ヒトの世界にて

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19話 【改造人―カイジン―】

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「旧人類迎撃用装備開発書……か」

 昼の部屋でイアソンがため息を吐くように目の前の書類を見つめる。
 この書類はアレスと武器開発部の職人達から送られてきた物だ。
 内容を読んでみると旧人類の鉄人形に対抗するために磁石と電力で打ち出す大砲を作る、との事だった。

「おとーさま? 如何なさいました?」

 そのため息混じりの声を聞いたのだろう、キルケーが心配そうな顔をイアソンに向けてくる。

「あぁなに、この武器は確かに今の人類には必要な装備だ……怪獣相手と鉄人形は全く違う装備が必要になるからな、しかし……こんな強力な武器を我々が持って良いのだろうかな」
「……ワタシ達は武器を待たねば旧人類に負けてしまいますよ?」
「その通りだ、しかしこれは強力過ぎる……怪獣すら一撃で倒してしまうのでは無いか? こんな装備があちこちにあったら、何かの手違いで他の国と戦争にでもなったら、悲惨な事になるぞ」
「アルケイデス様とペレウス様と……?」
「嫌、儂らの世代ではあり得ないだろうさ……勿論キルケー、お前の世代でもな」

 イアソンとペレウス、そしてアルケイデスの三人は今の人類に国というものをもたらした英雄だ。
 それまでは怪獣が現れれば逃げる村の様な物しか無かったのに人々を集め、城壁を作り上げた。
 村の規模では出来なかった時間のかかる製鉄は確かに今を生きる人類に様々な武器を与えただろう。

「しかしそれが次の世代なら? その次の世代なら? 何時か儂らの事を忘れて国が取り合いを始めるかも知れない……その時にこんな武器が使われたらどうするのか」
「おとーさま……ですが、勝たなければワタシ達に未来は無いんですよ?」
「それは解ってるさ、しかし国を引っ張る以上その先を見ないといけない。キルケー、儂らは勝てるか解らないのに勝った後の事を考えなくてはならないのだ」

 国を治める、というのはそういう事だ。
 土地を守らねばならない、戦いに勝たねばならない、そして何より、人を守らねばならない。
 しかし、旧人類にはそんな気配が感じられない。
 そもそも生き残りが少ない上に相手の戦力は機械だ、今後の事など気にしないで戦えるのかも知れない。

「でも、負ける訳には行かないです。ワタシ達には守らねばいけない人々がいるんです」

 真っすぐに窓の外を見つめるキルケ―、その視線は人々の居る街並みを見ている。
 幼いその姿でも彼女は王として民を見ている。
 その様に育てたのではない、そういう風に民を見るべきだと教えた種が成長しているのだ。
 それ故にキルケ―は自らの考えで民の為に動く、アレスを牢獄から出して情報を共有できたのも彼女の自主性があったからこそだ。

「そうだな、所でアレス達はどうしている?」
「アレス様は今かいぞーじん、を追っている様です。先日けーびたいが死体を捕獲し安置されていた改造人十号の検死をしてました」
「改造人か……先日改造人十二号が確認されたな、この改造人も今コルキスを悩ませている問題だな」

 次々と出てくる問題に頭を抱えることしかできない。
 何より改造人の問題はコルキス側では解決できない問題だった。
 警備隊の持っている戦力だと小型の怪獣と言われている改造人を倒せる武器が存在しない。
 対怪獣用の武器はどれも大振りで、警備隊が持っている武器はそれを小型化した物だ。
 対人ならそれでも十分な武器になるのだが基本的には質量で叩きつける様な武器が多く対人用に軽量化した結果、改造人相手には威力不足になってしまう。
 しかし重量を怪獣用にしてしまうとその大振りが故に動きの早い改造人には当たらない。
 つまり小型化され威力の高い武器が必要になる。

