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【一】
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「奇異雑談集」編著者不詳 貞享四(1687)年開板
「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」より
京都の糺の森は、賀茂川と高野川の合流点に位置した下鴨の社の境内である。
うっそうと茂った大樹の枝葉が幾重にも重なり、夏でも涼しく清浄な気が流れている森の中に、下鴨の社が悠久の時を刻んでいる。
この社を中心に近隣五六町ほどは大変に繁盛し、民家や店が多く連なっていた。
ここは、比叡山から京へ出る街道にあたるので、日夜人の往来が絶えないのである。
そんな街道の西寄りに、小綺麗な茶屋があった。
茶屋の女主人はお玉・・・三十四歳。
ニ年前に夫と死別して寡婦となったお玉は、一人でこの茶屋を切り盛りしていた。
お玉は若い頃は近所でも評判の小町娘で、色が白くふくよかで、歳の割には瑞々しい美しい女であった。
夫を失って二年、まだ枯れてしまうには勿体ないお玉に、親戚などが再婚の話などを持ってこないではないが、死んだ亭主に操を立てて後家を通すつもりのお玉であった。
幸いに家作(貸家)もあり、多くはないが茶屋の収入ある、女一人の生活には困ることはない。
お玉は、今の静かな生活に満足していた。
・・・ある一点を除いては。
彼女は裏庭を菜園にして茄子や胡瓜を作っていた。
夏の盛り、胡瓜などは次から次へと熟れて食べ頃になり、女の一人所帯では食べきれないほどだ。
朝夕の膳に出し、残りを漬物にしても、まだ胡瓜は残ってしまうのだ。
お玉は、自分では食べきれない胡瓜や他の野菜を店の前の床几に置いた笊に入れ売り物にした。
往来を行く人たちが喉の渇きを癒すため、お玉の店先から胡瓜を数本買い求めて、歩きながら食う光景がよく見られた。
ある日の朝方、比叡山の寺の小坊主達が三人、笑って話しながら通りかかった。
塩や蝋燭、紙など、寺の日用の物を里に買い出しにいくのであろう。
小坊主たちは、なにかふざけながらお玉の店先を通りかかったが、その内の十二、三歳の小坊主が一人、お玉の店先に並べてある胡瓜を見つけて寄ってきた。
小坊主は、その中から長さ八寸(24cm)ほどの立派な胡瓜を手に取りニヤニヤと笑い始めた。
そして、その胡瓜を自分の股間にあてがって店の奥に腰を掛けていたお玉に向かって言った。
「おかみさん、おかみさんっ、うちのご住持様のアソコは、ほらっ、こんな具合ですよ、形も長さもこの胡瓜にそっくりです」
それを聞いた他の二人の小坊主はゲラゲラと笑いだした。
仏に仕える身といっても悪戯盛りの子供である、お玉は小坊主達の破廉恥な戯れを笑ってやり過ごしたが、心の中では一瞬ドキリとした。
子坊主が手にした胡瓜・・・・八寸(24cm)ほどの、太くて見事に反ったそれを見た瞬間、彼女の心の中にある「念」が生まれ、それは夏の入道雲のようにムクムクと広がり大きくなっていった。
・・・・寺の御住持様の魔羅が・・・あんな大きさ・・・あんな太さ・・・・。
お玉は、笑いながら行き過ぎようとしている小坊主達の背中に声をかけた。
「小僧さん達は、どちらのお寺ですの・・・」
「ええっ、私たちは東塔の東谷の当延寺ですよ」
「・・・えっ、それではご住持はあの俊乗様でございますの?」
「ええ、そうです・・・おかみさんは、うちの御住持様をご存じなのですか」
「ええっ、そりゃ里でも評判のご立派なお坊様ですから・・・」
小僧たちはそれだけ答えると、元気に駆け出して去ってしまった。
当延寺の俊乗といえば、その当時里まで聞こえた美僧であった。
年は二十六、七であろうか、背の高い色の白い美男子、その美声は里の女どもの間でも評判であった。
俊乗の説法を聞くために、若い娘やいい年をした老婆までが当延寺に通った。
その美僧の魔羅がこの胡瓜のような立派なものであるという。
お玉は、小僧が手に取った胡瓜を持って奥の部屋へと急いだ。
そして、一人になってまじまじとその胡瓜を眺めた。
お玉の頬は、正月の屠蘇を飲んだ時のように上気していた。
ずっしりと重みを感じる太い胡瓜・・・・そのゴツゴツとした表面は男根に浮き出た血管を連想させる。
