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第九十八話 「善悪二題」新著聞集より
しおりを挟む新著聞集 神谷養勇軒編 寛延二(1749)年より
善「正直弥六郎田地をうく」
南部大膳大夫(盛岡藩領主)殿の家臣の八戸弥六郎の領地に、大変正直な百姓がいた。
この百姓は、「正直」という異名で呼ばれていた。
弥六郎もその二つ名には理由がある事だろうと心に留めて、ある日その男の夫役を免除してやろうと伝えると、かの百姓は、
「大変有難い仰せでございます・・・しかしながら、私が夫役を免除された分を他の百姓が負うことになります。これは他の者達の迷惑となりますので、わたくしは今までどおりで結構でございます」
と、丁寧に辞退してきた。
弥六郎はいよいよ感心し、鷹野に出た際に彼を呼び出してこう言った。
「おまえは大変優しい男だ、これまで耕作していた二十五石の田地は今後おまえの所有物としよう、収穫は全て自分ものとせよ。夫役はおまえの言う通り公のことであるから、今までどおり勤めよ」
悪「不孝の男士死厠尸に至る」
大和の国、高市郡鳥や村に、甚七という親不孝な百姓がいた。
この男は普段から母を邪見に扱っていたが、ある時、畑仕事から帰ると、母がまだ飯の支度を終えずに茶を沸かしていたことに腹を立て、釜の中の茶袋や残りの茶を引き出して便所へ捨ててしまった。
男はこのような悪行を日々続けていたが、ついに熱病に罹り死んでしまった。
人々が葬儀の準備のために男の死骸を安置していると、死骸がいきなり立ち上がって便所へと駆け出してゆく。
人々が驚いて追ってゆくと、死骸は便所の前でうずくまって動かなくなった。
これを元に戻して葬儀を始めると、空は綺麗に晴れ渡っていた。
人々が「このような大悪人の葬儀の日に晴天とは不思議なものだ・・・」と噂し合っていたが、死骸を火葬にしようとした時、一天にわかに掻き曇り、大雨が降り雷鳴が轟いた。
ようやくの事で火葬にして、翌日灰を集めようと火葬場に行くと、真黒な炭となった男が穴の中から立ち上がっていた。
それを見た人々は恐怖に顔をひきつらせた。
その後、死骸の周りに再び薪を大量に積んで燃やし、二日がかりでやっと灰にしたという。
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