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第五話 蜂ヶ谷家の妖艶な女当主・志津と美しい一人娘 ~女性が治める村の名家~

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 村長の朽木に連れられ、この目名来村めなきむらに滞在する間、寄宿させてもらうことになった蜂ヶ谷家に到着した幸介。

 代々村の庄屋を務めていた格式ある家だという。


 凛とした上品な物腰が美しい大年増、女中頭の浜川セツに迎えられる屋敷の玄関にあがる幸介。
 彼が驚くほど広い、良く磨かれた玄関に通されると、三人の女中が幸介に向って一斉に三つ指をついて丁寧なお辞儀をする。

 「小田切様、お待ちしておりました」

 三人の女中はどれも若くて美しい女ばかりだ。
 幸介は、なにか白昼夢でも見ているような不思議な感覚にとらわれる。

 美しい女達の歓待・・・まるで竜宮城にでも来たような、そんな気分だった。


 大不況下の東京で月給20円で代用教員をしていた自分が、この目名来村に着いたとたん、まるで殿様のように下にも置かない扱いなのである!

 幸介はまだこの状況が信じられずにボンヤリしていたが、同時にちょっと不思議な・・・変な気持ちになる。

 ・・・この村はやはりどこか変わっている・・・東京とはまるで別世界だな。


 それが、昭和の世の中になっても維新前の・・・封建時代の旧弊な文化を残している寒村の習俗なのか、それともやはりこの村の特異性なのかは、年若い幸介には判然としなかった。

 ただ、一介の新米官員に対する扱いとしては破格の待遇であることは間違いない。
 幸介は嬉しい気持ちもあったが一方で、どこか少しくすぐったいような気持にもなった・・・。

 美しい女中たちに囲まれ、長い廊下を歩いている間、女中頭のセツが幸介の顔をにこやかに眺めながら話しかける。
 他所からの客がよほど珍しいのか、大年増の彼女はどこかウキウキと嬉しそうだった。

 「長旅で、お疲れのところ大変恐縮でございますが、当家の主人が小田切様ご挨拶をしたいと申しておりますので・・・それが終わりましたら、さっそく小田切様がお使いになるお部屋にご案内いたしますわ」

 「はいっ・・・それにしても、こちらのお宅は凄い豪邸ですねぇ!歴史もありそうだ・・・役場の方からは代々この村の庄屋を務めていたお家と伺っておりますが・・・・」

 「ええ蜂ヶ谷家は、この目名来村の庄屋の家柄でございます。ご維新で世の中が変わって、昭和の世の中になっても村の人達はいまだに「庄屋さん」と呼んでくださっているのですよ・・・さっ、着きましたわ!・・・・この部屋でございますわ!第二十六代の当主、蜂ヶ谷 志津様でござます」

 「・・・志津様!・・・御当家の御当主は・・・・女性なのですか?」

 「ええ、そうですよ・・・奥様、失礼いたします・・・小田切様をお連れいたしました」


 ・・・まただ!・・・また女性だ!・・・・

 幸介の驚き!・・・「家督相続」という制度があった昭和四年でも、法律上は戸主が女性というのも無くはないが、こんな大家の当主が女性だとはやはり珍しいといっていい。

 「・・・お入りなさい」

 幸介がそんなことを考えていると、サラリと襖が開かれ、幸介がセツに促されて中に入ると、上座に美しい二人の女が座っていた。
 妖艶な大年増と錦絵から抜け出てきたような美少女だった。

 ・・・姿勢を正し、真っすぐにこちらを見ている大年増こそ、この蜂ヶ谷家の二十六代当主、蜂ヶ谷 志津であった。

 ・・・その美貌はどう見ても三十代ほどにも見えるが、実際はおそらくは四十を一つ二つ超えているかもしれない、均整の取れた卵型の顔に、ちょっとドキリとするよう妖艶な切れ長の目、長い黒髪をひさし髪に結い、友禅の着物を身にまとった色白の美しい女だった。

 美しい当主・志津の隣に座っている美少女はまだ十七、八ほどだろう。

 卵型の整った顔立ち、母親譲りのパッチリとしたやや切れ長の目・・・。
 髪は昭和四年のこの当時、都会ではやや時代遅れとなっていたが「まがれいと」と呼ばれる、髷に結った髪の後ろを三つ編みにしたキュートなもので、美しい彼女にはよく似合っていた。


 「あなたが小田切さんですね?お待ちしておりましたよ・・・東京からようこそ、こんな辺鄙な田舎の村においでくださいました、わたくしは当家の主人で志津と申します・・・こちらは娘の凛子でございます」

 「はじめまして・・・凛子と申します・・・」

 母親の志津から紹介された彼女の娘・凛子はニッコリとほほ笑んで頭を下げる。
 幸介は二人に丁寧に頭を下げると、若者らしい闊達な声で挨拶を返す。

 「小田切です、こちらのお宅にご厄介になることになりまして・・・本当に恐縮です、有難うございます」

 志津はそんな若々しい幸介の声と逞しい容姿に、ニッコリとほほ笑んでお茶を勧める。

 ・・・しかしその切れ長の妖艶な眼差しは、どこか幸介を品定めをするような・・・舐め回すようなネットリしたものに彼は感じた。

 「いえ、小田切さん、もうお聞き及びかもしれませんが、当家は代々この村で庄屋を務めておりましたから・・・村の外からおいでになる「お客様」のおもてなしは当家の当然の役目なのです、どうぞ遠慮はなさらずに、自分の家のようにゆったりとくつろいでいただいてよろしいのですよ」

 「重ね重ねのご厚意、本当に有難うございます・・・でも、お客と言いましても・・・仕事でこの村に来た役場の駆け出しの官員ですから・・・こうして部屋をお借りして御厄介になるだけでも分相応だと思っているんです」

 「ウフフフッ、小田切さんはお若いのに遠慮深いのですねぇ、朝夕の上がりもの(食事)も、洗濯も・・・みな当家の女中がお世話いたしますので、小田切さんは大事な役場のお仕事に精を出してください」

 「・・・しかしそれではあまりにご迷惑では・・・」

 「小田切さん・・・目名来村はこんな田舎村ですもの、東京のように食堂やお店もあるわけではないのですからねぇ・・・どうか身の周りのお世話については遠慮なさらないでください、繰り返しますがそれが当家の昔からの役目なのです、小田切さんの前に町からいらしていた若い官員さんも、当家でお世話させて頂いたいていたのですよ・・・」

 「私の前にも?・・・・そ、そうですか・・・それではお言葉に甘えまして・・・いや、本当にとんだご迷惑をおかけしまして・・・」

 ・・・幸介はあまりの好待遇に、少しくすぐったい気もしながらも、この村人達の厚意に感謝した。




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