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第八十一話 「犬虎ともに噬ふ」(秀吉公の虎)

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 新著聞集 神谷養勇軒編 寛延二(1749)年


  第七 勇烈篇 「犬虎ともにふ」より


 秀吉公は大阪城で虎を飼っていた。

 その虎の餌には生きた犬が用いられ、近隣の村々より犬を供出させていた。
 ある日、津の国丹生の山田という村から、白黒斑の犬が一匹供された。

 その犬は、顔が長く目が大きく脚の肉も逞しく、普通の犬とはみるからに異なる強そうな犬であった。

 虎の檻に入れられると、犬は檻の隅に陣取り、総毛を逆立てて唸りながら虎を睨みつける。

 いつもならば虎は、餌の犬が入れられると喜んで襲い掛かり、その鋭い牙と爪で引き裂いて、あっという間に喰ってしまうのであるが、今日に限って虎は鋭い目を光らせて唸りながらも、飛びかかろうとしない。

 どこか怖気づいているように見える。

 「はて、珍しいこともあるものだ・・・」と、周りの者達が集まり、虎の檻の前にはあっという間に人だかりが出来る。

 しかし、虎はさすがに猛獣の王であるから、ついに踊るように犬に飛びかかった。
 犬はその一撃をかわして、虎の首へと噛み付いた。

 虎は、左右の大きく鋭い爪で、犬をズタズタに切り裂いたが犬は決して虎の喉から離れず、格闘の末、ついには虎も犬も相打ちになって死んでしまった。


 この話が秀吉公のお耳にも達し、秀吉公から、かの犬の出所を調べよという命令が下った。


 その犬は、丹生山田の山中に住む老夫婦の猟犬だった。
 猟師をして暮らしていたその夫婦の飼い犬は大変に賢く、朝飯を食わせて「早く帰って来いよ」
と言って山に放すと尻尾を振って森の中に消える。

 主人が、犬の帰る頃を見計らって鉄砲を担いで森へ入ると、犬が猪や鹿を主人の近くまで追い立てて仕留めさせるのである。

 老夫婦にとって、この犬は生きてゆくのに無くてはならない相棒であった。

 しかし、秀吉公からのお触れを受けた土地の庄屋が「その犬を差し出せ」と言ってきた。

 老夫婦は、「この犬は年老いた私共が生活してゆくのに必要な大事な犬でございますから、どうかご容赦を・・・・」

 としきりに頼んだが、非情な庄屋は聞きれなかった。

 夫婦は、犬に向かって涙を流して、こう言い聞かせた。

 「おまえはどういう宿縁が、今までわしら夫婦をよく養ってくれた・・・・庄屋から命令され、おまえを虎の餌にしてしまうこと、大変悔しいが、わしらにはどうすることも出来ない。わしらを恨んでくれるな・・・・おまえは強い犬じゃ、決して易々と虎の餌食になるな、必ず虎に一矢報いよ」

 犬は、主人の言葉が分かるのか、しおしおと庄屋に引かれていった。
 そして、主人の言いつけ通り、虎と相打ちになったのである。


 この話が秀吉の耳に入ると、秀吉も老夫婦と犬を哀れに思い、庄屋の心掛けは不届きであるとして庄屋に重い罰を下し、老夫婦には犬を懇ろに弔えと庄屋から没収した金銀を下賜したという。

 





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