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墓前に捧げる血闘 ~愛を貫く若侍の剣~【ニ】
しおりを挟む文箱の中の文には、こう書かれていた。
・・・・前略、先日、内密にご相談にあずかりました例の品が手に入りましたのでお届けいたします、早速あの者達に使ってごらんなさい、この手紙は読み終えましたら火中に投じて灰になさるようくれぐれもお願い申し上げます・・・
・・・・文にはそれだけしか書かれていなかった。
「・・・こ、これはどういう意味であるかな・・・・なにやらきな臭い内容だが」
「とにかく、その包みに入った粉を藩のご典医に調べてもらいましょう」
「そうだな・・・これはおそらく砒石等の毒薬であろう、誰かを毒殺する陰謀に違いない!」
奉行所の役人たちも顔を見合わせる・・・・。
「そんな恐ろしいことを誰が・・・・家中の者なのか?その手紙をもう一度拙者に見せてくれ」
奉行所の役人が改めてその恐ろしい陰謀が書かれた文を詳細に改めると、文の端に小さく「剣菱」の紋所が描かれてあった。
「・・・・剣菱!・・・これはこの陰謀の主の家紋に相違ないぞ、藩中で剣菱の家紋の者をすぐに洗い出すのだ!」
藩の典医が鑑定したところ、袋の中身はやはり猛毒の砒石であった・・・これで藩中の誰かを毒殺するという恐ろしい陰謀が企てられていた事は疑いないものとなった。
奉行所の者達が大急ぎで藩士達の家紋と身柄を洗い出すと、剣菱の紋所を持つ者は春田丹之介という今年十五になる若侍であった。
先年父を流行病で亡くし、若くして当主となった丹之介は、元服し前髪を落としたばかりであったが、また初々しさが残る、家中でも一際目立つ紅顔の美少年であった。
恐ろしい陰謀が発覚し、奉行所から事情を伝えられた藩内は大騒ぎとなり、すぐに丹之介は家老達に厳重に取り調べを受けた。
「わたくしには全く見に覚えがないことでございます・・・・これは天地神明に誓って申し上げます!また、まだ若輩のわたくしには、殺害を企てるほど憎い相手がいようはずもございません」
丹之介は美しい顔をキッと引き締めて、そう言い切った。
また、取り調べの家老たちも、彼の言葉に相違はないと思った・・・まだ家督を継いで間もない十五の少年に、このような大胆なことが出来よう筈はないのは、家老達も良く理解していた。
・・・しかし、事が藩中での毒殺未遂事件という重大なものであるので、潔白の丹之介はお上を憚って自ら門を閉じ、当分の間謹慎することになった。
事件の発端となった文箱を見つけた島村大右衛門は心中穏やかではなかった。
冤罪は明らかである、これは誰かが春田丹之介を陥れるためにした謀に相違ないのだ!
大右衛門は、野寺の住職に身柄を預けていた、例の文箱を置いた武家の中間風の男を引き取り、夜になるのを待ち、閉門して謹慎している丹之介の屋敷の門前の駒寄せに縛り付けた。
そして、このような張り紙を男の着物に縫い付けておいた。
・・・・この度の文箱の仔細は、この男が知っております・・・・
翌朝、謹慎中の春田丹之介の家の下男が人目を憚り、まだ夜の明けぬうちに屋敷前の掃除をしようと門を出ると、駒寄せに一人の男が縛り付けられ、ぐったりと頭を垂れているのを見つけ悲鳴を上げた。
その声を聞いて家来達が飛び出してくると、縛られている男は舌を噛み切って既にこと切れていた。
「・・・一体、この男は何者だ?」
「もう死んでいるようだな・・・・おや、なにか紙が縫い付けられているぞ!」
その文面を見て、家来たちは血相を変えて主人の丹之介を連れてきた。
彼も、自分の屋敷前に縛り付けられて死んでいた男を見て、ややたじろいだ様子だったが、ハッ!と声を上げた。
「・・・・この男の顔、どこかで見たことがあるぞ!・・・そうだ、岸岡殿の下男だ!岸岡殿の供をして歩いているのを何度か見たことがある!」
・・・・岸岡竜右衛門、彼は丹之介の同僚で三十手前の大痘痕のある粗野な男であった。
「岸岡殿の家来がどうしてこんな所に・・・それにしても、一体誰が屋敷の門前にこの男を縛り付けて行ったのか・・・」
ともかく、丹之介がすぐに藩に知らせにゆくと、藩中は再び大騒ぎとなった。
「まずはこのことを岸岡殿に知らせよう・・・岸岡殿はまだ登城しておらんのか?」
藩中総出で探しても彼の姿が見えないため、早馬を飛ばして岸岡の屋敷に行くと、すでに彼は家財をまとめ、出奔していた。
何の遺恨かは判らぬが、偽の文と毒薬で、丹之介を陥れようとした企てが露見したのを早くも察して逃亡したのであろう。
藩では改めて上役が丹之介を呼び出し、事情を聞いた。
「こたびの騒動は、そなたを陥れようとした岸岡の企てだったことが明らかになった訳であるが、春田殿、何か岸岡に恨まれるような事で、思い当たる節はござらぬか?」
「・・・・いえ、それが一向に・・・わたくしにも見当がつかないのでございます・・・」
「そうか、それでは岸田がそなたを嵌めようとした動機は不明だが、とにかく、そなたの身の潔白は証明された、岸岡が遠国に出奔したのは、何か人には言えない後ろ暗い事情があったためであろう、もう藩内にはおらぬとは思うが、見つけ次第討ち果たすように、との殿の仰せだ・・・・」
「はい、かしこまりました」
上役からそう命令され、丹之介は晴れて謹慎していた門を開き、その後も従前どおりにご奉公を続けられることとなった。
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