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第六十五話 「奢侈及窮迫の事」
しおりを挟む根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之八
「奢侈及窮迫の事」より
椀屋久兵衛という町人は「椀久」としてその名を知られ、贅を極め、遊興の限りを尽くしたことが人口に膾炙し、浄瑠璃や芝居に仕組まれている。
この椀屋久兵衛というのは大阪の商人で、非常に裕福な男だったが、贅を極め豪遊した結果、身上は没落してその後は農人橋と天満橋の辺りの小屋に住み、乞食同様に暮らしていた。
昔の友人が彼を憐れんで、
昔は「椀久」と言われ世間に名を知られた男が、このように没落しているのは大変気の毒な事だ、彼は羽振りが良かった頃は菜飯と田楽が大好物だったな・・・
そう思い、彼の小屋を尋ねて昔話に花を咲かせた後、「貴方の好物をご馳走しますから何時頃おいでなさい」と彼を食事に招待する。
椀久は丁寧に礼を言った。
かつては贅沢の限りを尽くした椀久のこと・・・そう思い、菜飯と田楽を用意するのにも素材等に細心の注意を払って用意させたのだが、招かれた椀久は菜飯を一二杯、田楽を二三本食べて、「もうこれで結構でございます」と言って箸を置く。
「大好物とお聞きしたので用意したものですから、ご遠慮なさらずに、もう少しお食べになっては・・・・」
そう勧めたが、椀久は「もうこれで充分でございます」と言う。
随分と衰えたので小食になったのか・・・とも思ったが、椀久にその訳を重ねて聞くと、
「・・・では申し上げましょう、菜飯に使う飯は美濃の上級米、菜は京菜の良いものを一枚ずつ選んで焚き、田楽も祇園の水で作った豆腐、その外、使う串や味噌も厳選したものを使ってこしらえたものだったので好物だったのでございます・・・・」
椀久はそう答えた。
昔の友人は心の中で、このような事では破産して没落するもの当然だろう・・・そう思ったという事である。
この椀屋久兵衛という大阪の豪商、歌舞伎や浄瑠璃、長唄の「二人椀久」等で有名な人だとか。
豪遊の末破産して、最期は狂死したとも言います。
・・・まあ、没落してもこれだけ贅沢な事を言えるのは・・・ある意味スゴい。
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