「かいぞーじんに対抗するには武器が無いとって聞いてますけど……」
「それこそ、旧人類の使っている飛ぶ爆弾の様な武器が必要になるだろうな……くそ、あんな武器こっちは作れないな……今の儂らの技術では改造人は天敵とも言えるだろうな」
「小型で威力のある武器……確かに今後の課題になりそうですね」

 そんな武器を作るのに今の人類はどれだけ時間がかかるのか。
 この戦いにそれは間に合うのか、全く不透明な未来に思わずため息が出てしまうのだった。



(クロノス、起動安定。電子回路の通電異常なし。OSの最適化完了、よし……アルゴナウタイはこれで前と同じスペックに戻れたな)

 アルゴナウタイのエンジンルームでアレスがアビリティコネクターを使い整備している。
 映像キーボードよりもこうやって直接回路を弄った方がアレスは早く作業を終わらせることが出来る。
 プルートを修理してから三日、改造人の調査をしつつここ数日でアルゴナウタイの整備をしていた。
500年前の人類と戦争をするのならアルゴナウタイは必須になってくるだろう。

(……500前の人類は地上戦艦を持っている筈だ。あの戦艦が海でも使える物だとしたら……今のコルキスには勝ち目がない)

 クレータの街付近でアルゴナウタイが遭遇した地上戦艦。
 全長40メートル、アルゴナウタイよりも大きな戦艦で恐らく武装もしっかりとしているだろう。
 遠くから見ただけなので相手のフルスペックは解らないがアルゴナウタイよりも頑丈に作られている筈だ。

(……戦うとすれば、どうする? 俺が乗り込んで潰すしかないか?)

 アレス戦闘における本来の役割は装備の転移とクロノスの持久性から成立する単独での艦隊制圧である。
 艦を制圧して、転送兵器で無人機を倒せば――否、それは不可能だろう。

(確実に500年前の人々は対策をしてくるだろうな……俺の存在は既に知られている、そうなった以上俺がいる事を想定して部隊を展開してくる筈だ)

 500年前の人類、旧人類と呼ばれてる人間。
 ディアナ。
 エペソの街でトリトが対峙したアレスと同じ転移武器を使って暴れた女性。
 まだアレスが本人を見た訳ではないが話しを聞く限り旧人類と何か関係があるのだろう。
 ディアナという名前の女性は500年前の人物データに何人か居るが改造手術で見た目を変えられる可能性もある以上名前だけでは特定は出来ない。
 英雄マルス。
 スパルの村で戦ったかつての英雄、アレスのプロトボディを何処からか遠隔操作をしてクラトスとイリス、ゼファーの関係を壊した。
 アレスも直接戦ったのでこの時点で自分の存在は相手に知られている筈だ。
 ポイボス。
 キプロの街でトリトが戦ったマリオンを殺した男。
 誰かに仕事を頼まれてコスモAIを搭載したマリオンが作ったロボットであるガラテアを壊しに来た男でローデをナンパしたりふざけた格好をしていたがその実力は凄まじくガラテアがコスモAIを目覚めた、と言っていたが。

(コスモAIの目覚め……それは、俺にも該当するのだろうか?)

 コスモAIの目覚め、とはそもそもどういう意味なのだろうか。
 ガラテアが最初流暢に喋れなかったのはマリオンのAI解析が上手くいってないままガラテアのボディに組み込んだからだ。
 しかしその整備不良すら乗り越えてコスモAIが目覚めた後は流暢に喋っていた。
 もしそれが、自分にも適応されるのだとすれば。

(もし、もし俺の事が解るとすれば……Dr.ウェヌスか、または……アイギーナにいたヴァルカンだろうな)

 ヴァルカン。
 当時Dr.ウェヌスに並ぶほどの天才と言われた、ナノマシンの権威を持つ科学者。
 嫉妬に狂いディータを暴走させたがその原因がまだ何か解っていない。
 再びあの男が現れるとしたら、再びディータを守らねばならない。

