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第九話 役場の仕事と幸介の「殿様」生活 ~西村の語る不思議な村の秘密~

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 ・・・湯殿に幸介の背中を流しに来た菊がみせた、石鹸を塗った手でペ〇スをネットリとまさぐり、何かを探るような仕草。
 親指と人差し指で作ったリングで、太さを測り、その指先にキュッと軽く力を込めて硬さを確認し、完全に交尾の準備を整えた男性器の長さを確かめるようなそ手つき・・・。


 菊の行為は単なる「サービス」みたいなものだったのだろうか・・・彼女自身は真面目でおとなしい印象の娘で、こんな大胆な・・・娼婦のような真似をするようにはとても思えないのである。

 幸介がやっとのことで、すっかりいきり立ってしまったペニスの勃起を鎮め、浴衣を着て自室に戻ると、そこにはもう布団の準備が出来ていた。

 「・・・幸介さん、湯殿でお脱ぎになったシャツや下着は洗濯に出しておきましたので、今日はもうお休みください・・・明日は八時に起こしに参ります」

 衣桁いこうにはすでに彼がトランクの中に詰め込んできた替えのシャツやズボンが、すっかりアイロンがかけられ、綺麗に折り目がついて掛けられてあった。

 ・・・至れり尽くせりとはまさにこの事である。

 もうすっかり普通の女中の顔に戻っている菊・・・・不可思議な豹変。
 幸介はつい衝動的に口を開く。

 「き、菊さん・・・さっきの・・・」

 「・・・はい?・・・なんでしょう?幸介さん・・・」

 「いっ、いや・・・なんでもありません・・・本当に、何から何までやっていただいて申し訳ありのません、なんかこっちが恐縮しちゃって・・・」

 幸介は最後の勇気が出ずに言葉を濁す、彼女の反応があまりに普通過ぎたからだ。

 「・・・いえ、幸介さんはこの村のお客様ですから・・・」

 「ハハハッ、お客様じゃありませんよ、役場の官員です、仕事ですよ・・・でも、本当にありがとう・・・おやすみなさい」

 「・・・おやすみなさいまし・・・」

 幸介は厚く綿の入った布団の中で、さきほどの湯殿での妙な出来事を思い直す・・・。


 真面目な彼女は単に、幸介が大事な「客分」であるからと主人の志津に強く念を押され、特に念入りに体の隅々まで洗ってくれただけで、それ以上の意味はなかったのかもしれない。
 ・・・だとしたら、そんなことでいちいち淫らな展開を期待してしまう自分はまるで道化である。

 ・・・もう深く考えるのはよそう・・・今日は疲れた!しかし、この村は何から何まで女性が絡む・・・不思議な村だな・・・

 旅の疲れもあって、幸介はいつのまにかぐっすりと眠ってしまった。


 翌朝、八時きっかりに菊に起こされ朝食を食い、目名来村役場に初出勤となった幸介は、村長の朽木を始め、先輩の官員たちにささやかな歓迎会を催され、役場の事務について指導を受ける。

 ・・・村長以下四人しかいない小さな山村の役場である、仕事は彼が拍子抜けするほど簡単だった。
 
 町から一週間ごとに届く各種通達や指示をまとめ、それを処理し日々の日報を作成する。
 村から町への要望や報告書を作ったり、前年の資料を基に予算を計上したりという仕事はやや面倒だったが、高等学校卒業の幸介にはひどく簡単なことに思えた。
 郵便局さえないこの村に届いた郵便物を各家へ届けるのもここでは役場の仕事だが、それさえも非常に少ない。

 山間部で物理的に他の地域とは隔絶しているこの目名来村は、人の行き来も少なく、維新前とほとんど変わらないような自給自足の生活をしているのだ。
 たまに村を訪れる薬売りの老婆や小間物屋の女など、村にやってくる行商人もそう多くはない。

 幸介は、先輩職員から一通り仕事を教わると、すぐに要領よく覚えてしまう。
 役場の先輩達も、全く仕事がない時などは役場の裏に作った畑を耕したり、村人の田んぼの草取りを手伝ったりと、万事がせわしない東京とはまるで別世界と思えるほどノンビリとした環境だった。

 ・・・これで俸給50円はちょと信じられないほどの好待遇だなぁ・・・それに下宿に帰ったら例の「お殿様」だ・・・ハハハッ、思い切って東京を離れてこの村にきて正解だったな!

 数日もすると、幸介はすっかり役場の仕事や雰囲気にも慣れてしまった。
 先輩達に倣い、空いた時間などは村の農作業の手伝いをすることもある・・・。

 村の人口の八割が女性のこの村には女手しかない家庭も多く、若くはつらつとした、人並み以上の美青年の幸介はどこに行っても村の女達から少々大袈裟なほどに熱烈に歓迎され、茶や菓子、昼飯まで振舞われた。
 ・・・それはまるで人気役者を取り囲むファンの女達のような熱を帯びていた。


 「・・・西村さん、この村の初めて来たときにちょっとお尋ねしたのですが・・・この目名来村めなきむらの人口の八割が女性だというのは・・・一体どういう理由なんですかね?・・・それに面白いことに、僕のお世話になっている蜂ヶ谷さんのお宅だけじゃなくて、他の家もみんな女系の家系だというじゃありませんか・・・こんな珍しいことずくめの村もちょっとないと思うのですよ」

 幸介がすっかり打ち解けて話せる間柄となった四十代の先輩官員、西村に尋ねてみる。

 「・・・ああ、女性が多いというのは、維新前・・・江戸の昔からの話だったらしいね、寺の過去帳を調べても、やっぱりそういう結論になるから・・・いや、この村はどういうわけか男の子よりも女の子の方がずっと多く生まれる村でね・・・」

 「・・・えっ?生まれてくる赤ん坊からして女の子の方が多いんですか?」

 「そうなんだ・・・それで女が多くなり、自然に相続も女系になっていったという事なんだろうなぁ・・・ハハッ、この目名来村は私達「男」にとっては鬼門というか、昔からあまり良くない土地らしいねぇ・・・そう、「呪い」のようなものかなぁ・・・」

 西村が意味ありげな言葉を漏らす・・・「呪い」とは一体どいいうことだろう。

 「・・・・男にとっては良くない土地・・・ですか!・・・そ、それはどういうことですか?」

 幸介は驚き、目を丸くして西村に聞き返す。
 東京育ちの幸介は迷信やまじない、そして「呪い」などは、文明の発達から取り残された旧弊な人間の信じるものだと頭から決めつけていたのである。




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