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墓前に捧げる血闘 ~愛を貫く若侍の剣~【一】

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 「・・・・一体、あの者は何をしておるのだろう、見たところ武士の中間中間か下僕のようだが」

 大右衛門は、道端の大樹の陰で立ち小便を終え、肩の辺りまで伸びたすすきの生い茂る草むらをかき分け、街道に出てきたところであった。

 見れば、武家の下男か中間といった風情の男が一人、キョロキョロと狐のように辺りを見回し、懐から真新しい文箱を取り出して道端の石地蔵の前にそっと置いているのだ。

 そして男は再び辺りを何度も見回し、何食わぬ顔でその場を立ち去ってゆくのである。

 ・・・・どうやら、草むらの中にいる大右衛門には気づいていないらしい。

 大右衛門は、その男の不審な行動を訝しげな顔で眺めていたが、男のオドオドした表情、蒔絵の施されたいかにも高価そうな文箱をあえて置き忘れた風を装って地蔵の前に置くという不自然な行動に、直感的に何か裏があるのではないかと感じた。

 ・・・・彼は草むらから出て、足早に立ち去ってゆく男の背中に向かって声をかけた。

 「おい、その文箱はどうしてそこに捨て置くのだ?」

 中間風の男はギョッとした顔で後ろを振り向くと、脱兎のごとく逃げ始めた!

 ・・・・他人に声をかけられて慌てて逃げ出すからには、なにか後ろ暗いことがあるに違いない、大右衛門はそう思った。

 「おいっ!待て!・・・待たんか!・・・この曲者めがっ!」

 大右衛門は、袴の股立を大きく取って、一目散に駆けてゆく男の背中を追いかける。
 もとより、武芸の鍛錬に明け暮れている二十七歳の屈強な大右衛門である、一町ほども追いかけると男の襟首を掴み、あっという間に捻じ伏せてしまった。

 「・・・・おいっ!今の文箱は何だ?何故あのような所に捨てておく?さあ、言えっ!」

 男は肩で息をしながらも大右衛門の問には答えない、まるで口が聞けないもののように黙っているのである。

 「おいっ、俺の聞いている事に答えろ?・・・あの文箱は一体何だ?どういう仔細だ?」

 大右衛門も苛立たたしげに、荒い息を吐きながら男の顔を地面に押し付け声を荒げる。

 「・・・・・」

 「黙っているからには、なにか後ろ暗い事があるのだろう?・・・観念して白状しろ!」

 それでも男は無言の行でもしているように、大右衛門の問いに答えようとはしないのだった。

 「この曲者め・・・ここでは都合が悪い、この先に野寺があるから、そこでじっくり白状させてやる、おいっ、立たんか!」

 大右衛門は、自分の問いに答えようとしない怪しい男に、苛立った口調でそう言うと、3町ほど離れた野寺に男を引っ立てて行った。


 ・・・・・今年二十七になる島村大右衛門。

 永の浪人暮らしから、挟箱に収まる折りたたみの船、浮きぐつや棒火矢などの新技術と、水練等の武芸を売り込み、それが功を奏して仕官の道が開け、やっとこの鹿児島で二百石扶持を賜るようになったのはつい最近のことである。

 すぐ下の妹は丹波の篠山に嫁いだが早くに夫に死なれ、十九の時に河内の道明寺で仏門に帰依し、それ以来音信がなかった。
 その妹からは去年の5月、珍しく便りと共に道明寺名物の花粉等を兄のもとに送ってきた。
 大右衛門は彼女の艶やかな振袖姿を思い出し懐かしく思ったものだ。

 もう一つ下の妹は今年十四で、まだ嫁ぎ先もなく、年老いた母とともに大右衛門に連れられ、この鹿児島にやってきて暮らしている。
 見知らぬ土地で不安に過ごしている年老いた母のことを思うと、大右衛門は申し訳なく思い、自ら母の身の回りの世話をするなど孝行に努めているのだった。

 
 ・・・・さて、大右衛門が捉えた不審な男であるが、野寺に連れ込み縄で縛り上げ、例の文箱について責め問いをしたが、男は頑として一言も喋らない。

 根負けした大右衛門は、迷惑がる寺の住職に男を見張らせ、例の文箱を取りに街道を戻っていった。

 大右衛門が文箱の置かれた地蔵にたどり着くと、そこには既に近所の百姓たちが数人集まり、がやがやと騒いでいた。

 「・・・・お前達、この地蔵様の前に置いてあった文箱を知らぬか?」

 「あっ、これはお侍様・・・あの文箱はお侍様が忘れていったものでございますか?」

 「・・・い、いや、そうではないが、ちと関わり合いがあってな、それで文箱はどうした?」

 「へえ、たった今若い者がお奉行所にお届けに行ったところでございます・・・・」

 「・・・そうか・・・・」

 大右衛門は面倒だとは思ったが、これも関わり合い・・・・なにかの縁だと思い、奉行所まで出向き、お役人達に事の一部始終を話して聞かせた。


 「・・・・ほう、怪しい者がこれを地蔵の前に・・・一体どうしてそんなことを」

 「・・・まずは文箱を開けてみよ、そうすれば何か分かるかも知れない」

 奉行所の役人たちは協議のうえ、その怪しい文箱を開けてみることにした。

 「・・・・うむ、ふみと・・・これは何やら粉の入った袋でござるな・・・」

 文箱の中には、一通の文と、油紙に包まれた袋が入っていただけであった。
 大右衛門も役人達も、あまりに平凡なその中身に拍子抜けした顔を見合わせる。

 「・・・・その文にはなんと書いております?」

 大右衛門が口を開くと、役人たちも興味深そうにその文を見つめる。



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