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第三十三話 「下総の国にて、死人棺より出でて霊供の飯をつかみくひて又棺に入る、是よみがへるにあらざる事」
しおりを挟む「奇異雑談集」 編著者不明:貞享四(1687)年刊
「下総の国にて、死人棺より出でて霊供の飯をつかみくひて又棺に入る、是よみがへるにあらざる事」より
ある人が語った話である。
諸国行脚の僧が一人、下総の国で山奥の集落を歩いていると日が暮れてきた。
小さな家から人の泣く声が聞こえる。
人家の少ない場所なので、僧はこの家に行って一晩泊めてもらおうと思った。
家の主人が僧を呼んで話すには、
「ご僧をお泊めするのは構わないのですが、わたくしの親が本日亡くなりました、他所のお坊様を呼びに使いを遣っておりますが、まだその使いが戻ってまいりません、もし使いが戻って来なければ、お疲れの所、甚だ恐縮でございますが、ご僧に死者への引導のお役をお願いしたいと存じますがいかがなものでしょうか・・・」
「そのようなことは出家の役目でございます、遠慮には及びません、私が引導の役をお引き受けしましょう」
行脚の僧はそう言って、屋敷に泊めてもらう事にした。
家では、新仏を端の間に安置し棺に入れて蓋をし、まだ縄で括ってはおらず、枕元に灯明や供物を供えていた。
「わたくしの家の者は、数日の看病のために皆疲れておりますので、少し休ませて頂きます、ご僧は端の間で新仏を見守って頂けますでしょうか」
僧は嫌な顔もせずに引き受ける。
家族の者が疲れ切って寝ているなか、僧だけが静かに死者を見守っていた。
しばらくすると、死者が棺の蓋をガタリと持ち上げて起き上がり、頭につけた三角の布、天冠を自分で外して脇に置き、僧の方をジロリと一目見て棺から抜け出てきた。
僧は、奇怪な事・・・と思い、家の者に知らせようか迷ったが、
・・・もし襲い掛かってくるようなことがあったら、その時に家族を呼び起こそう・・・
と、しばらく様子を見ていることにした。
死者は再び僧の方を見ると、枕元に供えていた飯を手で掴んで大口を開けて食い出した。
食い終わると自分で棺の中に戻ってゆき、天冠を元のように頭に着け、棺の蓋も元通りに閉める。
一部始終を見届けてから、僧が家族の者を呼んでこの話をすると、家族の者は「生き返ったのか」と喜んで棺を開いてみたが、死者は冷たいままであった。
しかし、その手に飯粒が多数ついており、供えた供物も減っていたので、家族の者は大変驚き、
「ご僧は、よく人も呼ばず冷静でいられたものでございます、まったくお強い方でございます」
と感心したという。
・・・死者が棺から出てきて飯を食った、というそれだけの話ですが、こういう怪談こそ不思議で面白いと思います。
因果や仏教の尊さを説く「お説教」っぽい部分が皆無ですし、なにより「原因」とか「理由」の説明が一切無いところが怪談の怪談たる所以でしょう。
東海道四谷怪談のような「因果応報」の怪談も良いのてすが、こういう「ただ不気味な話」も趣があって面白いのではないでしょうか。
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