「……厳しいな」
「何がじゃ?」
「ん?」

 ”思わず”呟いた独り言聞かれていた様だ。
 振り返ると首をかしげながら此方を見ているディータが立っていた。
 何時ものように自信満々なその姿に安心感すら覚える。

「ディータか、今後の事を考えていた……500年前の人類と今の人類が戦って勝てるのか、とな」
「その評価が厳しい、なんじゃな?」
「そうだな、厳しい。相手の戦力が未知数なのもあるが解ってる戦力でも十分驚異になり得る」
「……ふむ」
「それに、ディータを連れていく事ができないかも知れないんだ」
「何? ワシを?」
「ヴァルカンに暴走させられた事を忘れた訳ではあるまい、せめてあの暴走の原因が解ればいいんだが……」
「ああ……あの時か」

 ディータが苦々しい顔をする。
 あの時暴走させられた経験は嫌という程染み付いている。
 それもその原因が解らない、ヴァルカンが何か言ったかと思えばディータの魔力が暴走し、ディータが力尽きるまで炎を放出し続けていた。

「あの時の感覚、何か解っている事は無いか?」
「そう言われてものぉ……ワシだって暴走した原因が解って無いんじゃよ、急に体が熱くなって呪文を唱えても無いのに炎の力が溢れ出して止まらなくなってしまったんじゃよ。正直気持ち悪い感じじゃった……好きでもない相手に抱き着かれる様なおぞましさというか何というか、うげぇ思い出しただけでも鳥肌が……」

 心底嫌そうな顔をするその様子を見るとやはりこの戦いからディータを遠ざけるべきなのか、とも思う。

「ディータ――」

 そう、口にしようと思ったがその声を遮る様に彼女はアレスに微笑む。
 その姿にアレスは出そうと思っていた言葉を飲み込む。

「ワシを戦いから遠ざけたいんじゃろ? ワシもレアやローデを遠ざけたいからその気持ちは解る」
「そうだ、直接戦う能力が無かったり暴走の危険があるならいっそ離れていた方がいい」
「それは確かにそうなんじゃが……そうもいかん、ワシはワシの事を知りたい。なぜあんな暴走が起こったのか知りたいのじゃよ」
「ディータ」
「この旅をしていて色々考えていた事が沢山あるんじゃ……500年前の人の事、ワシの事、解らない事ばかりじゃ……それに、最近考える事がある」
「何をだ?」
「ワシの姿が、ウェヌスに似ておる、というのは偶然なのか? ということじゃ」
「それ、は……」

 その問いかけに対して、アレスは何もいうことが出来なかった。
 自分が目覚めた時からおかしいと思っていた。
 ウェヌスの遺伝子情報を持たないと突破できる筈のないセキュリティを何故突破できたのか。
 最初はセキュリティが風化して壊れたのだろう、と思っていた。
 しかしセキュリティは誰かが定期的にメンテナンスをしていたとしか思えない程しっかりと残されており、今の人類の火力を計算した結果正規の方法以外でアレスの眠る部屋には入れない事が判明した。
 そんな計算をしながらしばらくディータと旅をして、彼女が自分の知る限りのウェヌスの生き写しにしか見えなかった。

「似てるだけ、なら良かったんじゃが……そうじゃ無いんじゃろ?」
「……本当に、本当に同じなんだ。俺の知る、Dr.ウェヌスに。勿論性格や細かな所は違う、しかしそれは環境の違いレベルの話だ」
「ふむ、それが何故なのかは、ワシには想像することもできぬ……お主は何か解るかの?」

 可能性があるとすれば、遺伝子を後から注入され姿形を変えられた改造か。
 あるいは――

(クローン……本人の細胞を使い全く同じ生命体を作り出すコピー技術)

 どちらかと言えばクローンの方が可能性は高い。
 しかし、クローンだとした場合、ディータには母親も父親も、姉弟も居ないことになる。

(DNA識別を突破できる程のクローンを作るなら……間違いなく母体を必要としないカプセルベビーになる……ディータは、ディータは何時か家族に会えるかも、と思いながら生きている。そんな彼女に、こんな事……確定もしてないのに言える筈がない)
「俺も、俺にも……解らない」
「……そうか」

