大晦日はあはぬ算用(おおつごもりは合わぬ算用) ~「西鶴諸国ばなし」より

  
 江戸時代の作家「井原西鶴」が、貞享2(1685)年に出版した「西鶴諸国ばなし」

 笑い話から、不思議な話、ちょっと感動のストーリーまで、様々なお話が掲載されている非常に面白い本です。
 その中から、武士の「義」と咄嗟の機転についてのお話をひとつ!

 巻の一に収録されている「大晦日(おおつごもり)はあはぬ算用 江戸の品川にありし事」というお話です。

 万年貧乏浪人の原田内助・・・この年も越せそうになく義兄に金の無心をすると、義兄からは十両の小判が届けられます。
 思いがけない幸運に、昔からの親友の浪人仲間を招いて酒宴を催す内助でしたが、その席で小判が一両紛失してしまいます・・・。

 事の顛末は・・・ちょっといい話です。

 全二話、約4千文字。
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