青夏(せいか)

こじゅろう

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青夏(せいか)

修学旅行 二日目 午前

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「さむ…」
 宿舎のどこから流れているかわからない放送で強制的に目を覚まされた。布団から少し顔を出しただけでこれ以上布団から体を出すことを拒否している。私がモゾモゾしている間にみんなは黙々と布団を片付けている音がする。
「愛花ー!いつまで寝てるの?」
「何?優香お母さん…?まだ寝る…。」
「そんな子に育てた覚えはあります!」
「あるんだ…」
「でも流石にそろそろ起きないと時間やばいんじゃない?」
「…南にまで言われたら流石に起きるか」
「私愛花にとってどんな基準なの…?」
南が不服そうに私を布団から引っ張り出してくる。仕方なく布団から這いずり出すが、床がもう冷たい。足を始めに寒さが体を伝って、頭まで冷たくなるのを感じる。
 嫌々、優香に手を引っ張られて外に連れ出される。嗚呼、いやだ。なんで朝から外でて先生の話を聞かなきゃいけないんだろう。面倒だな。それに加えてラジオ体操までしなきゃいけないなんて。リアルタイムで放送する時以外はラジオ体操できないようにしてほしい。
 外に出されると、しっかり着替えてきた人達と、だらけてパジャマの人たちが疎にいる。勿論、私は後者だ。私はこれを本気で後悔することになる。
部屋番号別に並ぶ。私は室長なのに、一番前に並ばされた。並んでみんなが集まるのを待っていると、一番遅かったのであろう。健太がきた。
 健太の部屋は、部屋別に並んだ時にちょうど目の前にいるので私と健太は思ったより近いのだ。終わった。内心そう思った。でも、いくらパジャマと言っても、ギリコンビニには行ける。きっとバレない。
「おはよー、石田。もしかして石田、直前まで寝てた?パジャマじゃん」
「あ、実はそうなんだよね」
最悪だ。バレないと思ったのに。さっきまで顔が震えるくらい寒かったのに、今は発火しそうなくらい暑い。
「実は、俺もそうなんだよねー。さっき蒼天に起こされて急いで着替えたから遅くなちゃってさ。もう諦めて上だけ着替えてきた」
「そうなんだ、起きるの寒くて大変だよね」
健太との些細だが、共通点を知れて嬉しかったが、まだ恥ずかしい。今私、顔真っ赤だろうなあ。
 朝の挨拶から部屋に戻るまで、心ここに在らずって感じだった。思ったより好きな人に適当に選んできたパジャマが目視されるとは思わなかった。本当は、健太には出来る限り可愛い私でいたかったのに…。布団になんか張り付いてないでもっと気合い入れて起きて用意を済ませてよかったな。とずっと後悔していた。そんなことをしているくらいならこれからどうしようか、とか考えていた方が自分の為にもなるだろうに。人とは面倒くさいもので、嫌だった思い出は引きずってしまうものらしい。
 永遠にフラッシュバックする頭でどうにか着替えると、そろそろ慣れてきた寒さに服というバリアを何重にも張り、朝ごはんを食べに行く。
 朝食も食べ終わり、各々が染め物体験の準備に急いでいるのを横目に一人。目を塞ぐ。
健太は、誰が好きなんだろう。勿論、恋ちゃんだってわかってる。でも、私の承認欲求が、健太の隣でずっと笑っていたいという欲望が、私の目から汚い感情で作られた涙を作り出す。健太は今、他の人が好きで、もしかしたら。私だったらいいな、なんて都合のいい妄想ばかりが私を誘惑して逃そうとしない。もう、好きじゃない方が楽だってわかってるのに。でも、どう足掻いても、私は健太が好きだ。誰に否定されても、健太が受け入れてくれなくとも、私は永遠に健太を求めて生きてしまうのだろう。それでも、考えてしまう。私が恋ちゃんだったらいいのに、だとか。もう、お願いだから一生二人で話さないでどんどん距離を置いてほしい、とか。自分勝手で都合のいいことばっかり。たまに、こうやって何もかも心の中で泣き叫んで冷静になって、悲しくなってを繰り返してしまっている。それでもたまに、現実にまでこぼれ出てくる。こうやって、嘆いている時は理不尽な言葉を吐いているのに、ずっと息を吸っているようになる。気づいたら咳き込み出して、そこでようやくやめる。
 深い息をして、立ち上がる。そこに、恋ちゃんが不審そうな顔で近づいてきた。
「愛花、大丈夫?泣きそうな顔になってるよ」
嗚呼、なんで。こんなタイミングなんだろう。ほら、また。醜い感情がゆっくりと、流れ込んでくる。やっぱり、恋ちゃんは、優しいな。だからきっと、健太も…。恋ちゃんを勝手に巻き込んで嫉妬してる自分が、嫌になる。
「あ、ごめん。大丈夫。準備、しないとね」
少しかすんだ目で用意をしていると、いつも探し求めている声が聞こえた。
「石田?佐藤いる?」
「あ、こっちにいるよ」
「呼んだ?」
「視覚から出てくんなよ。いないかと思ったわ。ニュウヨクスキーかよ」
「ニュウヨクスキーなっつ」