 それ以上は、何も言えなかった。
 ディータに、彼女に傷付いて欲しくなかったから。
 重い重い、鉛のような何かがアレスの胸に突き刺さった様な気がする。
 その正体に、表情には出さないように困惑する。
 何故、何故こんなにも苦しいのか。

(……そうか、俺……嘘を、ついたんだ)

 機械である自分が、情報を包み隠さず教える筈の自分が、情報を意図的に隠蔽した。
 その事実に、驚きと共に、とても嫌なものを感じた。
 エネルギー炉が逆流をしそうだ、胸の辺りが潰されそうだ、動かす必要が無いのに目が動きそうになる。

「うむ、それなら仕方ない。奴らを縛り上げて直接聞いてみるしかないかの! はは!」

 明るく笑うディータを見てむしろ締め付けが強くなった様な気がする。
 しかしそれでも、アレスは動揺を表に出さずに普段と変わらない顔をしている。

(……こんな、こんな事までできるようになってしまったのか? 俺は……)

 糸が切れた人形が自分の意思で動くことは本当に幸せなのだろうか?
 自分で歩いたことのない世界を、肉のない足で歩けるのだろうか?
 その問いかけは、アレス一人ではどうしても答えが出ないモノだった。



「うーん、ゼロスさんって人まだ見つからないね……」
「ああ、クリオスマギアーと名乗って改造人と戦っている以上何処かで寝泊まりをしていると思ったが……」

 日が沈みかけた頃、クラトスとレアは人気のない廃墟の様な場所を調査していた。
 普段はクラトス一人で調査をしているのだが今日はレアがついていきたい、と言って聞かず今日一日ゼロスを探していた。
 人気の無く過去改造人の被害で廃墟になった場所を探しているが何も成果が無かった。

「行方不明になっているから人気の無い場所を拠点にしてるかもって言ってたけど、ゼロスさんにそこまで会っておきたいの?」
「改造人は旧人類が今の人類を改造したらしい、何回も改造人と戦っているゼロスと情報交換ができればきっと旧人類との戦いにも役立てる筈だ」
「戦い、か……」

 旧人類との戦いにレアはまだ実感が湧かない。
 相手の目的が解らないのと怪獣だって数えるほどしか見ていないのが原因だろう、街で平和に過ごしていた少女には実感が湧かないのだ。

「ねえ、クラトスさん。昔の人はどうして戦いを挑んでくるんだろう」
「解らん、しかし此方に被害が出る以上此方も戦わなくてはならない。改造人を作る時も誰かが被害にあっているんだ」
「うん、そうなんだけど……アタシも、被害にあった事があるけど、どうにも真相が読めないっていうか……」

 レアは自分の命が狙われたこともある。
 あの時の男性は自分の体を爆弾にしてレアを殺そうとしていた。
 改造人は全身のサイボーグ改造を受けた今の人類だという結果がアレスの検死から発覚した。
 その改造は脳にも影響を及ぼしているらしく生前の事など碌に覚えていないか思考力を無くすような改造をしている、と言っていた。
 その改造なら前にレアの命を狙った男性が自分の事を碌に覚えてなかったのも頷けるだろう。
 しかしそれでも、あの男性はむしろ機械にされていた場所が全くなく、一見するとサイボーグでは無かったのだ。

「オレは、旧人類を許すことはできない……」
「そう、だよね……うん、クラトスさんはイリスさんの事があるもんね」

 その気持ちが解らない訳ではない。
 旧人類が誰かを傷つけて居る事も前提だ、しかしだからこそ何の為に、という疑問が尽きない。
 人類を改造して、誰かを傷つけて、そこまでして何をしたいのだろうか。

「せめて話が聞ければ良いんだけど……今まで出会った500年前の人って話しを聞ける様な状態じゃなかったよね」
「……500年も生きているんだ、精神が摩耗しておかしくなっている可能性もある。迷惑な話だがな……ん?」
「クラトスさん?」

