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第五十四話 「大石」

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 「話稿 鹿の子餅」 木室卯雲著:明和九(1772)年刊

 「大石」より


 裏店へ引っ越してきたご浪人、世帯道具はさっぱり無くて、焚口が一つのへっついと、飯を炊く焙烙ほうろく鍋がひとつばかり。

 引っ越し祝いに来た者達に、所帯道具が何もないのを大いに自慢する。

 「だいたいな、武士というものは衣類諸道具は持たないものだ。常々贅沢をしていると、いざ戦、という時に体がなまって困るのだ、だから拙者は何も持たない主義なのだ」

 祝いに来ていた者が訪ねる。

 「それはお聞きしましたが、この玄関に置いてある大石・・・これは踏み台とも思えませんが何にお使いになるものでしょうか」

 「おお、それか、それはな・・・寒いとき持ち上げるのだ」


 「武士は食わねど高楊枝」なんて川柳がありますが、貧乏自慢の浪人、冬着等は持っていないので、寒いときは大石を持ち上げで体を温めるのだ、という痩せ我慢の極み。

 江戸時代の「小噺本」の大ブームの頃には、こうした痩せ我慢したり、尊大だったり、堅苦しいお侍さんがよくネタにされています。

 
 「今歳花時」(武子編:安永二(1773)年)より、もう一話。

 「女郎」より

 堅いお侍さんが吉原にお越しになり、よほど酒が過ぎたと見えて祝儀の小唄一、二番謡われる。

 若い者も呆れ顔で、「さあ、そろそろ床入り」と進めるとお侍、

 「しからばいずれも・・・」

 と堅苦しい挨拶をして寝間へと入る。

 「おい、今のお侍様、あんまり堅苦しくて面白いお客じゃ、あれじゃ睦言も面白かろう」

 と皆で静かに伺っていると、クライマックスに達してきたとみえ、

 女郎「ああ、いきやす、しにんす、しにんす」

 お侍「身も相果てるようだ」


 ・・・・・解説は不要でしょう・・かね(笑)

 吉原で遊ぶ時も四角張って堅苦しいお侍さん、アノ時も声まで堅苦しい・・というハナシ。

 ちなみに、粋な大店の若旦那等の「通人」は、巷で流行りの唄を一生懸命勉強したそうですが、祝儀の小唄などを吉原で歌うのは無粋の極み・・・ということなのでしょう。


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