見てみましょう。

 といっても、お釈迦様がこの世に生きていた時代、実際にお釈迦様が説いた言葉は文字として残されていません。
 いわゆるお釈迦様のお言葉である「お経」は全てお釈迦様の入滅後(死後)に書かれたものです。

 お経の定型として「如是我聞」つまり「私はお釈迦さまからこのようにお聞きしました」で始まるのも、お釈迦様の弟子たちが聞いた言葉を後世に文章化した為です。

 だから、本当にリアルなお釈迦の言葉や実際の行動というのは誰にも判らないのです!


 ただ、いろんな説話からあえて推測すると、どうやらお釈迦自身も「女嫌い」とまでは言わないまでも、あまり女性は好きではなかったような印象があります、これホント。

 一例には、お釈迦様が苦行を止めて瞑想に入った際に「悪魔」達が美しい女性に化けてお釈迦様の修行を邪魔しに来た・・・なんて逸話もあります。

 美しい女性は修行の妨げなんですね・・・とっても判ります(笑)


 お釈迦が活動した時代、仏教は「サンガ」と呼ばれる出家の集団が主体となって、あちこちを移動しながら教えを広めていったのですが、お釈迦様は女性達が「サンガ」に参加したいと願い出たのをなかなか許可されませんでした。

 ・・・まあ男ばかりの集団修行生活をしている側に、女性の集団がいると「風紀」が乱れると心配するのは当然といえば当然でしょう。

 それをもって「お釈迦様が女性嫌いだ」などとはとうてい言えないのですが「どうしてもサンガに入って修行したいのです」と必死に懇願する女性達にもなかなかオッケーを出さず、弟子達に説得されて渋々女性の参加を認めたあたり、お釈迦様が女性に対してはかなり距離を置きたかったんだろうなぁ、というのは伝わってきます。

 多分お釈迦様は、自分も含めて男性ばかりの仏教の修行者にとって「女性」と言う存在そものが「修行の妨げになる」と考えられたのではないでしょうか。

 事実、仏教は原始仏教からかなり後の大乗仏教まで「性」に関してはことさらに・・・過激なほどにストイックです(後で述べることになるであろう一部の宗派は除きます)。

 まあ「性」をタブー視するといいうのは宗教には有りがちで、何も仏教に限ったことではないのですが、僧侶達が妻帯や女性との肉体的接触・・・まあ有体に言うとセッ〇スなのですが・・・を戒律で厳しく禁じられているのは周知の事実。
 (現在の日本の仏教では、お坊さんは妻帯もセッ〇スもキャバクラ遊びもパパ活もオールオッケーです(笑))


 ただお釈迦様ご自身は、人間の本能であるセッ〇スも含めて、何事も「極端な考えはいけない、中道を行きましょう」とおっしゃられています。
 「悟り」を目指し厳しい修行をする出家者には俗人よりも厳格な戒律を課しましたが、お釈迦様は俗人に対してはそれほど過激な性の抑制を求めているわけではありません。

 夫婦の愛のあるセッ〇スは自然の営みだし、全然オッケーだよ・・・そういうスタンスです。


 戒めているのは不倫(ああ、タイムリーだなぁ♥)や過度な淫欲など道徳に反したり、極端に走る場合のみです。

 ・・・という事は、仏教が性的魅力にあふれ、男性を魅了する「女性」を「ことさらに」嫌悪するのはお釈迦様ご自身の考えや教えではないという事でしょう。

 それじゃ「女性は罪が深くて成仏出来ねぇから!」とか「いったん男に生まれ変わらないと極楽にも行けねぇから」とか言い出したヤツは一体?

 ・・・続く(笑)


 



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