 話しながら辺りを散策しているとふと、クラトスの目が止まった。
 その様子にレアも気が付き目線を向けると、一人の少年がふらふらと歩いていた。
 俯いたまま歩いている少年はレアより少し年上の様だが俯いているからかレアと同じくらいの背丈に見える。
 しかし、そんな事よりレアはその少年が誰なのかを知っていた。
 俯いたままでも長年一緒に生活をしていた少年なのだから。

「ロプス、兄さん……?」
「知り合いか?」

 ロプス。
 アレス達と旅を始める前に住んでいたクレータの街で同じ孤児院に暮らしていた少年だ。
 アクセサリーを作る技術を買われて何処かのアクセサリー屋に雇われ、孤児院から巣立っていった一人だ。

「うん、同じ孤児院で暮らしてたお兄ちゃん。外国のアクセサリー屋にスカウトされたって聞いたけどコルキスに居たんだ。お~いロプス兄さ~ん」

 足場の悪い中をとことこと進んでいく。
 久しぶりに会えたロプスはよく見ると髪が伸びている様に見える。

「ロプス兄さん? 俯いてどうしたの? 何か探して――」

 ロプスの顔を覗き込んだレアの表情がまるで時間が止まったかのように止まる。
 ロプスは元々片目が無い、生まれつき片目がなくそれが理由で両親に捨てられた子供だ、今のロプスは前と同じ様に片目しか無い、でも片目しか無いでも状況が全く違う。
 拳位の大きさの目が顔の中央に置かれて目の周りには機械が貼り付けられている、改造された顔には鼻も眉毛も無く涎を垂らした口から鋭い牙が覗いている。

「れ、あぁ……? あぁあ……!!」
「あぐっ!?」
「っ!? レア!!」

 一瞬で、ロプスの細い右腕が彼の胴体よりも大きく膨張する。
 ロプスからすれば軽く振り払っただけなのだろう、しかし肥大化した巨腕は風船のように膨れ上がった見た目に反して完全な筋肉の塊である。
 レアの身体が大きく吹き飛び比較的被害の少なかった木でできた家の壁に直撃し壁を壊しながら大きく土煙を上げる。

「レア! 大丈夫か!?」
「う、ぐ……クラトスさん……」

 全身が痛い、頭を打ったのかぐわんぐわんと視界が回る。
 吹き飛ばされた、と頭が理解する頃にはクラトスはレアの元に走ってきていた。
 ロプスは急激に大きくなった腕を振り回したことによりバランスを崩し蠢くように立ち上がろうとしている。

「レア! 奴は……」
「ロプス、兄さん……?」
「ああああああ、あああああああ、あああああああああ!!!」

 クラトスが杖を構える、
 その間にもロプスの肉体は膨張を続け全身を筋肉で覆った巨人に成り代わっていく。
 痛みを堪えながら起き上がる、目の前の状況を理解はしたくないが受け入れなければならない。
 巨人となったロプスは潰されそうな位威圧的な殺気を感じる、血走った目で此方を見つめ咆哮しているその姿は正気とは思えない。

「改造、人……そんな、ロプス兄さん、が……!?」
「ネロ―スフェラ、アンシシ!!」
「ああ!? お、あああああああああ!!!」

 クラトスの作り出した水の弾丸が三発ロプスに直撃する。
 その威力にのけ反りはしたのだが身体に傷は少しも付いていない、膨張した筋肉はただの筋肉ではないのだろう、合金の様に固く攻撃を受け付けない。

「く、レア! 立て! 逃げるんだ!」
「で、でも! あの人は、あの人は!!」

 あの人は、ロプスは、レアにとって家族だ。
 一緒に暮らしていた家族、レアの面倒を見てくれた最後の兄だ。
 その兄が――

「相手はもう改造人だ!」
「う、うぅ……!」

 今のロプスはレアが知っている兄としてのロプスではない。
 殺気を込めて、丸太の様な手を振り回し瓦礫を吹き飛ばしながら歩いてくる。
 今までの傾向とは違う顔以外は人体に見えるがあんな姿が人であるとは思えない。
 あんな人を、ロプスだと思いたくない。

