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墓前に捧げる血闘 ~愛を貫く若侍の剣~【五】
しおりを挟む大右衛門は苦痛に顔を歪ませながらも、なんとか対岸にたどり着き、自分の屋敷の門をくぐったところで力尽きてしまった。
自分の命も、もはやこれまでと悟った大右衛門は、家中の若侍が戯れに放った矢に当たって死んだと世間に噂される恥辱を恐れ、わざと狂気を装った書き置きを残して潔く自害してしまった。
丹之介がその報を聞いて大右衛門の屋敷に駆けつけたのはその日の八つ時過ぎであった。
大右衛門の母と妹は、彼の冷たい亡骸にすがりつき、悲痛な声で泣き叫んでいた。
丹之介も、愛する者の死を目前に見て茫然自失とする。
・・・命があるからこのような辛い目に遭うのだ、私も今すぐに大右衛門様の後を追おう・・・
そう思い、自害を決意した丹之介であったが、何度も脇差に伸びる手を留め、今一度心を鎮め大右衛門の冷たい亡骸に手を置き、楽しかった日々を思い出す。
その手が大右衛門の脇腹を撫でさすった時・・・・彼の手に触れるものがあった。
それは脇腹に残った小さな傷口から僅かに顔を出していた折れた矢であった。
「・・・こ、これは一体!・・・・矢・・・ではないか!」
丹之介は密かにその矢を抜いて持ち帰り、改めて調べて見ると、矢尻には「武井武左衛門」と姓名が刻まれている。
戦場での戦功の証しとする為の当時の習わしである。
大右衛門の死は決して乱心などではなく、大河を渡っている時に射掛けられた矢で致命傷を受け、それを恥とし、世間に隠すための自害だったのだと丹之介は知った。
・・・この矢が・・・この矢が大右衛門様のお命を奪ったのだ・・・・この武井武左衛門が放った矢が・・・・
丹之介は、血に染まった矢尻を握りしめ泣き続けた。
・・・・島村大右衛門の四十九日の日の午後。
丹之介は矢尻の主、武井武左衛門を呼び出し、連れ立って歩いていた。
うららかな春の陽気が心地よかった。
「一体何処へ行くのだ、春田殿・・・・そらちは陵興寺の墓所ではないか・・・」
「突然お呼び出しいたしまして恐縮ですが、もう少しご辛抱を願います、武井殿」
春田丹之介は、武井武左衛門を山の中腹にある陵興寺の墓地へと誘う。
そして、立ち並ぶ墓石の林を縫って歩き、ある真新しい墓の前で立ち止まった。
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「武井殿・・・・どうか、これを御覧ください・・」
丹之介が静かに示したのは、先月急死した同じ家中の島村大右衛門の墓石であった。
「・・・・こ、これは亡くなった島村殿の墓ではないか・・・・」
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「・・・・こっ、この卒塔婆!・・・春田殿と・・・・俺の名が・・・・い、一体これはどうしたことだ?解せない、春田殿っ、これは一体何なのだ?」
丹之介は、静かに懐から折れた矢を取り出し、武左衛門に手渡した。
「・・・これは何だ・・・矢尻か?」
「はい、その矢尻をよく御覧ください・・・・」
みるみるうちに、武左衛門の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「・・・こっ、これは!・・・・俺の矢ではないか!どうしてお主が・・・」
「はい、武井殿・・・これは最近、あるお方のお命を奪った矢なのでございます・・・武井殿には身に覚えがございましょう・・・・」
「い、いや・・・この俺に覚えなど・・・あっ!・・・・ああっ!もしやあの夜の!」
武左衛門は、真っ青になって天を仰いだ。
「はい、貴方様が酒宴の席で酔いにまかせて、川に降り立った大鳥を射られた・・・これがその矢でございます」
「・・・・も、もしや・・・その矢が島村大右衛門を・・・・まさか、そんな!」
「いえ、貴方様が水鳥と勘違いされて射殺したのは、まさにこの墓石の下に眠る大右衛門殿だったのです」
武井武左衛門は、真実を知って深い痛恨の年に顔を歪ませる、あの余興の席で戯れに射った矢が、同じ家中の島村大右衛門の命を奪っていたとは・・・。
「・・・・そ、それでも島村殿は乱心の末の自害と聞いておるが・・・いや、それ以前に、どうして真夜中に島村殿があの大河を渡っていたのだ?」
「大右衛門殿は心中に秘めた想いを秘して、土の下まで持ってゆくおつもりだったのでございます」
「・・・・というと・・・・」
「はい・・・今だから申し上げますが、わたくしと島村大衛門殿は密かに想い合った間柄だったのでございます・・・・あの夜も、大右衛門殿はあの大河を渡り、わたくしの元に密かに通っていたのです・・・・」
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「・・・とすれば、大右衛門殿のお命を奪った貴方様はわたくしの仇!・・・本日は、その仇を討つために大右衛門殿の墓前に罷り越したのでございます・・・・」
「・・・・・島村殿と・・・そなたが・・・」
武井武左衛門は、このとき全てを悟った・・・・。
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そして、目の前にこの美しい少年が、大石大右衛門と密かに想い合っていたことを!
「・・・・貴方様が害意をもってこの矢を放ったのではないことはわたくしも重々承知しております、これは不運な事故であることも存じております・・・・しかし、愛する者を奪われたわたくしにとっては、それでもなお貴方様は討つべき仇なのでございます・・・・」
丹之介の目に一筋の涙がこぼれ落ちる。
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