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第七十六話 「一言人心令感動事」
しおりを挟む根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之八
「一言人心令感動事」より
文化五年、加賀の国の金沢城が焼失。
僅かに出丸様の部分だけが焼け残り、加賀守、前田斉広公もそこに仮住まいをしていた。
領内のある百姓が、城の焼失で国主が難儀しているのを嘆いて「牛蒡二把を献上させて頂きたい」と申し出てきた。
重臣や家来達、役人達が集まって、色々と議論を始める。
「・・・奇特な志ではあるが、百姓より直々に領主へこのような物を献上するというのは、いまだかつて前例の無いことである、いかがすべきか・・・・」
それを加賀守が聞いて、
「なに、牛蒡とな・・・それは奇特な事じゃ、非常時ゆえ普段の取り扱いなどは詮議不要じゃ、その志は大変有難いことであるぞ、早く料理せよ」
そう申し付けて、出来上がった料理を自ら食べ始めた。
「まだ残っているなら、皆にも食べさせよ」
と言って、焼け跡を片付けに来ていた領民にも振舞う。
その次の日から、加賀百二十万石の百姓たちが銘々に献上の品を持ち寄り、かれこれ集まった金品は十七万両ほどにもなったという。
また、領内の村々からは、かねてから非常用にと蓄えていた小判を一升枡ずつ献上したということだ。
これは、本当の話ではないかもしれないが、百二十万石の大家であれば、有りそうな話ではないか。
この話は、文化五(1808)年に金沢城の二の丸御殿が全焼した時の話らしいです。
戦後の歴史観では「権力者に搾取される民衆」というか、権力者と民衆は対立した関係にあるものという印象が強いですが、これは社会主義運動の思想がやや濃いのかな・・・という気もします。
現在の歴史の教科書ではどう教えているか分かりませんが。
当然、時代や地域によって違いますが、昔の日本の民衆の「お上」に対する感覚というのはこういうものだったのかな・・・耳嚢をはじめ、古い書物を色々読んでいるとそう思ったりします。
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