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第四話 村の名家「蜂ヶ谷家」の豪壮な屋敷 ~幸介が面食らう竜宮城のような女達の歓待~

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 ・・・目名来村めなきむらの村長、朽木くつきが幸介に茶を勧めながら口を開く。

 「御覧の通り、この役場には独身者の寮がないもので・・・あなたがこの村にいる間はある方のご厚意で、そちらのお宅に寄宿させてもらうことになりましてね、少し休んでから早速そのお宅に一緒にご挨拶に参りましょう」

 幸介がこの村で滞在する間は村の民家での寄宿だという。


 「・・・寄宿ですか・・・」

 「ええ、そうです村に入った時に真っ先に目に入ったでしょう?この村役場とは正反対の東の山の中腹にある・・・」

 「えっ!ああっ、判りました!・・・あのお城みたいな立派な屋敷ですね!僕も最初は驚きましたよ!」

 「そうです・・・あのお屋敷はね、維新前までこの村で代々庄屋を務めていた蜂ヶ谷家のお屋敷なんですよ」

 「・・・はあ、村の庄屋さんだっんですか!・・・なるほど、どうりで立派なお屋敷だと思いました」

 村長の朽木は大きくうなずく。

 「ええ、そんなわけで、この昭和の時代になっても「庄屋様」と呼び習わして、未だに村の人々は敬意を払っておるのですよ、言ってみれば村で一番格式の高いお家というわけですな・・・この村の土地も大半はあの蜂ヶ谷家の所有ですからね、ここで農業を続けている村人達にとっては地主と小作人という関係でもあるのです・・・それで「主従関係」のようなものがまだ残っているのですよ・・・」

 「・・・そうですか!そんなお宅に民泊させてもらうなんて・・・ちょっと緊張しますね」

 「いえいえ、小田切さん・・・なにも緊張するには及びませんよ。あの通りの豪邸ですから空いている部屋はいくつもあるのです、それに使用人も大勢おりますから、あなたの身の回りの世話も全部蜂ヶ谷家の使用人がいたしますよ・・・貴方としては好都合でしょう」


 いかに東京から来たとはいえ、一介の役場の官員一人に対し、そこまで民間人に世話をさせていいものかと幸介はやや躊躇する。
 昭和四年と言えば、東京ではもう「安月給」の代名詞となっていたが、地方の田舎ではやはり封建時代の名残で「官員さん」といえば、村人の尊敬を集める立場であることは幸介も聞いている。

 ・・・東京とはまるで考えが違うのだな、と幸介も少々面食らったのだ。


 「それはもちろん有難いですが・・・そこまで甘えてしまっていいものか・・・私はまだ半人前の駆け出し官員なんですから・・・」

 「いえ、小田切さん・・・村の客分のもてなしは庄屋の務め、それは昔から変わっておらんのですから、何も遠慮することはないのですよ、それがこの村のしきたりなのです」

 所変われば品代わる・・・東京では就職難で苦しんでいた自分が、この村に来てからは「官員さん」で、しかも客分扱いである、幸介はちょっと可笑しくなった。

 「アハハッ、なんか夢みたいですねぇ!東京にいた頃は、十五円の家賃を払って四畳一間の下宿でくすぶっていたのに・・・いや、本当に有難いことで、私にとっては天国みたいなものですよ、ありがとうございます!」

 「・・・下宿に十五円!・・・はあ、東京は物価が高いとは聞いてしましたがそんなに・・・さて、それでは一緒に蜂ヶ谷の屋敷に参りましょうか」

 幸介は村長の朽木と共に、あの、村の東の山の中腹に城砦のように堂々とそびえ立っている、この村の名士であるという蜂ヶ谷の家を訪れた。

 今夜から彼は、この屋敷で「居候」する身となるのだ・・・。


 二人は、石畳の坂道を上ると、蜂ヶ谷の屋敷の門に到着した。

 幸介が朽木と二人で大門の前で立ち改めて眺めるその屋敷は、見るものを威圧感するように豪壮な石垣の上にそびえ建つ四階建ての広大な屋敷だった。

 朽木が通用門から門番に話しかけると、大門が開かれ、美しい着物を着た麗しい年配の女性が迎えに出てきた。

 「まあっ、村長さんご苦労様でございます・・・新しい官員さんがお見えになったのですね!ああっ、こちらの方!まあっ、お若くてご立派な方!・・・長旅ご苦労様でございます、小田切様・・・でございましたね?わたくし当家の女中頭の浜川セツと申します」

 歳は四十を少し過ぎたくらいであろうか・・・古風な着物に丸髷を結った、まだ艶っぽい色香の残っている妖艶な大年増であった。
 この地方の女性の特徴であろうか、村に入って最初に声をかけた農婦同様、この女性も色白で美しい肌をしていた。
 年若い幸介は、思わず彼女のムッチリとした腰回りに目が行ってしまう・・・。


 「東京から来ました、小田切幸介と申します・・・こちらのお宅にご厄介になることになりまして・・・大変恐縮です・・・どうかよろしくお願いいたします」

 「ウフフッ、やっかいだなんて!・・・他所よそからのお客様なんて滅多に来ない土地ですもの、村人総出で歓迎しておりますのよ・・・さっ、お入りになって!当家の主人もお待ちしております」

 女中頭の美しい女性は、幸介の手を引かんばかりにして屋敷へと案内する。

 「・・・それでは、セツさん、あとはそちらでお願いいたします・・・ご主人にもどうぞよろしくお伝えください」

 「ええ!村長さん・・・お疲れ様でございました、どうぞお気をつけて」

 村長は女中頭の浜川セツに丁寧に何度もお辞儀をすると坂道を下って帰って行った。
 村長のその態度や表情からも、代々庄屋をつとめていたというこの蜂ヶ谷の家は、村でも別格の家格であることが察せられた。

 「・・・失礼します」

 幸介は驚くほど広い、床がピカピカに磨かれた玄関に通されると、三人の女中が幸介に向って一斉に三つ指をついて丁寧なお辞儀をする。

 「小田切様、お待ちしておりました・・・」

 三人の女中はどれも若くて美しい女ばかりだ。
 幸介は、なにか白昼夢でも見ているような不思議な感覚にとらわれる。


 美しい女達の歓待・・・まるで竜宮城にでも来たような、そんな気分だった。




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