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第八十七話 「恩愛奇怪の事」

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 根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之七


 「恩愛奇怪の事」より


 最近世間にはこういう噂があるとして知人が教えてくれた話である。

 神田明神前からお茶の水に出るところに船宿があった。
 その家に、文化三年に六歳になった娘がいた。

 その娘は、二、三歳の時から筆を取って字を書けるようになったが、その筆跡はまるで大人のように立派なものであった。
 両親はこの娘を大変寵愛した。

 いつの頃からか、家では船宿を廃業して両国辺へ引っ越したが、娘の字はいよいよ上達し周囲の人も称賛した。

 しかし、文化三年に疱瘡が大流行し娘も疱瘡にかかってしまった。
 両親は、付きっきりで看病したが娘の容態は日に日に悪くなってゆく。

 その今際の際に、娘が母に向かって言った。

 「お母様、そんなに悲しまないでください・・・神田へ生まれてまた会いにきます」

 母は「決して約束を忘れないでおくれ」と、娘に念を押した。

 その後娘は亡くなってしまい、家では葬儀を出したが、母の悲しみは尋常ではなく嘆き臥せっている日々が続いた。

 神田に住んで居た頃に知り合いだった人達も、母親の酷い落ち込みように、代わる代わる見舞いに行ったが、その知人の中に、亡くなった娘と同い年の娘を持つ人がいた。

 知人の娘は最近「両国に帰りたい」と意味の分からないことを口走るようになった。

 かの娘をつれて知人が両国に見舞いに行くと、娘が、

 「もう神田へは帰らない、この家に置いて欲しい」と言い出した。

 皆が不思議がっていると、今まで筆も取ったことが無く字など全く書けない娘が、筆をとってスラスラと字を書き始めた。

 その筆跡は、死んだ両国の娘とまったく同じであったので人々は大変に驚いた。

 神田の親が、とにかく今日は家に帰ろう、と宥めるが娘は「私はここの娘です」と言って、頑なに神田へは帰ろうとしない。

 仕方なく、その娘を両国の家の子供とし、神田の親は帰ったという。

 
 江戸時代の「転生」談ですが、面白いのは新生児としてこの世に転生してくるのではなく、別の子供がある日突然別人格になってしまうという点、ちょっとイレギュラーな感じがします。

 2019年のホラー映画、「ザ・プロディジー」では、邪悪な猟奇殺人犯の魂が新生児に入り込んでだんだんと体を乗っ取ってゆきますが、なぜかそれを思い出しました。
 ちなみにこの映画、強烈に胸糞展開なので、見る時は注意したほうがいいと思います・・・。


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