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墓前に捧げる血闘 ~愛を貫く若侍の剣~【三】
しおりを挟むそれから半月も経ったある日のことである。
丹之介の友人が彼を訪ね、よもやま話のついでに例の事件の事を聞いてみた。
「お主、出奔した岸岡とは何の関わりもないと言う話だが、全く関係のない者を謀反人に仕立て上げようとするなどとは考え難いことだ・・・本当は何か理由があったのではないか?」
友人の問いに、初めは曖昧な答えをしていた丹之介であったが、腹を割って話せる竹馬の友ゆえに、包み隠さず事件の発端を話すことにした。
「・・・・実は、岸岡殿は俺に執心して、何度も恋文を送りつけてきたのだ。しかし俺はあの者が今回のような事件を引き起こすような性根の良くない男だと見抜いていたので、相手にしなかったのだ、今回の事はそれを恨んでの企てだろう・・・」
「・・・そんなことがあったのか・・・御家老や上役から聞かれた時、お主、なぜそれを申し上げなかったのだ」
「俺も申し上げようとは思ったのだが、衆道の色恋から端を発したこと・・・・失恋からの悪事ゆえに岸岡殿の名誉のために、このことは殿や世間にも包み隠しておこうと思ったのだ」
「そうか、濡れ衣を着せられそうになりなからも・・・お主は性根の優しい男だな」
このことは自然に周囲に漏れ、丹之介の優しい心遣いが評判となり、藩内では彼のことを評して天晴な衆道の心がけであると称賛したのだった。
春田丹之介はつくづく思った。
今回の事件で岸岡の邪な陰謀が露見し、自分がすんでのところで無実の罪から逃れられたことは、岸岡の家来の男が自分の屋敷前に縛り付けられていたからである。
一体誰がこの陰謀を世間に知らしめ、自分を救ってくれたのか・・・丹之介と同じ家中の侍だとは想像がつくが、丹之介にはどうしてもそれと思しき人物が想い浮かばなかった。
彼は、自分の恩人に礼を言えないことを悲しみ、ひたすら神仏に祈願するのであった。
・・・自分を救ってくれた恩人に礼を言えぬまま、鬱々と木枯らしが吹く秋を迎え、家々の屋根を雪が白く化粧する冬を迎え、やがて年が明け、草木が芽吹き土筆が顔を出す春が来た。
悶々とした日々を過ごしていた丹之介も、雪解け水で増水した川に出来た小さな滝のあたりで、童心に帰って小鮎でも掬おうかと思い、野山に遊ぶ行楽の人々の後に一人で付いていった。
丹之介が、小川の近くの大石に腰を掛け、青々とした草木を愛でていると、老いた母親とその娘らしい女の二人連れが晴れやかな笑顔でやってくるのが目についた。
彼は見るともなしに、二人の道行きを眺めていると、ふと娘と目が合った・・・綺麗な娘だった。
丹之介は恥ずかしそうに目を逸らしたが、娘の方は気に留める様子もなく、母親と何か話していたと思うと、小硯と小筆を取り出し、懐紙になにやら書いたかと思うと、その懐紙を道端の梅の木に結びつけ、そのまま母とともに小山の、さらに上の方へと登っていった。
・・・おそらくは、小山の中腹にある野寺で休憩でもするのであろう。
丹之介は、娘が枝に結んでいった懐紙がなぜか気になり、母子の姿が見えなくなると、梅の木に近づいてその懐紙を取って開いてみた。
そこには娘の文字でこう書かれてあった。
・・・・この辺りも人が多いので、母様とわたくしは此処から少し登った藤見寺の方に向かいます 大右衛門様へ・・・・
・・・・他愛のない内容であったが、虫の知らせ・・・とでも言うのであろうか、丹之介にはその文字の字体にどこか見覚えがあるような気がした。
そう、自分の屋敷の駒寄せに縛り付けられていた、陰謀の主・岸岡竜右衛門の家来の男に縫い付けられていた張り紙の字体と似ているのである!
男文字と女文字の差はあれ、それはとても良く似ている気がしたのであった。
・・・・これは一体どういうことだろう・・・不思議なことだ、この大右衛門というお方に会えば何か分かるかもしれない。
丹之介はそう思い、文をそっと元の枝に結びつけ、再び小川の側の大石に腰を下ろして、その文を取ってゆく者を見張っていた。
やがて、背の高い、立派な体格の侍がやってきて、その文を手に取って中身を改め始めた。
歳は二十代半ばくらいだろうか、凛々しい顔立ちの中にもどこか優しさが滲み出ている立派な侍であった。
丹之介は、思わず掛けていた大石から腰を上げ、小走りに彼に走り寄る。
「ぶしつけに大変失礼いたします・・・大右衛門殿とは、貴方様のことでございますか」
突然、少女のように美しい瑞々しい若侍に声をかけられ、侍はちょっと訝しげな表情を浮かべたが、優しい声で答えた。
「・・・・さよう、拙者が大右衛門であるが・・・そなたは・・・・」
「はい、私は春田丹之介と申すものです」
「春田・・・丹之介殿?」
「はい、同じ家中にありながらまだご挨拶もせず、大変に失礼いたしております・・・・実は、貴方様に少々お尋ねしたい儀がございまして、こうして声をおかけいたしました」
「・・・・ほう、拙者に・・・・それは一体どんなことであるかな?」
大右衛門は人懐こい目でこの美しい若侍を見ながら微笑んだ。
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