・・・・俊乗様の魔羅がこんな立派なものだなんて・・・あの俊乗様の袈裟の下にはこんな魔羅が・・・。
お玉は、上気した顔で一心に胡瓜を手で弄んだ。
指先で輪を作ってその太さを確かめ、その逞しく反り返った胴に指を這わせる・・・。
お玉は時の経つのも忘れて、胡瓜と戯れた。
彼女の眉間には切なげな皺が刻まれ、染み入るような蝉の声に交じって、荒い吐息が小さく部屋に響く・・・すっかりはだけた着物の裾から、ムッチリとした白い太腿が宙を踊る。
お玉は妄想の海で、俊乗と激しく絡み合っていた。
その日の午後の暑い盛り、朝の小僧たちが荷物を背負って里から帰ってきた。
それぞれの用事を済ませて、帰路は別々になったのであろう、小僧は一人だけだった。
彼は今朝方、あの胡瓜でお玉をからかった小僧であった。
お玉は、小僧の顔を見て呼び止めた。
「小僧さん、お勤めご苦労様でございますね、少しお話したいことがあるのですが、よろしいかしら・・・お饅頭もありますよ」
小僧は喜んでお玉の招きを受け入れた。
座敷に小僧を招いて、お玉が茶を入れ饅頭を出すと、小僧は喜んで食い始めた。
「小僧さんのお寺は、当延寺でしたね」
「・・・・はい、そうでございます」
小僧は饅頭を食う手を休めずに答えた。
「私もご住持の俊乗様の御説法はお聴きしたことがございますが、それは有難いものでございました・・・・俊乗様は檀家の家までお出かけになって、御祈祷などもなされるのでございますか?」
小僧は、忙しそうに饅頭を食いながら答えた。
「・・・はい、俊乗様はご依頼があれば、祈祷にも行かれます」
「・・・・そうですか、私のところのような見苦しい家にも御祈祷に来て下さるのでしょうかねぇ」
「はい、何事も御仏のお心でございますから・・・」
御仏の・・・などと殊勝な事を言っているが、小僧は今食っている饅頭の事しか頭にないに違いない。
「実は、わたくしに長年の立願がございまして・・・俊乗様に七日の護摩祈願をお願いしたいのですが・・・」
「わかりました、さっそくお寺にお話しましょう」
数日後、寺の納所坊主がやってきて、祈祷の段取りを打合せ、お玉は寺への引物を納めた。
「それでは明日、俊乗様が御祈祷に参りましょう・・・」
そう言って、納所坊主は帰っていった。
「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」より
京都の糺の森は、賀茂川と高野川の合流点に位置した下鴨の社の境内である。
うっそうと茂った大樹の枝葉が幾重にも重なり、夏でも涼しく清浄な気が流れている森の中に、下鴨の社が悠久の時を刻んでいる。
この社を中心に近隣五六町ほどは大変に繁盛し、民家や店が多く連なっていた。
ここは、比叡山から京へ出る街道にあたるので、日夜人の往来が絶えないのである。
そんな街道の西寄りに、小綺麗な茶屋があった。
茶屋の女主人はお玉・・・三十四歳。
ニ年前に夫と死別して寡婦となったお玉は、一人でこの茶屋を切り盛りしていた。
お玉は若い頃は近所でも評判の小町娘で、色が白くふくよかで、歳の割には瑞々しい美しい女であった。
夫を失って二年、まだ枯れてしまうには勿体ないお玉に、親戚などが再婚の話などを持ってこないではないが、死んだ亭主に操を立てて後家を通すつもりのお玉であった。
幸いに家作(貸家)もあり、多くはないが茶屋の収入ある、女一人の生活には困ることはない。
お玉は、今の静かな生活に満足していた。
・・・ある一点を除いては。
彼女は裏庭を菜園にして茄子や胡瓜を作っていた。
夏の盛り、胡瓜などは次から次へと熟れて食べ頃になり、女の一人所帯では食べきれないほどだ。
朝夕の膳に出し、残りを漬物にしても、まだ胡瓜は残ってしまうのだ。
お玉は、自分では食べきれない胡瓜や他の野菜を店の前の床几に置いた笊に入れ売り物にした。
往来を行く人たちが喉の渇きを癒すため、お玉の店先から胡瓜を数本買い求めて、歩きながら食う光景がよく見られた。
ある日の朝方、比叡山の寺の小坊主達が三人、笑って話しながら通りかかった。
塩や蝋燭、紙など、寺の日用の物を里に買い出しにいくのであろう。
小坊主たちは、なにかふざけながらお玉の店先を通りかかったが、その内の十二、三歳の小坊主が一人、お玉の店先に並べてある胡瓜を見つけて寄ってきた。
