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「大晦日はあはぬ算用」 【一】

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 ・・・・暮れも押し迫った極月(12月)

  品川名代の貧乏横丁のどん詰まりの粗末な借家から、こんなやり取りが周囲に響き渡る。

 「・・・そうはおっしゃられても、もう暮れの節季でございます、どうか米のお代を・・・」

 若い米屋の手代が恐る恐る繰り返すと、雷のような大きな声が響き渡る。

 「金があれば払うが、今は無いのだから仕方がない・・・だから春まで待てというのに、どうして待てないのだ?」

 横車を押して米屋の手代を困らせているのは、原田内助という貧乏浪人。

 年の暮れ、餅つきをしている家の隣で煤払いもせず、ささくれだった琉球畳の上で髭も剃らず、朱鞘の刀を差してふんぞり返っている迷惑者。

 こんな調子で方々に借金がかさみ、近所でも悪評が広まり、以前住んでいた浅草の長屋にも居られなくなり、五年前からこの品川に移り、藤茶屋の近所の半分崩れかけたような借家に住んでいる男だ。

 そんな困り者の内助であったが、さすがにそこは武士、一本気で「義」は通す男であった。

 品川でも貧乏は相変わらず、まるで貧乏神と兄弟のような生活を続け、とうとう薪や油も買う金が無くなり、このままでは年も越せなくなった内助は女房の兄に金の無心をする。

 半井清庵なかいせいあんという内助の義理の兄は、神田明神前で医者をやっているが、腕がいいとの評判でなかなか流行っており生活は裕福である。
 度重なる内助からの無心の手紙に迷惑はしていたが、さすがに妹の夫を見捨てるわけにもいかず、この年の暮れも金十両の小判を紙に包み、その上書きに、

 「貧病ひんびょうの妙薬、金用丸きんようがん、どんな症状にも良く効く」
 (注)「金用丸」は薬の名称「◯◯丸」をもじった洒落

 ・・・と、医者らしく薬に見立てた洒落た上書きをして内助に届けさせた。

 内助は義兄からの多大な援助と、医者らしい軽妙な上書きに大変喜び、幸運のお裾分けに酒でも振る舞おうと、昔から親しく交際している親友七人を自宅に招いた。

 ・・・・皆、仕官していた時代からの親友の浪人仲間である。

 この七人も内助同様、永の浪人暮らしで大変に貧しい者達ばかりだったが、それでも紙子(和紙でできた安い着物)や、冬だと言うのに一張羅の単羽織ひとえばおり等で精一杯正装し、武士らしく体裁を整え内助の家に集まった。

 「さあ、皆々様、よく集まってくれました・・・汚いところだが、どうぞ上がってください」

 一通り挨拶を終えて、内助は義兄から援助を受けた十両の小判と、上書きを皆に披露する。

 「拙者は、運良くよい親類に恵まれ、このように援助を受けて良い正月を迎えることができます、この幸運を心ばかりではございますが皆にも分けて差し上げたいと思い、このたび皆においでいただいたのです、さあ、酒も沢山ございます、皆で存分に飲んでくだされ!」

 「これはかたじけない・・・それにしても、お主はいい義兄を持ったものだなぁ!」

 「これは羨ましい、拙者もあやかりたいものだ」

 七人の旧友達との和気あいあいの酒宴が始まる。

 皆が酒と女房の手料理に舌鼓を打ち、場も盛り上がってきたころ、内助は義兄からもらった小判十両を畳の上に並べ皆に披露し、その上書きも見せた。

 「・・・・どれどれ・・・・貧病の妙薬、金用丸、どんな症状にも良く効く・・・ハハハッ、これはまた洒落た文句ですなぁ!原田殿のご親戚はなかなかの風流人でごさまいますな!」

 「この小判の山吹色・・・久しく見ていなかったが綺麗なものだなぁ・・・」

 畳に並べた小判を肴に、酒宴はすすみ、皆思い思いに仕官時代の思い出に花を咲かせる。
 夜も更け、知らぬうちに日が変わっても八人の話は尽きなかった。

 「楽しい年忘れの会ですっかり長居してしまいました・・・このへんでお暇するとしましょうか」

 皆で「千秋楽には民を撫で・・・」と「高砂」を謡い会はお開きとなった。

 辺りに散乱している燗鍋や塩辛の入った壺を皆で手渡しで片付け、女房が台所に持ってゆく。

 「さあ内助殿、大事な小判です、お仕舞いくだされ」

 友人に促され、畳に並べてあった十両の小判を集めて数えてみると・・・・なんと九両しかないのである!

 「・・・・どこかに一両転がってはおりませぬか?」

 皆で手分けしし探し、袖などを打ち振って調べてみたが紛失した一両は見つからない。
 
 ・・・この七人の親友たちの一人が掠め取ったものか・・・内助はふと頭によぎったそんな考えを即座に否定する。
 気心の知れた旧友達がそんなことをするはずがない・・・武士の端くれとして彼等を疑うことさえ卑しいことだと内助は内心思った。


 「・・・・ワハハハッ、私としたことが、すっかり忘れておりましたぞ!」

 突然内助が、手を売って大笑いする。

 「いやあ、義兄から貰ったのは十両でしたが、酒屋と米屋と炭屋への支払いにすぐに一両使ってしまっていたのです!最初からここには九両しかなかったのですよ・・・いや、私の憶え違いで、皆様に手間をとらせてしまって大変申し訳ございませんでした、どうか気をつけてお帰りください」

 ・・・・無論これは内助の方便である。
 当然小判は十両だったのだが、大事な友人達に嫌疑がかからないよう、その場を取り繕ったのだ。


 「・・・・いや原田殿、お気遣いは有り難いが、小判は確かに十両あった、それは間違いないのだ。十両あった小判が一枚減っている、これは捨て置かれないことだ・・・・この上は皆で身の潔白を示してはどうだろうか」

 口を開いたのは玉井進之丞という親友だった、彼も曲がったことが嫌いな立派な侍だった。

 まずは言い出した玉井が着物の帯を解いて、帯や着物、下帯にまで小判を隠していないことを皆の前で示す。

 隣の男も、彼に倣って着物を脱ぎ、身の潔白を示した。

 ・・・三番目の男・・・井澤格之助、これも内助の仕官時代からの親友なのだが、彼は無言で苦しい顔をし、着物を脱ごうとしない。

 ・・・八人の視線が一斉に井澤に集中する。



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