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第四十三話 「蘇生の人の事」

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 根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之五


 「蘇生の人の事」より

 寛政六年の頃、芝辺りに住んでいた日雇い労働をして暮らしていた男が、ふと患いづいて急死してしまった。

 身寄りの者も居ないため、念仏講仲間が寄り合って、寺へ運んで葬式と埋葬を済ませたが、一日経って塚の中から唸り声が聞こえ、その唸り声は段々と大きくなっていった。
 寺の僧侶も驚いて、「掘り返してみましょう」と施主へも連絡のうえ塚を掘り返すと、埋葬された男は確かに生きていた。

 それから寺社奉行へもその旨を届け、その時の町奉行小田切土佐守方へも、町人達で蘇生人を引き取る旨を届け出て、療養させた。

 蘇生した男に、当時の状況を尋ねると、

 「俺は自分が死んだとは全く知らなかった、なにか京都に行って祇園辺りを歩き、大阪の道頓堀にも行って東海道を下って行った、大井川を渡ろうとするも、渡し銭を持っていなかったが、川越えの人夫達が憐れんで渡してくれた。それから家に帰ると目の前が真っ暗になって夢中で大声を出したのを憶えている・・・・まったく夢をみているようだった」

 と語った。

 その話の中に、閻魔の役人や地獄の鬼達にも遭わなかった、というのが正直で面白いと皆で笑ったという。

 
 今で言えば「臨死体験」というものでしょう。

 臨死状態で、京都や大阪を旅する・・・・実は、この話を読んで落語の「地獄八景亡者戯じごくばっけいもうじゃのたわむれ」を思い出しました。

 これは上方落語の演目で、死んだ者が地獄で観光旅行をするというもの。
 長い演目ですが、上方らしい鳴り物もはいって非常に賑やかで面白い話です、個人的には私の最も好きな落語家、故・「桂枝雀」さんのものが最高だと思います。
 その時代の流行りものや時事ネタをブチ込めるので、演者によって雰囲気が全然違う落語です。

 なお古来、日本においては死者が蘇ることは凶事の前兆として忌み嫌われ、たとえ墓場で蘇生したとしても助けずにそのまま埋葬してしまう風習があったと、江戸時代の怪談集「伽婢子おとぎぼうこ」(1666年刊)の「入棺之にっかんの尸甦怪しかばねよみがえるあやしみ」には書かれています。

 死亡判定がなかなか難しかった昔は、一時的に昏睡状態となって、そのまま埋葬されるようなケースも多かったのでしょう。
 あの最高に怖いホラー映画「ジェーン・ドゥの解剖」(2016年)でも、アメリカでは死者が蘇生した時の為に、その足指に鈴を取り付る伝統がある事が紹介されています。
 (これがまた上手く恐怖演出に取り入れられていて、メチャクチャ怖い!)

 なお、「Amazonプラ〇ム」で視聴できる、ドキュメンタリーシリーズ「ロア ~奇妙な伝説~」のシーズン1、第一話「よみがえる死体」でも、早すぎた埋葬のエピソードが色々と紹介されています。
 
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