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第七十五話 「明徳の祈禱其依所ある事」

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根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之三


 「明徳の祈禱其依所そのよりどころある事」より


 祐天大僧正は、大変に徳の高い名僧として名高い。

 ある時、富豪の娘が亡くなった後、その家の座敷の隅に娘の幽霊が出るようになったという。

 両親や家の者も、娘の幽霊が部屋の隅にぼんやりと現れるのを目撃し「狐狸の仕業か、それともなにか成仏できない理由があって迷っているのか・・・・」と大変驚くと同時に嘆き悲しんだ。

 両親は僧を呼んで誦経してもらったり、祈祷をしてもらったりしたが、その後も娘の幽霊は現れ続ける。


 両親は、その頃飯沼の弘教寺で住持をされていた祐天上人に祈祷を願い出た。

 祐天上人が富豪の家に着いて聞く。

 「娘さんの霊はどこに現れるのですか?いつも同じ場所に現れるのでしょうか?それとも、日々場所が変わるのでしょうか・・・・」

 「はい、いつも同じ部屋の同じ場所に現れるのでございます」

 祐天上人は、梯子と火鉢を借りて、幽霊が現れるという一間にこもり誦経を始める。
 しばらくして、上人自身が梯子をかけ、娘の霊が現れるという部屋の隅の天井裏へと上がると、そこには夥しい恋文が束になって置かれていた。

 祐天上人は、その恋文の束を取り出して、火鉢の中に差し込んで全て灰にしてしまった。

 「もうこれで娘さんの幽霊は現れることはないでしょう」

 祐天上人の言葉どおり、その後、娘の霊は現れなくなった。

 生前、娘には親にも秘密で将来を約束した人がおり、密かに恋文を交わしていたのである。
 死後、その天井裏に隠していた文に遺念が残り、幽霊となって現れていたのだった。

 祐天上人は、そのことに早くも気づいた智者であり、祈祷にその験があることは当然の事であろう。
 
 
 この祐天上人というお坊さんは、「日本版エクソシスト」である、「かさねの物語」で大変有名です。
 累の物語は、元禄三(1690)年に著された「死霊解脱物語聞書」に記述された「実際に起こった事件」とされています。

 お菊という名の少女に取り憑いた怨霊を成仏させたこの因縁深い「悪霊祓い」は、四代目鶴屋南北の「色彩間苅豆いろもようちょっとかりまめ」等の歌舞伎や、曲亭馬琴の「新累解脱物語」等の読み物、さらに明治になって三遊亭円朝によって怪談「真景かさねヶ淵」として翻案されるなど、日本を代表する怪談話として知られています。





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