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第四十三話 菊の行方と幸介の落胆 ~思いを寄せる女性との長すぎる離別~
しおりを挟むいくら女主人の志津の直々の指示といっても、女中達を束ねている女中頭のセツに何も事情を知らせない・・・そんな事はどう考えても有り得ない。
「幸介さん?小夜は幸介さんのお世話は初めてですし、何分、急な話で菊からの申し渡しも出来なかったものですから・・・なにか不都合なことがございましたらすぐにわたくしに言ってください」
「・・・え、ええ、有難うございます・・・菊さんには大変にお世話になったものですから、一言お礼を言いたかったな、と思いましてね・・・申し訳ございません」
「ウフフッ、ヘンな人ですわ、幸介さんは!菊はずっといなくなる訳じゃございませんでしょう?町での使いが終わったらまたここに戻ってきますのよ?・・・さっ、まだちょっと早いですけどお夕飯の準備も出来ておりますわ」
・・・幸介はどうしてもここで幕引きには出来ないと思った。
「あの、セツさん、ご主人の志津さんは今夜は?・・・少しお会いしてお話をしたいのですが・・・」
「えっ、当家の主人にですか・・・そ、それは一体?」
「いえ・・・なにも大したことではないんです、こうしてご当家に厄介になって随分と経ちますが、最近はご主人の志津さんにもお会いしていないですし、お礼の一つも言いたいと思いましてね・・・なに、ほんの一寸お会いしてお礼を言わせて頂ければそれで済むのですよ」
「・・・え、ええと、お礼だなんて・・・そんな他人行儀なことはいいのですよ、幸介さんっ、幸介さんはこの村の大事なお客様なんですから・・・」
努めて自分を志津に会わせまいとするセツの魂胆を見抜き、幸介はやや強引に彼女を説き伏せる。
その執拗さにセツもとうとう降参したようだ・・・。
志津との面会を勝ち得た幸介は夕食を終えた後、志津の居室へと向かった。
「・・・失礼します、小田切です」
「・・・あら、幸介さん?・・・どうぞお入りになって!」
幸介が声をかけると襖の奥からやや弾んだ志津の声が聞こえてきた。
「ああっ!幸介さん、お久しぶりですねぇ!・・・どうです?この村にも慣れたかしら?」
「ええ、おかげさまで・・・いつも何から何までお世話になって、本当に有難うございます!今日は一言お礼を言いたくて、それで参ったのです」
「いやですわ、幸介さん!幸介さんはこの「女泣村」の大事な「客分」・・・なにも遠慮することはないのは幸介さんもご存じでしょう?ウフフッ」
・・・志津は暗に彼の「オス蜂」としての役目のことを言っているのだ。
「え、ええ、まあ・・・ときに志津さん?僕の身の回りの世話をしてくれていた菊さんは?・・・どうされたんでしょうか?・・・今朝から別の女中さんが来てくれたのですが」
「ああっ、菊のことね・・・急な話で申し訳ないのですけど、菊は今朝から町に出したのですわ・・・実は屋敷の東の端の石垣にちょっと崩れがあったものですから、普請の相談の為に下男の要作を町に出しのですけど、菊はその供として行かせたのです・・・」
「はあ、そうだったんですか!・・・いえ、菊さんにはいろいろお世話になったものですから、一言お礼を言いたかったのです」
「本当にごめんなさいね幸介さん、なにしろすぐに普請をしなければならないので急いでいたものですから・・・菊の代わりは・・・確か小夜でしたわね?菊と同じように何でも言いつけてくださいね幸介さん・・・あの小夜もよく気が利くよい娘ですわよ、それに美しい娘ですから・・・ウフフッ!」
「はい、有難うございます・・・それで菊さんはいつ頃戻られるんでしょう?」
「・・・ええ、そうねぇ、出入りの棟梁に石垣修繕の普請の見積もりをさせて・・・他にも色々と町での買い物を言いつけてありますから・・・一か月くらいは町に滞在することになりそうですわ」
「・・・・い、一か月ですか!それは随分とまた・・・」
感情が顔に出やすい幸介は、思わず落胆した表情を見せる。
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