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第三話 目名来村の影の薄い男達 ~小さな役場と老村長の出迎え~
しおりを挟む幸介は農婦に連れられて、田んぼからほど近い彼女の自宅へと招かれたが、そこには年老いた老婆が一人、綻びた野良着の縫い物をしているだけだった。
・・・ここの家は・・・ご主人はどうしたんだろう・・・
幸介は老婆に向って丁寧に礼を言いながらも、ここにも男の姿が見えないことに、改めて奇異の念を抱く。
しかし、見ず知らずの家に入って、いきなりそんなことを尋ねられるものではない。
出稼ぎの時期ではないにしても、夫に死に別れたとか、なにかの都合で町の方に行っているとも限らない。
幸介が皺くちゃの老婆と当たり障りのない世間話をしていると、先ほどの農婦と村役場の官員と思われる白シャツ姿の男が汗を拭き拭き家に入ってきた。
歳はまだ五十には届かないくらいだと思われるが痩せ型で、やけに白髪の目立つ男だった。
「・・・あっ、小田切さんですか!これは、これは・・・東京からはるばる、よおくお越しくださいました!わたくしはこの目名来村役場の西村と申します」
「初めてお目にかかります、小田切幸介と申します・・・どうぞよろしくお願いいたします」
「高佐和町の方からは連絡を受けていますよ、この目名来村の役場に勤務してくださるそうで・・・・有難うございます」
「いえ、僕も丁度東京で職を探していたものですから・・・こちらこそ助かりました」
「・・・とにかく、こんな所では長話も出来ませんので、早速ですが役場の方にご案内します!ああ、中原さん、ご連絡有難うございました・・・」
役場の西村という男は、案内役の農家の主婦に丁寧に挨拶をして、幸介を役場へと連れてゆく。
・・・ダラダラと続く小高い丘の上にある役場の建物は、村の入り口で見たよりは意外と距離があった。
幸介は道すがら、職場の先輩となる西村にこの村の第一印象について尋ねてみた。
「西村さん、この村は何戸ほどあるんでしょうかね・・・これは私の思い違いかもしれませんが、どうも女性が多い気がするのですが・・・男性の姿をあまり見かけないのはどういうわけなんでしょうね?出稼ぎの時期でもないでしょうし・・・」
「ええ、この目名来村は、現在百六十戸ほどの家があります・・・小田切さんのおっしやるように、たしかにこの村は女性の多い村ですよ、おおむね七割・・・いや、八割方が女性といったところでしょうかなぁ・・・」
「・・・八割が女性!・・・それは一体どういう理由なんでしょう?だいたいどこの村でも男女の比率は半々・・・大都市でも僅かに男が多いくらいでしょう?兵役・・・というわけでもないでしょう・・・」
この目名来村は、幸介が最初に感じた通り女性が多い村で、村人の八割が女性だという!
たいていの場合、どこの村でも町でも男女の比率は半々くらいになるものだ。
その男女比が明らかにイビツになっているのは何か理由がなければならないはずだ・・・。
「・・・まあ、それについてはまた改めて・・・さあ、あの丘の上の建物が役場です、もうすぐですよ!・・・当分の間は仕事に慣れてもらわないといけませんが、なあに、田舎村の役場ですから・・・仕事はたいしたものじゃありません、都会の優秀な若い方ならすぐに覚えてしまうでしょう」
西村は、幸介の疑問には答えずに、足早に役場への道を上ってゆくのだった。
村の西の端、やや小高い丘のようになった部分に建っている役場の建物は、ごく小さな木造の平屋建ての建物だった。
都会のコンクリート造りの役場を見慣れている幸介にしてみれば、どこか牧歌的にも見える昔風の建物である。
「やあ、あなたが小田切さんですか!お待ちしておりました、まずは遠い所からおいでいただいて本当に有難うございます!道中、大変だったでしょう?」
村長は朽木という名の六十過ぎの、髭を生やした痩せた男で、村長らしい威厳を備えた男だったが、幸介の目から見るとどこか病気がちのようにも見えた。
血色の悪い艶のない肌と、痩せ衰えた細い手足・・・。
役場の中で机に座って仕事をしていた二人の男達も一斉に立ち上がり、新参の幸介を歓迎する。
村長と官員が三人・・・この目名来村役場はたった四人の役場なのだ。
役場にいた二人は四十代とおぼしき風体で、後で聞いた話では村長以下全員、この村の出身だという。
幸介からみると、彼等もまたどこか覇気がなく疲れた顔をしているように見えた。
・・・・幸介はここでもなにか違和感を感じた。
若い男が一人もいないのである!やはりこの村はどこかが変なのだ。
村民の八割が女性だという、そして残った二割の男性も老人や年配のものばかりで若い男がいない。
村に来たばかりという事もあるが、子供の姿はまだ一度も見ていない。
さらにひっかかるのは、幸介の目の前にいる男達が、全員痩せていてどこか覇気がなく、病弱に見えることだった。
「小田切さん、今日は到着したばかりですから、着任の書類だけ作っていただければ結構です、歓迎会や細かい仕事の説明は明日にするとして・・・あなたの宿舎なのですがね・・・」
・・・・幸介が村の「違和感」について考え事をしていると、村長の朽木が切り出す。
「御覧の通り、この役場には独身者の寮がないもので・・・あなたがこの村にいる間はある方のご厚意で、そちらのお宅に寄宿させてもらうことになりましてね、少し休んでから早速そのお宅に一緒にご挨拶に参りましょう」
・・・幸介がこの村の役場に勤める契約の二年間は、村の民家で寝泊まりすることになるという。
彼は、村の人達とも懇親のためにはそれも悪くないと思った。
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