小坊主は、その中から長さ八寸(24cm)ほどの立派な胡瓜を手に取りニヤニヤと笑い始めた。
そして、その胡瓜を自分の股間にあてがって店の奥に腰を掛けていたお玉に向かって言った。
「おかみさん、おかみさんっ、うちのご住持様のアソコは、ほらっ、こんな具合ですよ、形も長さもこの胡瓜にそっくりです」
それを聞いた他の二人の小坊主はゲラゲラと笑いだした。
仏に仕える身といっても悪戯盛りの子供である、お玉は小坊主達の破廉恥な戯れを笑ってやり過ごしたが、心の中では一瞬ドキリとした。
子坊主が手にした胡瓜・・・・八寸(24cm)ほどの、太くて見事に反ったそれを見た瞬間、彼女の心の中にある「念」が生まれ、それは夏の入道雲のようにムクムクと広がり大きくなっていった。
・・・・寺の御住持様の魔羅が・・・あんな大きさ・・・あんな太さ・・・・。
お玉は、笑いながら行き過ぎようとしている小坊主達の背中に声をかけた。
「小僧さん達は、どちらのお寺ですの・・・」
「ええっ、私たちは東塔の東谷の当延寺ですよ」
「・・・えっ、それではご住持はあの俊乗様でございますの?」
「ええ、そうです・・・おかみさんは、うちの御住持様をご存じなのですか」
「ええっ、そりゃ里でも評判のご立派なお坊様ですから・・・」
小僧たちはそれだけ答えると、元気に駆け出して去ってしまった。
当延寺の俊乗といえば、その当時里まで聞こえた美僧であった。
年は二十六、七であろうか、背の高い色の白い美男子、その美声は里の女どもの間でも評判であった。
俊乗の説法を聞くために、若い娘やいい年をした老婆までが当延寺に通った。
その美僧の魔羅がこの胡瓜のような立派なものであるという。
お玉は、小僧が手に取った胡瓜を持って奥の部屋へと急いだ。
そして、一人になってまじまじとその胡瓜を眺めた。
お玉の頬は、正月の屠蘇を飲んだ時のように上気していた。
ずっしりと重みを感じる太い胡瓜・・・・そのゴツゴツとした表面は男根に浮き出た血管を連想させる。
・・・・俊乗様の魔羅がこんな立派なものだなんて・・・あの俊乗様の袈裟の下にはこんな魔羅が・・・。
お玉は、上気した顔で一心に胡瓜を手で弄んだ。
指先で輪を作ってその太さを確かめ、その逞しく反り返った胴に指を這わせる・・・。
お玉は時の経つのも忘れて、胡瓜と戯れた。
彼女の眉間には切なげな皺が刻まれ、染み入るような蝉の声に交じって、荒い吐息が小さく部屋に響く・・・すっかりはだけた着物の裾から、ムッチリとした白い太腿が宙を踊る。
お玉は妄想の海で、俊乗と激しく絡み合っていた。
その日の午後の暑い盛り、朝の小僧たちが荷物を背負って里から帰ってきた。
それぞれの用事を済ませて、帰路は別々になったのであろう、小僧は一人だけだった。
彼は今朝方、あの胡瓜でお玉をからかった小僧であった。
お玉は、小僧の顔を見て呼び止めた。
「小僧さん、お勤めご苦労様でございますね、少しお話したいことがあるのですが、よろしいかしら・・・お饅頭もありますよ」
小僧は喜んでお玉の招きを受け入れた。
座敷に小僧を招いて、お玉が茶を入れ饅頭を出すと、小僧は喜んで食い始めた。
「小僧さんのお寺は、当延寺でしたね」
「・・・・はい、そうでございます」
小僧は饅頭を食う手を休めずに答えた。
「私もご住持の俊乗様の御説法はお聴きしたことがございますが、それは有難いものでございました・・・・俊乗様は檀家の家までお出かけになって、御祈祷などもなされるのでございますか?」
小僧は、忙しそうに饅頭を食いながら答えた。
「・・・はい、俊乗様はご依頼があれば、祈祷にも行かれます」
「・・・・そうですか、私のところのような見苦しい家にも御祈祷に来て下さるのでしょうかねぇ」
「はい、何事も御仏のお心でございますから・・・」
御仏の・・・などと殊勝な事を言っているが、小僧は今食っている饅頭の事しか頭にないに違いない。
「実は、わたくしに長年の立願がございまして・・・俊乗様に七日の護摩祈願をお願いしたいのですが・・・」
「わかりました、さっそくお寺にお話しましょう」
数日後、寺の納所坊主がやってきて、祈祷の段取りを打合せ、お玉は寺への引物を納めた。
「それでは明日、俊乗様が御祈祷に参りましょう・・・」
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