「気持ちをしっかり持て! あんな巨体からの攻撃を受ければ一撃だぞ!?」

 レアの肩を掴んで言い聞かせる様に現実を伝える。
 冷酷かもしれないが改造人相手に余計な事を考えていては逆にレアが危ない。
 そんな姿を呆然とするようにロプスは見ていた。

(……れあ、れあが、おこられている、まも、まもら、もらな、ないないないないないと) 

 思考力が無くなっているロプスには今自分がどんな状態かも解っていない。
 そもそも彼は自身の身に何が起こっているのかすら正確には把握できない。
 脳内に送られてくる声に従うだけの最低限の思考能力しかロプスには与えられておらず、その命令は人を殺す事だ。
 しかし与えられた命令を前に自身の中にある思い出がロプスの動きを鈍らせていた。
 もしこれが思い出の無い相手ならロプスは走って二人に近づきその怪力で潰し殺しているだろう。

(ころす、れあをまもる、ころすころすころすれあころすまもるころすれあまもるころるぼくの、ぼくのあいしたれあをころすまもる)

 ロプスが愛したレアを守ろうと頭を動かしたいのに殺せという指令に上書きされていく。
 さっきまで何の思考能力も持たずにふらふらと人を探していたロプスがレアを見て、自分の好きだった少女を見てその思考に頭の中に蜂が入り込むかの様な動作不良を起こしていた。
 だが、その動作不良を起こした思考回路は最悪の形で自己完結を起こす。

(れあを、れあをたすけるために、あのおとこを、ころす)
「あああああああああああああああああ!!」

 歩いていたロプスが突然走りだしその巨腕を振り上げる。

「っ!? レア! 逃げ――」
「あ――」

 誤算は、二つあった。
 一つはレアを守る為に水の障壁を作り上げたクラトス、レアを守る為に作り出したのだがその程度では改造人の攻撃から身を守るのは不可能だった事。
 もう一つはロプスの攻撃、本人はクラトスだけを攻撃するつもりだったがあまりに膨張した筋肉は片腕だけでもクラトスの水の障壁を砕き地面に爆発の様な一撃を起こす。
 遠くから見ても大きな土煙の柱が見える程の一撃で拳を振り下ろした地点を中心に巨大な陥没が起きる。

「ぐあ!? くっ!?」

 クラトスはまだ運が良かった、地面より離れた位置で視界を確保出来たので全身が痛みながらも体勢を整えて地面に着地する事ができた。
 しかし、レアは違った。

「うぁ!? うわ、わわわわ!? あ、う!?」

 小さな体は地面を何度もバウンドするように叩きつけられる。
 クラトスの様に体勢を整える余裕などなく溺れそうになって必死に藻掻くかのように手足がバタバタと揺れ――

「か、ふ……!?」

 ドン、と背中に重々しい衝撃が走った。
 何かに当たって肺の中の空気が全て吐き出される。
 地面をごろごろと転がって壊れかかってる何処かの壁に激突したのだろう。
 あまりの衝撃に頭が真っ白になり頭がぐわんぐわんと揺れている。
 痛みより先に視界が回る、何が起こったかを把握する前にこの事態になってようやく逃げなくては、と本能が確信する。

「あ、ぐう……? あ、え?」

 動こうとして、身体が動かなかった。
 左胸に、何かが引っかかっている、何だろうと、目線を向けると――
 壊れた固い壁から突き出ていた鉄筋がレアの”左胸を貫通している”。
 こほ、と弱々しく咳をすれば赤い血が自分の口からだらり、と垂れてくる。

