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第九十話 「閻魔頓死狂言の事」
しおりを挟む根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之五
「閻魔頓死狂言の事」より
寛政八年の春頃、閻魔大王や鬼に変装して人を欺いた者が捕らえられ、奉行所に連れてこられたという噂が立ち、人がしきりに私(鎮衛)の所に問い合わせに来た。
※根岸鎮衛は南町奉行
私(鎮衛)は、「それは根も葉もない虚言で、そんなことは一向に知りません」と答えたが、同年の冬にある人が来て、「きっと嘘の話でしょうが・・・」と前置きして私に語ってくれた話である。
相州かどこかの話だという、ある村に老夫婦が住んでいた。
老夫婦には一人娘がおり大変寵愛していたが、その娘が十六歳の時にふと病気になり、治療の甲斐なくあっというまに亡くなってしまった。
老夫婦は、大変嘆き悲しんで朝夕娘のことを思い出して泣いていた。
その嘆きがあまりに深いので、村役人や五人組が代わる代わる「何時までも嘆き悲しんでいても亡くなった娘さんが帰ってくるものでない・・・」と諫めに行ったが、老夫婦はただ嘆き悲しむばかりであった。
それを聞いた名主の次男が、「俺に名案がある」と言って友達を集め、自分は鎮守祭りの赤いカツラを被り修験者の服を着て閻魔大王に変装し、友達にも赤色の絵の具や墨を顔に塗って鬼に変装させた。
名主の次男と友達は、深夜に老夫婦の家に行き戸を叩いて家へと入ると、老夫婦は大変驚いた。
「こんな夜中にどなた様ですか」
「我は地獄の閻魔大王である」
「え、閻魔大王様・・・・」
「そうじゃ、その方達の娘が死んで地獄へと送られてきたので、現世での行いを映す浄玻璃の鏡、亡者の善悪を量る業の秤で確かめてみても娘にはいささかの罪もないのだ・・・そのため娘を極楽へ遣わそうと思ったのだが、両親の嘆きが甚だしく法事にもろくろく身を入れないため、それで娘の魂は迷って未だに極楽へと行けないのだ、我は娘を不憫に思い、こうしてお前達にそのことを告げに参ったのだ」
老夫婦は涙を流して喜んだ。
「有難いことでございます、これからは嘆いてばかりいないで、娘の菩提を弔いたいと存じます・・・・」
老夫婦は、娘の為にわざわざ地獄から来てくれたという閻魔様を歓待するために仏壇に供えていた餅を持ってきて閻魔大王と鬼達に差し出した。
閻魔に化けた名主の次男と友達は喜んでその餅を食いはじめたが、供えてから日の経った餅は固くなっていた。
閻魔の次男が「ここで遠慮したら偽物だということがバレてしまう・・・」と思い、硬くなった餅を無理に飲み込むと、餅が喉に詰まって苦しみ始めた。
鬼の友達共が驚いて介抱したが、ついに閻魔の次男が死んでしまったので鬼達は狼狽し、算を乱して逃げ出した。
老夫婦はビックリして村長の所に通報すると、村人達も駆けつけてきた。
死んだ閻魔大王の顔に塗った絵の具を洗い落とすと、名主の次男だったので人々は再び驚く。
逃げた鬼達はすぐに捕らえられて吟味をうけたが、何と言っても人が死んでいるので代官の所に召し連れてゆくことになった。
鬼達が縄で縛られて奉行所へ連れていかれる姿は奇妙なものだったというが、どういうお裁きになったのかは分からない。
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