「で、染め物体験のことなんだけど」
二人が何やら楽しそうに話をする声が聞こえる。嗚呼、見なきゃいいのに。健太が私に声をかけてくれたことは勿論嬉しかった。それなのに、健太が一瞬恋ちゃんの方に目が入っていたことが気にかかって仕方がなかった。
 その後先生達に時間だなんだと言われながらもバスに揺られ運転手さんにお礼を言って景色を見渡す。太陽に照らされた木々たちが自分を見てくれと言わんばかりに輝いている。
 全方向見渡した後、バスを越して近所にあるスーパーほどの大きさの建物を見つめる。その建物は、いかにも染め物体験って感じの建物だ。屋根のある入り口には入り口には原色で染められた鮮やかな布に「布染め広場」と書かれた看板らしき役割の布が飾られていた。
 班ごとに並んで中に入ると、私はこれから図工でもする気分になっていた。班別に並んで図工の席のように座る。そっと、机に触れる。机は木製で、染料が付いていてカラフルだ。そんなところも図工室と重なる。荷物を、荷物おきに置いて、まるで職人かのように袖を捲っていると、横で物音がした。
「わー、俺染め物とか初めてだ」
期待はしていたけど、まさかそれが本当になるなんて思わなかった。私は健太の横で一人でに俯く。健太は同じ班の男子と染め物をやったことがあるかどうかの話題で盛り上がっているようだ。
 顔を染めて下を向いていると、インストラクターさんの説明が始まった。私はやむをえず、ケンタ乗っ方を向く、当たり前だが健太はインストラクターさんの方を見ているので向かい合うことは絶対にない。
 私は、インストラクターさんの話を聞きながらも背中から目が離せなかった。私より少しだけ大きい。まだ成長しきっていない背中。許されるのなら、今すぐにでも抱きついてしまいたい。許されるのなら。
 インストラクターさんのおおまかな説明が終わり、机と顔を合わせる。目の前には白い一枚の布が置いてある。それに手を伸ばして触り心地を試してみる。とてもいい…とまではいかないがガサガサはしていなくて安心した…。説明に従って、真ん中に置かれた輪ゴムを布に結びつける。
「あ、隣石田隣じゃん。どんな柄にするの?」
「山野。私はね、赤と青でシンプルな感じにしようと思ってるんだ。山野は?」
「いいね。俺もそんな感じにしようかなー?」
閃いたような表情をして、手を動かしたので私も作業に集中することにする。一人ひとつ用意されたバケツに好みの染料を入れてつける。十五分ほど浸さなければいけないので、暇だ。先生曰く、一人で暇つぶしをできるようにするのも成長、らしい。私からしたら、特に生徒の暇つぶしが用意できなかった先生の言い訳にしか聞こえないが。
「…石田はさ、佐々木って蒼天のことどんくらい好きだと思う?」
「え、どんくらいか」
「や、今のなし。ごめん。こんなこと言われても意味わかんないよな」
今までに見たこともないような哀しい顔で上を向いた。
「別にいいよ。私は…」
どう答えたらいいんだろう。私からしたら、かなり好きそうに見える。けれど、そのまま伝えて、喜ぶことはないのではないのだろうか。
「山野は、どんくらい好きなの?」
聞いたって辛くなるだけって、わかってる。でも、もし辛いなら少しでも話を聞いて慰めたい。
「俺は、佐々木には幸せに
「なってほしい?」
「うん。ちょっと前までは俺が幸せにしたかったはずなのに、最近の佐々木を見てるとなんか、『俺じゃなくても、いいのかな』って思てきて。それから、幸せそうな佐々木見ても嫉妬心より安心の方が勝ってきて、なんていうか。好きなんだけど、付き合いたいとかじゃない。的な」
「それは…」
「こういう気持ちに名前って、ないのかな」
「…」
嫉妬。というより、もうなんでもいいからこの人を幸せにしたい。
なんで、そんなに恋ちゃんのことばかり考えるの?それで辛いならもう。考えなきゃいいのに。私なら、そんなこと言わせないから。私の横でずっとわらていてくれればいいのに。なんで、この人は恋ちゃん以外選択肢がないみたいな言い方をするんだろう。
「一旦、他のことに集中してみたら?それってなんか、山野にはどうしようもないことじゃん。それなら、他のこと考えようよ」
あぁ、健太がこんなに悩んで、相談してくれているのに。私はなんて、自分勝手なんだろう。健太を恋ちゃんから遠ざけようとしているのが手に取るようにわかってしまう。醜い。
私はギリギリ涙声になるのを堪えて必死に説得した。
「…うん。そうだね。最近ずっと、考えすぎなのかも知れない。石田、秋祭りの時もだけど、ずっと。ありがとう」
私は、ありがとうなんて言われる筋合いない。ただ、私がしてほしいことを催促しただけだ。私より、自分の気持ちを伝えている方がよっぽど賞賛されるべきだ。
「そんなことないよ」
そんなことしか言えなかった。
 染め物を干す時、誰かがこんな事を呟いてる気がした。
「もう、恋愛する気は…」


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