「あ、え……? う、そ……こ、れ、あ、ぐ、あああああああああ!?」

 今になって痛みが襲い掛かってきた。
 背中から左胸に鉄筋が貫通している、吹き飛んだ時レアに突き刺さってしまった。

「レア!?」
「が、ふ、あ、がああああ、う、ぐうあああああ!!」

 遠くからクラトスの声が聞こえる。
 しかしクラトスの声がレアの苦悶の声に搔き消されてしまう。
 全身が痛い、胸と背中を中心に腕も足も痛い、視界が頭から流れてきた血と涙でぐちゃぐちゃに染まっていく。
 胸が焼けるほど熱いのに冷たい鉄筋の感覚に寒気と吐き気がする、声だけは絞り出すように出ているのにあまりの痛みに暴れる事も出来ずむしろ体が弛緩している。

「くそ……!」

 夕陽も既に沈んでいる、遠くに飛ばされたレアをよく見る事は出来ないが彼女の声だけで相当の怪我を負っているのが解る。
 自分の判断ミスが、改造人の予想以上の攻撃力がレアを傷つけてしまった。
 ロプスは陥没した地形の中心で辺りを不思議そうに見渡している、自分が何をしたのかを理解していないのだろう。

「れ、あ……? れああああ……? ど、こだぁ? あ、ああ? ああああああ、れあああ……!?」

 自分の攻撃が彼女を傷付けた等夢にも思ってない、しかしロプスの目はこんな暗い中でも正確に彼女の状態を確認する事が出来る。
 ボロボロになった彼女を見て、のしのしと歩き始める。
 クラトスから見ればトドメを刺しに動き始めたとしか思えない。

「ぐ、待て……! ケラ、ブノス!!」
「ぐ、あ、あああああああ!?」

 クラトスが使える最大火力の一撃、稲妻の様な紫色の閃光が迸りロプスに襲い掛かる。
 マルスに放ったあの時よりも威力は高い、万全の状態での一撃だ。
 しかしその一撃でもロプスの足は止まらない、電撃を受けながらクラトスの方を向き直り歩き始める。

「くそ、改造人とは……これ程までに、だが!」

 今の自分ではこの怪物の足止めすら碌にできない、歯がゆい無力感に嫌気すら刺す。
 だが此処で諦める訳にはいかない、レアを直ぐに病院に連れて行かないといけない。
 ロプスがレアに固執してるのは解っているがあの状態で彼女を丁寧に扱うとは思えない。

「もう、一度……ケラブノス!!」
「おお、おおおおお!!」

 電撃を受けながらもロプスの足は止まらない、一体どんな改造をされればここまでの化け物になってしまうのだろう。
 こんな化け物を作り出して、旧人類は何をしているのだろうか。

「う、ぐ……」

 足元がふらつく、万全の状態でもやはりこの魔法は体力の消耗が激しい。
 だが攻撃の手を緩める事はできない、少しでもレアから注意を引き離さなくては。

「最悪の、状況か……ん?」

 日も沈んだのに、背後から光が見える。
 この辺りには既に稼働している街灯は無いので辺りは暗い筈だった。
 それに、何か耳鳴りのような音も聞こえる、此方に歩いてきていたロプスも何時の間にか足を止めてクラトスの背後を見つめている。

「あ、れは――」 

 クラトスが振り返って見た物は、光るベルトを腰に付けた誰かだった。
 赤い鎧の様な物を全身に纏った男も女も解らない人物がゆっくりと歩いてくる。
 知っている、探偵であるテミスに教えて貰った通りの特徴だ。
 赤い鎧の戦士、クリオスマギアー。
 怪獣と一人戦う、一般的には改造人四号と言われている。

「ゼロス、なんだろ……? 向こうに、大怪我をしている女の子が居る。頼む、助けてやってくれ……!」

 クリオスマギアーは無言でクラトスを一瞥しロプスへ向き直る。

「お、おお、おまえ、おまえ、ころ、ころ、ころす、ころすころすころすころす」

 クリオスマギアーを見たロプスの様子が明らかに変わる。
 旧人類はクリオスマギアーに改造人を何人も倒されている、クリオスマギアーを優先して叩く様な改造をしているとしても不思議ではないだろう。
 赤い鎧の戦士と単眼の巨人の戦いが今始まるのだった。
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